■ 街中 昼
人で溢れ返る街中。
そこに女性の悲鳴が。
女性「きゃああ! 誰か、捕まえて!? ひったくりよ!」
ハンドバッグを奪った犯人がバイクで逃走する。
それをスーツ姿の若い男性が目撃する。
永誓「あ! 大変ですよ、先輩。ひったくり事件です!」
迷宮「そっか。大変だな」アンパンを食べながら呟く。
永誓「呑気にアンパンなんか食べている場合ですか!? 早く捕まえないと!」
迷宮「分かった」
迷宮一郎はアンパンを咥えながら相棒の長門永誓に抱きつく。
永誓「あの、迷宮先輩? 何をなさっているんですか?」
迷宮「だって、永誓が捕まえろって言うから」目を点にして首を傾げる。
永誓「僕を捕まえてどうするんですか!? 捕まえるのはあっち! バイクで逃走したひったくり犯の方ですよ!?」
迷宮「何だ、あっちか。ごめん、間違えた」
迷宮一郎は一言謝罪すると、超人的な身体能力を発揮してひったくり犯を追いかける。走る速度はチーター並みであり、器用に木に登り様々な場所に飛び移る身軽さは猿かゴリラそのもの。
迷宮一郎は、瞬く間にひったくり犯に追いつくどころか、先回りして道路に躍り出た。
ひったくり犯「な、何だ、お前は!?」
いきなり目の前に現れた迷宮一郎を見て、ひったくり犯は驚きの声を張り上げる。
迷宮「捕まえたぞ!」
迷宮一郎は走ってきたバイクを正面から受け止めると、軽々と持ち上げた。
バイクから振り落とされるひったくり犯。
迷宮「ひったくりの現行犯で逮捕する」
迷宮一郎は手錠を取り出すと、それをひったくり犯の右手にかける。そして、何故かもう片方の手錠を自分の足にかけた。
ひったくり犯「ああ!? お、おい、ちょっと待てよ!? 手錠のかけ方、おかしくねえか!?」
迷宮「何が?」
ひったくり犯「いや、手錠はその名の通り、手にかける錠のことだろ!? それを足にかけてどうするんだよ!?」
迷宮「でも、ちゃんと手にかけてるが?」
ひったくり犯「だから! お前は足にかけているだろ!? おかげでこっちの体勢がやばいことになってるんだっつってんだよ!?」
ひったくり犯は地面に這いつくばる様な格好をしている。
迷宮「そっか。間違えた」
迷宮一郎は足にかけた手錠を自分の左手にかけ直す。
ひったくり犯「そうそう。それでいいんだよ」
すると、何故か迷宮一郎はひったくり犯の手錠を右手から右足にかけ直した。
驚愕に引きつるひったくり犯。
迷宮「さ、近くの交番まで連行する。大人しくついて来い」
ひったくり犯「お前、ちょっ、ふざけんな!?」
迷宮一郎はひったくり犯の言葉には耳を貸さず、そのまま歩き出す。
ひったくり犯は悲鳴を上げながら引きずられていった。
■ 交番 昼
ひったくり犯を引きずりながら交番に到着する迷宮。
交番の中から、二名の警官が驚いた様子で出てくる。
警官A「これは何事ですか!?」
そこに相棒の長門永誓が息を切らせて現れる。
永誓「僕達はこういう者です」
二人は警察手帳を見せる。
警察手帳には二人の顔写真と名前が記載されている。
警官A「お疲れ様です!」姿勢を正し二人に敬礼する。
永誓「偶然ひったくり事件の現場に居合わせまして。それでこちらの迷宮刑事にひったくり犯を捕まえてもらったんです」
警官A「なるほど、事情は理解しました。ですが、何故、ひったくり犯を引きずって来たのですか?」
永誓はちぐはぐな手錠のかけ方を見て瞬時に全てを理解する。
永誓「ああ、僕の先輩は世界一ポンコツなんですよ。だからお気になさらずに」ニコッと微笑む。
警官A〈ポンコツ? もしや、あれが世界一ポンコツな刑事として有名なあの『迷宮刑事』なのか!?〉
警官B〈どんな些細な事件でも必ず迷宮入りにすると噂されるポンコツ刑事。まさか実在していたとは〉
警官達は引きつった表情を浮かべる。
その時、永誓の携帯電話が鳴り響く。
永誓が電話を取ると、険しい表情を浮かべる。
永誓「先輩、事件です。この近くで殺人事件が発生したとのことですので、直ちに向かいましょう」
迷宮「よし、分かった」
迷宮はひったくり犯を引きずったまま現場に向かおうとする。
永誓「先輩! まずは手錠を外してひったくり犯を引き渡しませんと」
迷宮「おや? いつの間に? こいつ、誰だ? まあ、いい。邪魔」そう言いながら手錠を外し、ひったくり犯を警官に引き渡す。
警官A〈そうだ。噂の迷宮刑事はポンコツなだけじゃなく、三歩、歩いただけで直前の記憶を忘れてしまう『鶏頭』の異名を持つんだった〉
警官B〈しかも、それを本人の前で口にしたら、翌日には死体で発見されるという都市伝説があったはずだ〉
警官達は恐怖に顔を蒼白させる。
永誓「それじゃ、ひったくり犯は御任せしましたよ」
迷宮「永誓、行くぞ。事件が俺達を待っている!」
迷宮一郎は長門永誓を抱きかかえると、そのまま走り去って行った。
警官A「ポンコツなだけじゃなく、確か身体能力もゴリラ並みだったっけ?」
警官B「ヒグマと格闘して勝ったこともあるって噂だぞ?」
警官達は伝説を前にして、深く嘆息するのであった。
