朝か……

俺は豪華なベッドの上で目が覚めた。
半目のままベッドの天蓋に描かれた魔法陣を見る。するとどうだろう、身体の中にたまっていた魔力が徐々に活性化し始め、身体中を渦巻くように巡り始めた。
それと共にだるく重い身体に力がみなぎってきた。

そうして十分も経っただろう、十分身体中に魔力が行き届いた。
よし、そろそろ起きるか。
布団をめくりあげると、自分が着ている薄いピンク色のネグリジェが目に映る。

うーん、もう長いことこの身体でいるけど、未だにこれは慣れないな

まあ嘆いていても仕方ない。早く起きて朝飯を食わないと、アイシャがやってくる

ベッドを抜け出し、窓際まで歩いて行く。
途中にある、大きく一枚でできた姿見に写る自分の姿をちらと横目で見る。
身長はまだ小さく、ほっそりとした体付き。長い黒色の髪が寝汗で若干まとわりついている。

今日も可憐だな、俺様。この身体になってからすでに八年。いい加減慣れなきゃいけないんだが、未だに違和感は消えない。まあ前世では彼女居ない歴=年齢のアラサーなおっさんだったからなぁ

それにあの鏡。あれほどの大きさの鏡が一枚で出来ている、ものすごく高級品だ。庶民が一体何年働けば買えるのか分からないほど高い

そんなことを考えつつ窓際に到着すると、ばーんと窓を大きく開けた。涼しい風が部屋に籠もった空気を入れ換えていく。
すぐ近くにおいてある上着を軽く羽織って、俺は窓から眼下に広がる町並みを眺めた。

真下は我が公爵家の誇る庭園が広がっており、朝も早くからメイドたちが掃除をしていた。
そんな彼女たちは、俺が窓から外を眺めていることに気がついたのか、数人が集まってひそひそ話をし始めた。

うわ?、ほんとに可愛らしいお姿ですよね

あの儚げなお姿

まだ十歳ですのに、この王都でも一位二位を争うほどのお美しさと言われてますのよ

それなりに距離が離れているものの魔力が行き渡った俺の耳は、例えるならばデビルイ○ー。しっかりばっちり彼女たちの声が聞こえている。
窓から軽く手を振ってあげると、きゃーきゃー言い始めた。
あ、近くを通りかかったメイド長に叱られてる。

なんかごめん

そう心の中で謝ると、窓を閉めて羽織っていた上着を元の場所へと戻した。ちゃんと上着を着ていないと、ネグリジェ姿なんて他人に見せられないしな。

さて、そろそろ朝飯にするか

小さく可愛らしい呼び鈴を手に取り、軽くちりんと鳴らした。
そして俺は姿見の前に立ち、風に当たって乱れた髪を手ですくい始めた。

……


俺は生前の記憶を持っている。生前の俺はうだつの上がらないおっさんだった。
ある日、家で酒を飲んでいたら目の前が真っ暗になり、そして次に気がついたとき、この姿になっていたのだ。
まあ死因は酒の飲み過ぎだろう。散々医者に止められていたのにも関わらず飲み続けてたからな。
まあそれは自業自得だし別に良いのだが……。

何で俺は女の子になっているんだよっ?!

自分の姿が映っている鏡に向かって、心の中で思いっきり突っ込みを入れた。
三歳の時に、俺は突如生前の記憶が戻った。転生というやつなのかは不明だがな。
まあ百歩譲って性別が女なのは良いとして、問題は家族構成だ。
まずうちは公爵家。貴族の最上位に位置するとてもお偉い家系である。

更に我が国、ファンドル王国の三公爵と呼ばれる王家の一つで何人もの国王を輩出している。
また、うちの父ちゃん(現公爵家当主だよ?)は現王の妹を二人も娶っているリア充である。
という事は俺は国王の姪と言う事になる。
俺の今の名は、シャルニーア。シャルニーア=フォン=ファンドル。
ファンドル王国の王家に連なる血筋を持つ、公爵家の次女である。

