肉は腐りかけが美味いと本気で信じている男だった。
 完全に腐ってしまうと食べられないから、腐らせる加減が難しいのだと真面目な顔で語っていた。
 そうは言うものの、プロの料理人というわけではないし、精肉業者でもない。熟成肉の専門家でもない。単なる素人だ。それなのに食肉業者みたいな口調で語ってくるからマジでムカつく。買ってきた肉を冷蔵庫に入れると怒り出すので、本当に腹が立つ。
 この暑さだ、部屋に冷房を入れているとはいえ、肉は傷みやすい。早く冷蔵庫へ入れないと! と思ってこちらは焦るが、この男は逆だ。タンパク質の分解が進み、美味しくなるというのである。
 食あたりでも起こしたらどうするのか。とてもじゃないが付き合いきれない。当たるのなら一人で当たって欲しい……けれど、そういうときに限って高い肉なのが悩ましい。独り占めはさせたくないが、ちょっと変な色に変ってきた肉を食べるのは怖い。
 もしかしたら、自分一人で食べようと思って、私にそんなことを言っているのかもしれない。
 私の分だけ先に焼いて食べようか……しかし相手は食い意地が張っているので、私が食べようとすると「一口ちょうだい」とすり寄ってくる。あいつには一切れだってやりたくない。
 断るとヘソを曲げるから面倒臭い。こんなガキみたいな男を、とにかくどうにかしたい。
 肉は腐りかけが美味いというが、八十キロくらいの肉を腐る前に食べきるのは難しいだろう。干し肉にするか、腸詰を作るか……塩漬け肉と燻製もあるかな。骨はスープの出汁にするか。近所におすそ分けか? そうだ、町内会の焼肉パーティーに持参しよう。食べ盛りの子供が大勢いる。喜んで食べ尽くしてくれるだろう。

食い意地が張った男、その二

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