……。

日野悠二

真夏より気弱そうなマルヒだな……

ぼ、僕は、やっていません……
恋人もいて、来年結婚も決まってるのに
痴漢なんて……。

それから被疑者は号泣してしまい、取り調べは長引いた。

佐藤真夏

名前は須々木誠一、二十二歳、入社したての新卒サラリーマン。
ずっと泣いていましたから、あまり話は聞けませんでしたね。

日野に付き合って喫煙所に来たものの、煙草を吸わない真夏は、手持無沙汰気味に、取り調べの内容を振り返っていた。

佐藤真夏

本当にあの人がやったんでしょうかね。とてもそんな風に見えませんでしたが……、なんだか気の毒でしたよ

日野悠二

まーでも痴漢なんて、気弱なやつがやるもんじゃね?

佐藤真夏

そうかもしれませんが……。

日野悠二

ま、これでこのところの連続痴漢事件も解決だ。帰りに大将ンとこで一杯やって行こうぜ

日野はあくまでいつもと同じ様子である。気楽に煙草の煙を吐き出しながら、そう言うが、真夏はとてもそんな気分になれなかった。

――とはいえ、先輩に誘われたら無碍に断ることもできないのが新米である。
例のラーメン屋で注がれるまま飲んだビールがラーメンを押し出そうとするのに耐えながら、真夏はどうにか終電に捕まえた。

あれ? もしかして佐藤じゃないか?

幸い終電はガラガラで、だらしなく座席に身を預けていると、向かいの座席から声がかかる。

佐藤真夏

え? ああ……
えっと、吉岡?

やっぱりそうだ。まさかと思ったら佐藤まさかじゃないか

佐藤真夏

はは……
初任科依頼だな。元気か?

まあな

幼稚園の頃から何度言われたかわからない、聞き飽きたジョークはもう挨拶と思って流している。目をこすりながら相手を確認すると、警察学校時代の同期だった。

相変わらず弱そうだな~

佐藤真夏

どうにもビールが旨いと思えなくて……

ははっ、お子様だな~。

佐藤真夏

ガラガラで良かったよ。
座れなかったらキツかった

いつもこんだけガラガラだといいんだけどな~。最近痴漢が多くて忙しいんだよ

吉岡の思わぬ言葉に、一瞬真夏は吐き気を忘れた。

佐藤真夏

えっ……そっちもなのか?
俺んとこもだよ。今日逮捕されたけど

マジで!?
そりゃ助かるな。今日もさて帰ろうかってときに一件入ってきてこんな時間だからよ

佐藤真夏

あ……いや悪い。なら、同一犯じゃないな。
逮捕があったの今朝だから

そうか……
……痴漢は厄介だよな。一度逃がしたらよっぽどつかまんねーし、かといって捕まえたら冤罪だと言われるし

佐藤真夏

ああ……

吉岡は、その次の駅で降りて行った。
その二つ先の駅で、真夏も地下鉄を降りる。

佐藤真夏

……

少し考えてから、真夏はポケットから携帯を取り出すと、親しかった元同僚の番号を探して発信ボタンを押した。

佐藤真夏

あ、ごめん。今日仕事? ……そうか。ああ、俺も今帰り。ちょっと聞きたいことがあってさ……。あのさ、今そっちでも痴漢多発してる? 

形態電話の向こうから、思った通りの答えが返ってくる。

佐藤真夏

――うん。うん、そうか。ありがとう。疲れてるとこ悪いな。ああ、次の休みには飯でも行こう

それでも僕はやってない 4

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