■ 事件現場の一軒家 昼
警察関係者で溢れ返る事件現場。
そこに迷宮一郎と長門永誓が到着する。
迷宮「犯人はお前だ」
迷宮一郎は突然、被害者の妻を指差すと断言する。
永誓「先輩。それはまだ早すぎます」そう言いながら迷宮一郎の腕を下ろさせる。
迷宮「そうか、分かった」
妻「貴方達、いきなり何なんですか?」驚いた表情で呟く。
永誓「被害者の奥様でいらっしゃいますか? 僕達はこういう者です」
二人は被害者の妻に警察手帳を見せる。
妻「あら、貴方達、刑事さんでしたのね? お願いです! どうか主人の無念を晴らしてください!」ハンカチを取り出して泣いたふりをする。
永誓「御任せを。僕達にかかれば事件はすぐに解決しますからご安心ください」
二人は事件現場に目を向ける。
そこにはこの家の主人である中年男性が頭から血を流して倒れていた。
死体の側には何故か袋に入った解凍済み鶏肉2㎏が落ちている。
永誓は近くにいた鑑識に声をかける。
永誓「状況の説明をお願いできますか?」
鑑識「被害者は山田三郎、58歳。頭を鈍器のようなもので殴られ、それが致命傷だったと思われます」
永誓「凶器は何ですか?」
鑑識「まだ発見されておりません」
迷宮「こ、これは!?」鋭い眼光を放つ。
永誓「先輩!? 何か気付いたんですか!?」
迷宮「これは唐揚げにしたらきっと美味しいに違いないぞ?」鶏肉を指差しながら涎を垂らす。
妻「あらあら、こんな所に落ちていたのね!?」
被害者の妻は袋に入った鶏肉を拾い上げる。
妻「唐揚げにしようと解凍していたんですのよ。もしよろしければ皆さんも召し上がりますか? すぐにお作りしますわよ」
迷宮「是非ともお願いします」目を輝かせながら涎を垂らす。
永誓「ちょっと待って下さい。それ、食べちゃってもいいんですかね、先輩? だってそれが凶器だと思いますので」
永誓の一言で現場が凍り付く。
妻「な、何を馬鹿なことをおっしゃいますの? 鶏肉で人が殺せるわけがございませんでしょう?」動揺しながら言う。
迷宮「永誓、お前は馬鹿だな? こんな柔らかいもので殴ったって骨は砕けないぞ?」
永誓、一瞬だけ全身からドス黒いオーラを噴き出させるも、すぐに冷静になって柔和な笑顔を浮かべる。
永誓「奥さん? 貴女は先程、こうおっしゃいましたよね? その鶏肉を唐揚げにしようと解凍していた、と。つまり、その鶏肉は先程までカチコチに冷凍されていた。なら、それで殴ればご主人の頭の骨を砕く位は簡単ですよね?」
被害者の妻は顔を蒼白させる。
すると、迷宮一郎は真剣な眼差しを浮かべると永誓の肩に手を置いた。
迷宮「唐揚げは?」
永誓「唐揚げは無しです。まさか凶器を食べるわけにはいかないでしょう?」
迷宮「でも」お腹を鳴らす。
永誓「後で僕が特製のカレーライスを作って差し上げますから、唐揚げは我慢です」
迷宮「甘口?」
永誓「すりおろしたリンゴと蜂蜜をたっぷり入れたやつですよ」
迷宮「そうか。なら、我慢する」頬を染め、嬉しそうな表情を浮かべる。
永誓は被害者の妻に向き直る。
永誓「奥さん、貴女が犯人ですね? しらばっくれても無駄です。鶏肉の袋に付着した血痕と指紋を調べればすぐに分かりますから」
被害者の妻はがっくりと項垂れる。
永誓「貴女が何故、旦那さんを手にかけたのか、その理由に僕は興味がありません。この後は大人しく法の裁きを受け、罪を償うことをお勧めします」
被害者の妻は泣き崩れた。
その時、何故か唐揚げの匂いが漂って来る。
永誓は嫌な予感がし、眉根を寄せる。
すると、そこに迷宮一郎が大皿に一杯の唐揚げを持って現れる。
迷宮「やっぱり唐揚げが食べたくなったから作って来た。永誓も一つどうだ?」微笑しながら唐揚げを勧める。
永誓「あの、先輩? その唐揚げはもしかして……?」
迷宮「そこに落ちていた鶏肉で作った。我ながら会心の出来だぞ?」えっへん、と頬を染めながら胸を張る。
永誓は迷宮一郎の持ってきた唐揚げをつまみ上げると、それを口の中に放り込む。
永誓「美味しい! 先輩、絶品ですよ、この唐揚げ」
迷宮「だろう? 台所に金賞受賞の名店唐揚げ粉があったから、それを使って作ってみた。皆も食べてくれ!」
その場にいた者は全員、顔を蒼白させる。
永誓「あー、証拠が全部消滅したことですし、この事件は事故死ということにしておきましょうか。皆さん、後は適当にやって皆で唐揚げを食べたら帰りましょう」
その時、被害者の妻はガッツポーズを取って喜んだ。
■ 迷宮一郎の家 夜
台所で料理をしている永誓。
居間でウキウキしながら料理を待つ迷宮一郎。
永誓「出来ましたよ、先輩」
永誓は二人分のカレーライスを持ってやって来る。
席に着くと、二人は同時に「いただきます」とカレーを食べ始めた。
迷宮「やっぱり永誓の作る特甘カレーは最高だな。一日三食一年中毎日食べても飽きないぞ?」
永誓「お褒めにあずかり光栄です、先輩!」嬉しそうに微笑む。
永誓〈先輩? いつになったら気付いてくれるのだろうか。それが甘口のカレーライスじゃなくてハヤシライスであることに〉