これはまだ、企業に『コンプライアンス』という言葉が無かった、アルバイトの平均時給が600円代だった頃の話です。
私は喫茶店でフリフリのシャツとエプロンを付け(若かったので、ギリギリ許されていたと思います)、短時間アルバイトとして働いていました。
今回は、働いてみて初めて知った、お店の裏事情を紹介していきます。
(※まだコンプライアンスが緩かった時代の、その店独自のルールだったため、今では考えられない話です)
・お冷や
注文前にメニューと一緒にお客様へお出しする水は『水道水』でした。
これは割りと、どのお店でもそうかもしれませんが、ウォーターサーバーのような機械から淹れるのだと思っていたので、蛇口の水を直接淹れているのを見た時は少しショックでした。
お冷や用のポットの中にレモンの輪切りを1枚入れておくのがポイントで、
『ここのお冷や、美味しい』
と、お代わりされるお客様が多かったです。
ただの『水道水』なので、複雑な気持ちでした。
・サンドイッチ
お客様が退店された後、テーブルの食器を下げて、残飯はゴミ箱に棄てます。
……が、
『星(私)さん、パセリとプチトマトはこのザルに入れてね』
と、店長に指示されていました。
そう。
サンドイッチの横に飾り程度に乗せられているパセリやプチトマトは、食べないまま残っている場合が多いので、ザルに集めて、溜まったら、軽く水洗いして再利用していました。
それ以来、お店のパセリは『食べられない飾り』だと思うようになりました。
・ケーキ
ケーキセットのショートケーキが残った時は冷凍庫に入れ、消費期限は1週間が基本でした。
『店長、イチゴが少し黒ずんでいるみたいですが……』
そう言うと、店長がケーキナイフで生クリームごとイチゴをキレイに取り除き、新たに生クリームを絞って新鮮なイチゴと交換して
『はい、新鮮』
確かにイチゴは新鮮になったけど……。ケーキのスポンジや中に挟んでいるフルーツは、期限ギリギリの1週間前のものでした。
・100%アップルジュース
メニューに『100%アップルジュース』があったのですが、それを作るのは、私の仕事でした。
リンゴを剥いてジューサーにかける?
いいえ。
スーパーで普通に売っている、缶入りの『100%アップルジュース』を冷蔵庫から出してきてグラスに注ぎ、氷と水道水とアイスコーヒー用のガムシロップを入れて混ぜるだけです。
メニューには『搾りたて』『100%』
と書かれているのに……。
ちなみに水道水を入れるのは、量増しのため、
ガムシロップは、蜜入りの美味しいリンゴを使っていると思わせるためです。
・ソーダ水とアメリカンコーヒー
お店のメニューにコーヒーとアメリカンコーヒー、メロンソーダとソーダ水がありました。
それぞれ何が違うかと言うと、アメリカンコーヒーはコーヒーをお湯で薄め、ソーダ水はメロンソーダを水道水で薄めていました。
ソーダ水は高齢のお客様に
『懐かしい味』
と、人気のメニューでした。
・ピザパン
この喫茶店の一番人気は『窯焼きピザパン』でした。
メニュー表には『窯で焼いた』と、書いているのですが、察しのとおり、冷凍している既成のピザパンを電子レンジで温めるだけでした。
パンを電子レンジで温めるのも私の仕事でしたが、店長に
『星さん、レンジの温め終了音をお客様に気付かれないようにして』
と、指示されていました。
温めが終了する直前にピザを取り出し、キャンセルボタンを押す。
喫茶店は20席あるのにウエイトレスは私一人……。
満席になると、電子レンジを見張っている時間も無い……。
それでも店長の指示通り、電子レンジの音に気付かれないよう、お客様にピザパンを提供していた私は、ある意味優秀なアルバイトだったんじゃなかろうか、と、今でも思っています。
・食器
私はウエイトレスなので、基本的にオーダーを取ったり、食事を運んだり、レジでの会計を担当していましたが、お昼の忙しい時間帯は、応援で食器洗いを手伝っていました。
皿洗いといっても、本当に食器を『洗う』わけではなく、ぬるま湯と洗剤が入った大きなシンクに食器を入れ、スポンジで軽く拭う程度です。
店長曰く、
『1枚1枚、丁寧に洗っている時間や洗剤がもったいない』
そうで。
オーダーの前に出す、お冷やのグラスは
スポンジすら使わず、シンクに潜らせるだけで終了。
ただ、女性のお客様の場合はグラスの縁に口紅がベッタリ付いている場合があるので、
『星さん、食器の欠けと女性客のグラスの縁だけは注意して』
と、言われていました。
食器を『洗う』用のシンクの隣に『すすぐ』用の、ぬるま湯を張ったシンクがあり、そのシンクに潜らせるだけで、すすぎは終了。
後は食器用乾燥機に入れるだけでした。
ちなみにシンクの水を変えるのは、1日1回。(間でぬるま湯を継ぎ足していました)
さて。
ここまで全く『キケンなお仕事』でもない話でしたが、最後に私が『危険』だと思った話。
・夜間金庫
私は閉店時間まで働いていたので、最後はお店のBGMを切り、シャッターを閉めた後、レジの中のお金を数えて売上金額を確認し、その売上金全てを少し離れた夜間金庫まで持って行くのも担当していました。
『売上金を夜間金庫まで持って行く』
これが割りと怖くて。
毎日数十万円。
既に全ての店が閉店して真っ暗になった商店街を、フリフリヒラヒラのエプロンを着けたまま、黒い鞄を抱えて夜間金庫まで持っていく。
既に足元のおぼつかない酔っぱらいがフラフラしている中を。
酔っぱらいが全員バイ○ハザードのゾンビに見えてしまう……。
ヤンキーなお兄ちゃんにカツアゲされたら、強盗に襲われたらどうしよう……。
当時の私は、か細い体型だったので、毎度スリリングな時間でした。
後ろからコツコツと人の足音が聴こえ、その音が早くなるたび、私も早足で、鞄をギュッと握りしめていました。
一度、店長に
『大金を持って夜道を歩くのは怖いので、変わりに店長が持って行ってくれませんか?』
と、直談判したのですが、
『大丈夫。星さんはお金持ってなさそうに見えるから襲われないよ』
と、謎の返事をされました。
この話を母にすると、
『星ちゃん、強盗に襲われたら、お金を渡して逃げなさい。お金より命が大事!取られた金は、母ちゃんが弁償するから!』
と、
これまた謎に返されて
『え……?
私、やっぱり襲われるの前提なの?』
と、命の危険を感じながら働いていました。
時給650円の割りに『キケンなお仕事』の話でした。
※ちなみにこの喫茶店は、私がアルバイトをしている間に潰れて、別の飲食店に変わってしまいました。