深夜。老人の目の前には、巨大なフラスコ状構造物。
これこそ徳ジェネレータ。徳の高い人間や徳遺物の徳を利用し、徳エネルギーを作り出す文明の要。
深夜。老人の目の前には、巨大なフラスコ状構造物。
これこそ徳ジェネレータ。徳の高い人間や徳遺物の徳を利用し、徳エネルギーを作り出す文明の要。
自身が徳エネルギーに精通する人間であることを隠すため、彼は人目につかぬこの時間帯に作業を行っているのである。
「……徳カリプス。ポテンシャルとして蓄積された徳エネルギー雪崩による、集団解脱現象」
老人は再び呟く。
彼が素性を隠してこのような場所に潜むのは、決して徳カリプスをの原因を作った負い目のみによるものではない。
彼の前には、ソクシンブツが鎮座している。
「エネルギー源は数あれど、人類が徳エネルギーを用いるようになった理由。それは無尽蔵な点にある」
「例えば、この上人が徳を積み、徳エネルギーを放出する。そこまでは普通のエネルギー源にすぎない」
「だがその上人は、生きている限り徳エネルギーを人々を助けるために使うことで……更に徳を高めることができるのだ。徳エネルギーが徳を生み、徳が徳エネルギーを生み出す。故に、『再生可能』。そして……」
老人は言葉を切る。
「もしも仮に、徳と徳エネルギーの変換を、100%に近付けることができれば。それは、『徳エネルギーによって人々が救われる限り、徳が積まれ、徳エネルギーが供給される』ことを意味する」
それは限りなく、人類の夢。永久機関そのものだ。
「だが……そんなものの存在を、この宇宙の法則は本当に許すのだろうか?」
「……死人が答える筈もないか」
「人類は、行き詰まりつつあるのやもしれぬ。だが……それでも。『取り残された』1人として、なすべきことは、ある」
「……よし『マニタービン』は問題なし、か」
自身の産んだ、徳カリプスの一因となった忌まわしき技術。一方でそれはこうして今、皮肉にも徳を持たぬ人々の命を繋いでいる。
「……いや」
技術そのものに、善悪は無い。と老ミラルパは思い直す。観音菩薩めいて幾つもの顔を持つのが、技術というものの本質なのだろう。
「後は徳ジェネレータ本体を稼働させれば……」
「……有り難く、使わせて貰う」
そう呟き、ラマ・ミラルパ20世は徳ジェネレータ内へのソクシンブツの搬入を開始する。
徳ジェネレータの内部には、曼荼羅めいた空間が広がっている。それは形而上と形而下とを繋ぐ場……即ち禅の思想に通づるところがあるためだ。
「試運転を……」
内部点検を終了した高僧が、試運転プログラムを実行するためジェネレータの内部から出ようとした、その時。
馬鹿な!
徳ジェネレータの曼荼羅模様が突如光る。
「起動しているだと……!」
それは高齢の徹夜作業によるミスか、或いは機械の故障か定かではない。だが、事実としてジェネレータは起動していた。ソクシンブツがコロナめいた発光を纏う。
「ぐっ……」
そして、老人……ラマ・ミラルパ20世もまた。徳エネルギーの精製が、始まっているのだ。
徳ジェネレータは、生身の人間から徳エネルギーを抽出することも想定した設計だ。故にその動作そのものに危険は無い。だが、
「このままでは……徳エネルギー密度が飽和し……」
今、ジェネレータの中に居るのは「二人分」だ。
「あの時と……同じだ。『徳カリプス』の時と」
徳エネルギー密度が無慈悲に臨界を超える。
「まだ……成仏するには、早すぎるというに!」
そして
老人とソクシンブツの周囲に蓮の花が咲き乱れ、光の柱がジェネレータを突き破り、天へと伸びる。
『強制成仏現象』。徳エネルギー密度の飽和によるアセンション。
一定以上の徳エネルギーを放出した人間は、徳エネルギーと共にこの世から消滅し、仏となる。それは、嘗ての徳カリプスにおいて起こったことでもあった。
その夜。チベットの高僧にして、徳エネルギー研究の権威、人類の至宝ラマ・ミラルパ20世は輪廻より解き放たれ、仏となった。