空の色は夕闇色。キャンパスからの帰り道に学生街に立ち寄って、つい買い食いなどをしてしまったせいだ。そんなよくある学生生活――九重学園高等部2年生の響真人(ひびき・まさと)は満喫していた。
空の色は夕闇色。キャンパスからの帰り道に学生街に立ち寄って、つい買い食いなどをしてしまったせいだ。そんなよくある学生生活――九重学園高等部2年生の響真人(ひびき・まさと)は満喫していた。
やっぱり駅前にできた唐揚げ屋がいい感じなんだよなぁ。
葛飾区千代田線沿線、金町駅周辺に鷺白コンツェルンが立ち上げたエスカレーター式の九重学園ができたことから一気に学生街へと変貌していた。かつてはさびれつつあった町だったが、今では若者の多くが行き来する活気ある町へと一転したのだ。
それにしても、いい夕焼け時だなぁ。時間的には逢魔が時ってころか。
逢魔が時というのは、昔から魑魅魍魎が活発化し始める時間帯をさす。昼とも夜ともつかぬ、この曖昧な時間帯を、昔の人々は山賊などにおののきながら生活していたからできた言葉ではなかろうか、などと真人は独りごちる。
真人はキャンパスに通う学生だ。新たに出来た九重学園高等部、金町キャンパスに通う、成績的には可もなく不可もなくな一般的な生徒だ。ただ、彼を評するならば、周囲の友人はこう言うだろう。トラブル体質、と。
どうにも彼にはトラブルが向こうから転がり込んでくるというか、知らず知らずにトラブルに巻き込まれているか、なのだが……普通に考えても異常なくらい多いのだ。刃傷沙汰から恋愛まで、まさに種別問わずだ。
そんな彼であるが、真人は生来のやや明るい性格と多少すぐれた直感力でなんとか無事に切り抜けてきていた。
今日はなんにもないといいんだけどなぁ……こないだはストーカーに追われたし。
勝手に相手に惚れられて、女友達と話しただけでいきなり、「浮気者ぉぉぉ!」とカッターナイフで切り付けられたのだ。無論、そのストーカーは放校処分となり、今では地元の片田舎にいるらしい。らしいというのは伝聞でしか耳にしてないからだ。
でも、男に襲われるのは嫌だな、うん。
だからって女がいいってわけでもないしな……
いつも馴染みの駅前のたこ焼き屋に並んで、辛子ソースにたっぷりと鰹節のかけられたたこ焼きを買うと、真人はホクホクとした顔をして、我が家であるアパートへ向かう。
駅前のたこ焼き屋、あそこ美味いからなー。つい通ってしまう……
そうして駅を北と南とで分けるトンネルへと差しかかった。南口からの北口へと抜けるトンネルは、駅改札と、やや東寄りにあるトンネルとに分けられる。西にもあるにはあるのだが、下宿先に戻るには逆方向なのだ。
おお、暗い暗い……何か出そうだよな。
真人がそう呟いた刹那、急に辺りの空気が変化していく。徐々にアスファルトがむき出しの土へと変わり、そして銀線が彼の視界に飛び込んできた。
なっ、なんだこりゃぁぁぁぁっ!
銀線は寸分狂いなく、目的の物を切り裂いたのだ。そう、真人の右腕を。
次いで、ひゅんと音が鳴り、鍔鳴りの音が足元が土へと変わった暗いトンネルに響く。
貴様が異界からの闖入者か。悪いが、早々に消えてもらうわよ。
まるで鈴の音のような女の声。長い黒髪に左腰には時代錯誤な日本刀。もし警官がいれば、明らかに銃刀法違反でとらえられるような出で立ちだ。
けれど、真人は自らの腕を切り落とした彼女の姿を見て、ただ一言漏らすので精いっぱいであった。
――綺麗、だ。
切り飛ばされた右腕は肘の下あたりから、すっぱりと切り落とされており、素人目にも出血多量の失血死という最悪の結末は理解できた。だがしかし――
目の前の彼女は、真人にとんでもないことを言い放つのだった。
……まっ、間違えちゃったぁぁぁぁぁっ!
間違いで俺は右腕切り落とされたのかよぉ!
驚いた表情を浮かべる女の子の顔を見ながら、そんな悪態をつきつつ、真人の意識は闇へと沈んでゆく。それが彼女――のちに名前を九重コノヱと知ることになる、初めての遭遇だった。