何十社も受けてやっと就職した会社はブラック企業でわずが二年で倒産。
 再就職活動したけど箸にも棒にも掛からず、正社員は諦めて親の紹介で葬儀会社の事務職に就くことに。
 
 葬儀会社って霊とかに取り憑かれるんじゃないの? ううん、このご時世働けるだけ有り難い!

 そんな偏見なんて失礼よ! と自分に言い聞かせ、ほとんど寝に帰ってくるだけの約二年住んだマンションで着々と引っ越しの準備を進める25歳の秋。

 引っ越し先は、またもや親の紹介で叔父が大家をしてる『はるの荘』

 叔父なんていたんだと聞くと、しばらく音信不通だったとかで、困ってる私を見かねて連絡してくれたのだそう。

 感謝です! 母上!

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 数日後、はるの荘に到着。

 出迎えてくれたのは大家である叔父の恭蔵さん。
「古くてびっくりしただろ。 なぁに住めば都みさ」
 はははと笑い飛ばし私をさっそく部屋へと案内してくれた。

 叔父さんは古いと言うけど、外観はクリーム色の壁にブラックの窓枠というレトロでおしゃれな感じで私は気に入った。正面玄関に入ると集合郵便受けがあってその隣には階段が。
 二階へ上がって201号室の部屋の前まで行くと、おじさんが鍵を開ける。

「あー、一つ言い忘れていたが」そう言いかけ部屋のドアを開けるとそこには……

 獣耳と尻尾をピクピク動かしながらおいしそうにお菓子を食べる男性と子供が。
 それになにその格好。ハロウィンにはちょっと早すぎない?

 男性と子供の格好は、まるで神社の宮司のような服を着ていた。

 二人はもぐもぐお菓子を食べていた。

「ここは私の部屋です。 出てってください」

 男性と子供は目をぱちくりさせて私を見る。

「あのな、香穂」と恭蔵おじさんが、あちゃーという顔つきで私に話しかけてくる。

「この二人は香穂の同居人だ。 あ、人ではないか。 お狐様だ」

 は?

「おじさん、電話ではそんなの一言も。 それにお狐様!?」
「言ったら来ないだろ」
「絶対来ません」
「家賃半額の条件がこの二人の面倒を見ることだ」

 ぜんっぜん聞いてないんですけど!
 図ったな、このおっさん。

 おじさんの目論見がわかったところでどうすることもできずここに住むしかない。

 それに……

 ポリポリとお菓子を食べる子供と目が合う。
 その純粋無垢できれいな目で見つめられたら……

「きゃーなにこの子可愛い!」
 思わず抱き上げてしまった。

 銀色のようなきれいなサラサラな髪に薄茶色の耳と尻尾。瞳の色はボルドーだろうか。

「おっ、気に入ったか? その子は春雷」
「よろしくね。 春雷ちゃん」
「僕は男だ」
「こりゃ失敬」

「で、こっちの男前なのが蓮夜。この二人は親子だ」と、おじさんに紹介されて立ち上がった男性が私の肩まで伸びた髪を指ですくってグリーンの凛々しい目を向けて
「よろしく。 お嬢さん」と言うが。

「あの、口のまわりにチョコついてますけど」

 よく見るとイケメンなんだけど、どこか抜けてるというか憎めないというか。
 こっちのイケメンはブロンドの髪に薄茶色の耳と尻尾。

「二人共、まず口のまわりについてるお菓子を拭きなさい」と恭蔵おじさんに言われ、お狐様たちがきれいになったところで4人で部屋に座る。

「紹介しよう。今日からお前たちと生活を共にする藍原香穂。俺の姪っ子だ」
「よろしく、お願いします」
 まだ事態を飲み込めないが一応あいさつする。

「すまんな、あいにく部屋は満室なんだ」
「じゃあ、おじさんの部屋に住まわせたらいいじゃない」
「いや、こいつらはこの部屋じゃないとだめなんだ」
「じゃあ、おじさんがここに来たらいいじゃない」
「俺、高所恐怖症だし」

 結局この201号室に住まなければなさそうだ。観念するしかない。

「あのう」蓮夜さんが間に入ってきた。
「驚かせてすまなかった」
 しゅん、とした顔で謝ってくる。春雷君もごめんなさいと頭を下げる。

 そんな顔されたら……

「私、窓際の部屋使っていいですか」

 幸いこの部屋は二部屋ある。もう一つの部屋とは襖で仕切られててネックではあるが一緒の部屋よりはマシだ。

「そりゃもちろん。俺たちはこっちの部屋じゃないとだめだし」

 もう一つの部屋は窓無し。
 明るい部屋が苦手なのかしら と、この時は気にも止めなかった。

 後に、このお狐親子がこの部屋でないといけないという理由を知ることになる。

 まあ、今はそれはさておき。

「よろしくね。蓮夜さん、春雷君」と笑顔であいさつした。

 こうしてお狐親子との同居生活が始まったのであった。

 その夜は引っ越しそばならぬ引っ越しうどんで一日を締めくくった。

「とーちゃん、油揚げおかわり!」
 春雷君が無邪気な笑顔で言う。

1話 はるの荘へようこそ!

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