何だよこの高スペック設定。

うだつのあがらない元おっさんとしては、貴族という立場はものすごく合わない。
朝から晩まで貴族の振るまいや、花嫁修業、そして王国の歴史からご近所の評判まで徹底的に叩き込まれる。
また去年からとうとう魔術も習い始めた。
生前大好きだった酒も、十歳の少女じゃ飲むことは禁止されているし、ストレス街道まっしぐらだよ。

はぁ……

大きくため息をつくと同時に部屋のドアがノックされた。
おっと朝飯の準備が出来たか。

どうぞ

失礼します

そう言って入ってきたのは、長い金色の綺麗な髪をカチューシャでまとめ、黒をベースとした清楚なメイド服に身を包んだ俺より四歳年上の少女、専属メイドのアイシャ=レクトノリアだった。
丹精な顔立ちで美少女と呼んでも差し支えないが、残念な事に身体の凹凸は少ない。
十歳の俺と殆ど変わらないという、大平原である。

さて、このアイシャというメイドは、十三歳で王立ファンドル魔術学園を飛び級で主席卒業した才女であり、三百年続く学園の歴代三位という成績を残している。
いわゆる天才という奴だ。
学園を主席卒業したものは、王国の魔術騎士団や宮廷魔術師、賢者シャローニクスの弟子など、超一流の就職先へ入るのが通例である。
しかしアイシャはそれらを全て蹴って、なぜか俺のカテキョーをやっている変わり者だ。

アイシャ? まだ来るには早い時間ではないでしょうか?

深窓の令嬢と王都でも評判の俺様は、なるべく地を晒け出さないように訓練をしているのだ。

そろそろ魔術講習のお時間ですから

もうそんな時間ですか?

昨晩シャルニーア様への課題が終わっておりませんから、今日は早めに魔術講習を行うとお伝えしたはずですが

そういやそうだった。
俺も男だ。魔術を教えてくれる家庭教師が専属メイドになると聞いて最初は浮かれたんだが、きちんと魔術の基礎を覚えなきゃ使えないのだ。
ま、当たり前なんだろうけど、三流大学出身の俺程度の頭脳じゃ中々魔術の基礎を覚えられない。
昨日も0時過ぎまで勉強が続いたものの、結局覚えきれずに今日に持ち越しとなった。
スパルタ教育すぎるよ。

そうでした。でも私はまだ朝食を頂いておりませんから少し待ってて頂けますか? 汗も流したいですし

上目遣いでなるべく可憐に可愛くおねだりする。
これまでの経験上、こうすれば大抵の人はきいてくれるのだが……。

五分待ちます

アイシャには全く効果が無かった。

五分じゃ朝飯も食えんわっ!

さあ、カウントスタート。四分五十九秒、四分五十八秒……

ちょっ?! まてまてストップすとっぷ!

シャルニーア様。公爵家のご令嬢ともあろうお方の言葉遣いではありませんよ?

アイシャだって、もう少し俺の事を公爵家のご令嬢として敬えよ!

シャルニーア様、敬うという言葉の意味を考えてからお使いください。それよりそろそろ四分を切りますがよろしいのでしょうか?

ちょっとまてってば! ああもう、さくっと朝風呂いってくるわっ!

そう叫んで部屋の隣にある、俺専用の風呂場へ走ろうとしたとき、背後からアイシャが声をかけてきた。

シャルニーア様、ご朝食は浴場にご用意しております

ついでに酒も用意しておけよっ!

お子様がお酒など飲んではいけません。あと三分五十五秒です

アイシャなんか嫌いだぁぁぁぁぁ!

そして俺は、湯船に浸かりながらきっかり三分で無理やり朝飯を食ったのだった。

これは十四歳の小娘に翻弄される元三十五歳のおっさんの物語である。

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