『神奈川県立 七星学園』
 
 校門に書かれたその名前を、譲司はじっと眺めた。

 転校初日だ。今日から新しい生活が始まる。
 微かな期待を胸に、校門をくぐった。
 
 瞬間。

 殺気――!


 矢だ。

 耳元をかすめた矢が、鋼鉄の校門を貫いている!

???

今、私が……

 声がしたのは背後。
 譲司はゆっくりと振り向いた。

 桜の木の、枝の上に――男が立っている!

二階堂 国光

本気で狙っていたら、キミは死んでいた

男は桜の木から飛び降り、音もなく着地した。

牧島 譲司

……転校生をボウガンで狙撃するのはこの学校の歓迎方法か?

二階堂 国光

クロスボウだ。訂正したまえ。ボウガンではない

 男は左手に掴んだクロスボウを掲げて、笑った。

二階堂 国光

キミなら避けられると思ったから撃った。
挨拶代わりだよ。

二階堂 国光

本気で殺すつもりなら、正面からやる。
正々堂々を心掛けているものでね

牧島 譲司

何者だ、てめえ

二階堂 国光

生徒会長の二階堂だ。
キミは転校生の牧島譲司くんだね? 

……オオカミのように見えるがイラストがなかったのか?

牧島 譲司

ワケのわからねえこと言ってんじゃねえぞ。牧島譲司は俺だ。何の用だ。

二階堂 国光

人違いでなくて良かった。

では牧島くん、キミに言うことが一つある。

二階堂 国光

七星学園はキミを歓迎しない。

今すぐ荷物をまとめて田舎へ帰りたまえ

牧島 譲司

……何の冗談だ

二階堂 国光

冗談に見えるかい?

 二階堂がクロスボウを持ち上げた。

 矢の先端は譲二に向けられている!

牧島 譲司

11時までに職員室に来いと言われてる。

何の恨みだか知らんが、後でいくらでも相手してやるから今は邪魔をするんじゃねえ。

二階堂 国光

すまないが、その職員室に辿り着くのを妨害するためにここにいる。

二階堂 国光

大人しく退くか、逆らって死ぬか。
二つに一つだ。
さあ、どちらを選ぶ。

牧島 譲司

三つめの選択肢だ。
お前をブチのめして進む。

 譲司が言うと、二階堂は鼻で笑った。

二階堂 国光

無謀だな。
後悔することになるぞ。

牧島 譲司

弱いヤツの言うことは聞かないと決めてるんだ

二階堂 国光

結構。では田舎に帰るのは――

二階堂 国光

キミの死体だけということになる!

 二階堂が引き金を引いた!

高速で迫る矢を、譲司は難無く掴み取った!

牧島 譲司

受け止められないと思うか?
たかが矢の一本程度を。

二階堂 国光

できる!

二階堂 国光

ならばこれはどうだッ!

 矢が雨のように降り注ぐ!

 地を這うように走る譲司!
 走り抜けたその場所に、無数の矢が突き刺さった!

二階堂 国光

かわすか! 噂通りだな、牧島譲司!

二階堂 国光

次は本気で行かせて貰う!

 二階堂の全身が青色に輝く!

 それだけではない!
 光は一つ、また一つと増えていく。
 二階堂の体から放たれる。
 その光が形を変えて。

 光は全て、二階堂の姿になった!

 二階堂が、十三人に分身した!

二階堂 国光

フフフフ

二階堂 国光

見たまえ

二階堂 国光

これが私の

二階堂 国光

能力だ!

二階堂 国光

かわせるか!

 二階堂が叫ぶ!

 二階堂が跳躍する!

 二階堂が、一糸乱れぬ動きでクロスボウを構える!

二階堂 国光

かわせるか!

 別の二階堂が叫ぶ!

二階堂 国光

三百六十度矢の嵐だ! かわせるかッ!

 一斉に、引き金が引かれた!

牧島 譲司

ウォォォォ!

二階堂 国光

なに!?

 譲司が、地面を叩いた!

 轟音と、砂埃!

 突如として吹き荒れた爆風!
 矢はそのことごとくが吹き飛ばされた!

