その日の放課後、騒ぎを起こした当事者として青田、担任の白石、保護者の黒川が学長室に呼び出された。
騒ぎの原因を作ったのは私なのに。
「黒川。私も学長室に行きます。
黒川も白石も知らなかった事ですから、私が学園長に説明しなければ」
「お嬢。説明なら僕がする。
僕達は何も悪い事をしていない。
だから大丈夫だよ」
青田が微笑んだ。
「でも……。
私が原因なのに、何故、三人が呼び出されるのですか?
どうして私だけ呼び出されないのですか?」
「心配するな。
学園長はお前の爺さんと旧知の仲だったし、俺達が学生だった頃からこの学園にいた。
青田君の説明を聞いた後は、昔話でもするつもりだろう」
黒川も笑顔でそう言ったけれど、きっと心の中では笑っていない。
昨日、黒川に『何でもない』と、嘘をついてしまったから。
「今日は赤井君達と一緒に先に帰ってください。
数学の宿題の期限が明日までだったでしょう?」
「……はい」
結局、皆に迷惑を掛ける事になってしまった……。
私は、この状況をまだ知らない赤井と桃と一緒に帰り、二階のバルコニーで黒川達を待った。
黒川達の車が見えると、急いで玄関に向かった。
「おかえりなさい。
学園長は、何と言っていましたか?」
「誰かのイタズラだったって事で話が終わったよ」
青田がにっこり笑った。
「そうですか。良かった……」
一安心して黒川の方を見ると、黒川がそっと目を逸らした。
「……」
「それにしても、あんな事をしたのは誰でしょうか。
早めに犯人を見つけなければ、またお嬢に何かしてくるかもしれませんね」
「白石、いいですよ。
クラスがあれだけ大騒ぎになったのだから、しばらくは何もしてこないと思います」
「だったら良いのですが……」
翌朝、制服に着替えてキッチンへ行くと、黒川が朝食の味噌汁を器によそっていた。
「黒川、おはようございます。
それ、良かったら運びますよ?」
「おはよう。
……。
それなら、お前の味噌汁だけ運んでくれるか?
お前に全て任せると、大惨事になりそうで怖い」
「ム! 大丈夫ですよ!」
「ハハハ」
黒川が小さいトレーに味噌汁の入った汁椀を一つだけ乗せ、カウンターの上に置いた。
「お嬢」
トレーを持ってキッチンから出ようとすると、黒川に呼び止められた。
「ん?」
「お前と赤井君と桃は、しばらく俺の車で通学する事になったから」
「白石は忙しいのですか?」
「……ああ。まあな」
「別にいいですよ?
白石が教師になるまでは、ずっと黒川が送り迎えをしてくれていたから」
「……ああ。そうだったな」
黒川は残りの汁椀を大きいトレーに乗せ、私の後ろを歩いた。
食卓で、赤井と桃が朝食のおかずを並べて待っていた。
「あれ? 白石は?」
「白石君なら、用事があるから先に行ったよ」
「青田は……。
いつも通り、のんびりしているのですね。
たまには皆と一緒に朝食をとって学校に行けばいいのに」
「あれ? お嬢、聞いてないの?
青田君なら、昨日で学校を辞めて……」
「桃」
桃が言いかけた言葉を黒川が遮った。
「え? 何で?
青田はそんな事を言っていませんでしたよ?」
黒川の方を見ると、黒川は黙って私の顔を見返した。
「……。
学園長に何か言われたのですね」
「え? 何?
青田君がどうかしたの?」
昨日の事を知らない赤井と桃が、不安そうに私と黒川を見ている。
「お嬢。それは違う」
「だって、おかしいよ。
どうして急に青田が辞めてしまうの?
白石は?
白石が早く学校へ行ったのも、もしかして……」
「お嬢。お前のせいではないから心配するな。
早く朝飯を食って、学校へ……」
「心配するなって、安心しろって……。
そんな言葉で安心できるわけないよ!
学校なんて行かない。
青田の所へ行ってくる」
「お嬢、待て」
私は黒川の制止を無視して部屋を出た。
青田の部屋に行く途中、廊下にパジャマ姿の青田が現れた。
「あれ?
お嬢、学校へ行く時間じゃないの?」
「青田こそ……。
……学校に行かないのですか?」
「あー。
もう少しのんびりしてから行くよ」
青田が微笑む。
「嘘。桃から聞いたよ?
青田、学校を辞めたのでしょう?」
「アハハ。
何だ。知っていたのか」
「青田……」
「お嬢。今、僕が学校を辞めたのは自分のせいだとか思っているでしょ?
昨日、言ったよね?
僕達は何も悪い事をしていないって」
「じゃあ、どうして学校を辞めるの?」
「僕が学校を辞めたのは僕自身の問題で、お嬢には関係のない事だよ。
だから、ほら。
早く学校に行って?
お嬢が学校に行かないと、皆心配するから。
イタズラの事なら大丈夫。
白石君が守ってくれるから」
「青田……」
「早く行って! ……ね?」
青田が悲しそうに笑うから、これ以上何も言えずに学校へ行くことにした。