牧島 譲司

フン。残念だったな

二階堂 国光

化け物め……貴様、いま何をした

牧島 譲司

グラウンドを殴っただけだ。

地面を叩き砕く、その衝撃波で矢を弾いた。
そうでもしないと防げないと思ったんでね。

二階堂 国光

人間にできる芸当ではない

牧島 譲司

俺は人間だよ。
どこにでもいる普通の高校生だ。

まあ、人より鍛えてはいるがな。

二階堂 国光

……やはり貴様を七星の学び舎に入れるわけにはいかん。

二階堂 国光

ここで死んで貰うぞ!

牧島 譲司

やれやれ。
俺は普通の高校生活を送りたいだけなんだが

牧島 譲司

邪魔をするつもりなら……

牧島 譲司

覚悟はできてんだろうな!


 無尽蔵に降り注ぐ矢の嵐をかわす!
 渾身のストレートを叩き込む!
 二階堂の一人が吹き飛び、数十メートル転がった!

 勢いを殺さぬまま突進!
 正拳突きを叩き込み、回し蹴りで胴を打ち抜く!
 地に倒れ伏した十二人が、霧のように散って消えた!

 その間ーーわずか、数秒。
 残されたのはたった一人、本体の二階堂のみだ。

二階堂 国光

全力で臨んだつもりだが……
止められないか

牧島 譲司

面白い手品だ。だがそれだけだな。

牧島 譲司

もう一度分身してみるか? 
何人増えようがブチのめしてやるぜ

二階堂 国光

残念ながらネタ切れだ

牧島 譲司

退け、生徒会長。
俺にお前と戦う理由はない。

いま退けば、見逃してやる

二階堂 国光

キミを校舎に入れれば、犠牲になるのは生徒たちだ。

たとえこの場で朽ち果てようとも、逃げるわけにはいかない

牧島 譲司

俺はただの高校生だ。
俺は普通の高校生活を送りたいだけだ。
だからここに来た。

どうして邪魔をする。

二階堂 国光

生徒を守る為だ。
生徒会長としての誇りがある。
私はこの身を七星学園に捧げると誓った。

二階堂 国光

生徒を守る為なら、殺人すら辞さぬ!

牧島 譲司

そうかよ

牧島 譲司

なら、死ぬ覚悟もできてるってことだな!


 譲司が動いた!
 地を蹴り、数十メートルを瞬きの間に駆け抜ける!
 一気に懐に飛び込むと、大上段から手刀を叩き込む!

二階堂 国光

クッ!

 瞬間、二階堂も引き金を引いていた!

 二階堂の体は地面へと叩き付けられた。
 バウンドしながら地面をごろごろと転がる。

牧島 譲司

捨て身か。ふざけやがって

 右の掌に矢が突き刺さっている。

 矢を引き抜くと、血がぼたぼたと流れた。

二階堂 国光

し、七星の……生徒は

二階堂 国光

強いぞ……
私など、比べものにならないほど……

二階堂 国光

……死にたく……なければ……逃げる、ことだ……

 糸が切れたように、二階堂の頭が地に落ちた。

牧島 譲司

……やれやれだ。

牧島 譲司

死なれても厄介だな。
保健室に連れてってやる。

 譲司は溜息交じりに吐き出した。

 二階堂の体を担ぎ上げる。
 そのまま校舎に向かって歩き出した。


 北海道から神奈川に着いたのが先週。
 まだ越してから一週間。
 学校へ来るのは今日が初日。
 当然、誰かの恨みを買うような覚えはない。

牧島 譲司

まあ、考えても仕方ねえが……

 何にせよ――時計を見た。

 時刻は9時40分。

牧島 譲司

9月1日、11時までに職員室に来る。
それだけで転入を認める。
そういう話だったが……

牧島 譲司

あるいはーーそれすら罠だったのか?

牧島 譲司

二階堂という男が狂人だったとしよう。
転校生を襲うのが趣味という可能性はある。
偶然、分身できる体質なのかも知れない。

だが……

 校舎の入り口まで、目算で30メートル。

 譲司は足を止めた。

牧島 譲司

何の用だ。
揃いも揃って、転校生のお出迎えか?

天ヶ崎 美咲

よくも会長をやってくれたわね

 女が立っていた。

 彼女の背後にずらりと、男女が並んでいる。 
 ざっと見ただけでも百人は超えていた。

 百人の生徒が武器を手に、殺気を漲らせている。

牧島 譲司

神奈川の高校には武器を使った授業でもあるのか?

天ヶ崎 美咲

バカげたことを

牧島 譲司

でなけりゃ、なんで全員が武装してる

天ヶ崎 美咲

武器の持ち込み申請は済ませてあるわ。
校則的にも問題は何もありません

牧島 譲司

問題なのは法律の方だろ

天ヶ崎 美咲

法律など、七星の校則の前では無力

天ヶ崎 美咲

七星学園、基本校則七か条!

生徒A

第一条!

七星学園の生徒は常在戦場の自覚を持って鍛錬に臨み、文武両道に努めること!

生徒B

第二条!

戦いにおいては教師、兄弟、友人であろうと手加減をしないこと!

生徒C

第三条!

意見が相違する場合は話し合いをせず、武力をもって決着すること!

生徒D

第四条!

欲しい物があれば力ずくで奪い取ること!

生徒E

第五条!

アルバイトを行う場合には事前に学年主任の許可を取ること!

生徒F

第六条!

武器の持ち込みは申請すること!

観音様

第七条!

常に強者たらんと心掛けること!


 地を揺るがすほどの大音声!
 
 百人の生徒が校則を読み上げた!

天ヶ崎 美咲

私たちは普通の高校生とは違うわ。

七星学園で大事なのは、力があること。
学校は生徒に強くなることを求めている。

天ヶ崎 美咲

そして私たちはその期待に応えて来た

牧島 譲司

良くわかったぜ。
異常な学校だってことはな。

牧島 譲司

だがどうして俺を狙う? 
お前たち全員に、俺を襲う理由があるのか?

天ヶ崎 美咲

アナタが校舎に立ち入れば、たくさんの生徒が犠牲になる

牧島 譲司

先に手を出して来たのはこの男だ

牧島 譲司

俺は正当防衛でもなけりゃ手は出さない

天ヶ崎 美咲

人質を取るなんて、卑怯なやり方だわ

牧島 譲司

人質だと?

天ヶ崎 美咲

さっさと生徒会長を解放しなさい、この外道

牧島 譲司

怪我してんだぜ、こいつは。
俺は助けようとしてるんだ。
保健室に連れて行かせろ。

天ヶ崎 美咲

解放する気はない、ということですね

牧島 譲司

人の話を聞けよ

天ヶ崎 美咲

犯罪者には容赦しない。
テロリストには譲歩しない。
悪は絶対に許さない。

天ヶ崎 美咲

……生徒会、鉄の会則です。

天ヶ崎 美咲

二階堂会長の仇、討たせてもらいます!

 女はブレザーの胸元を握りしめる!

 衣服を引き千切るように腕を振り払った!

 引き裂いたブラウスが風に舞う!

 その引き裂かれたブラウスの下に!

 決してイラストでは見られないそこに!
 彼女は体操服を着ている!

 何故ない! 何故体操服のイラストがない! 
 誰かの魂の慟哭が聞こえる!

 だが! とにかく彼女は今、体操服なのだ!
 そして見よ! 魂の目を凝らし見よ!

 体操服の胸元に輝く、『正義』の二文字!
 大きな胸が、『正義』の二文字が、揺れる!

天ヶ崎 美咲

七星学園生徒会、かかれ!

生徒C

うおおおおお!

生徒F

うおおおおお!

生徒D

うおおおおお!



 鬨の声を上げる生徒会!

 百を超える生徒たちが一斉に腕を払った!

 ブレザーを脱ぎ去ったその下には!
『正義』の二文字が書かれた体操服!

 なぜ狙われる。
 敵の狙いは何だ。

 答えを知る者たちは殺気立ち、譲司に襲い来る。

 唸りを上げて迫る生徒会!
 
 譲司が叫ぶ!

牧島 譲司

死んでも恨むんじゃねえぞ――!






続くッ!

学園戦記マキシマ 第一話

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