忍、ありがと。ユウ君、またね

 コンノは笑顔で振り替えると、桃に向かって軽い会釈を返す。

ありがとうございました。生徒会室に、遊びにいきます

うん、放課後、大抵はいるから

 またね、と手を降る桃にもう一度頭をさげると、コンノは階段を静かに降りていった。

……お疲れ

疲れてないよ

 桃はそう言って、肩をすくめる。

大丈夫だったの、彼は

うん。いろいろ話した。友達になったよ

 すごいコミュニケーション能力だと関心しながら、忍はそういえば、と眉をあげる。

みんなの前であんなこと、よかったのかよ

ん? 髪の毛のこと?

あー、それもそうだけど

あ、好きな人がいます宣言のこと?

 あははははと桃は甲高い声で笑う。

なに、忍ちゃん知らないんだ、あははは

知らなかったよ、そんなこと!

まあ、誰にも言ったことはないけどさ。香里と桜歌は気がついていると思うけど

は? 共通の知り合いかよ

 忍の発言に、桃はまたも声をあげて笑う。

なんだよ!

あはは、ごめんんごめん。じゃあ、忍ちゃんには特別に教えてあげるね。私、晃弘のことが好きなんだよね

 桃の発言に、忍は言葉を失ってしまう。


 なんだよ! 両片想いかよ!

忍ちゃん、口固いよね?

か、固いけどさ

ありがと、秘密で頼むよ。ってか、あ! もしかして忍ちゃん、私のこと好きだったりする?

なんでそうなるんだよ。っていうか好きだったらどうするんだ!

いや、ぽかんとしてるからさ。冗談だよぉ。好きだったら笑うー

 桃は両手を広げ、上下に動かす。
 小動物のようなその動きに、まあかわいいけどさ、と思ってしまい、忍は小さく舌打ちをする他なかった。

どうして舌打ちですか!

小動物みたいな動きはやめろ

あ、もしかしてかわいいって思ってくれましたか?

 桃が両手を後ろにまわし、にやにやと笑う。

思ってません

 別にいいけどねと笑う桃の肩を、忍がこづく。

 かわいいといえば――

さっきのさ、髪の毛のことだけど

ああ、これ? 今はそんなに気にしてないから、心配しないで

いや、そうじゃなくて。晃弘、その髪の毛がコンプレックスだったなんてって、驚いてたよ。あいつは、その髪のこと

 これぐらいのアシストなら、許されるだろう。忍は少し間を置くと、首をかしげる桃に向かって、なるべく冷静を装って言った。

綺麗なのにって

なっ……! え!

 桃の頬が、みるみるうちに赤くなっていく。あっというまに耳まで赤くなり、忍は思わずふきだしてしまう。

間抜け面

うううううるさいよ、え、それまじ? まじで?

まじだよ、よかったね

桃は、そうかあそうかあとはにかみながら、忍の背中を何度もばしばしと叩くのだった。

 忍とも桃が生徒会室にいくと、他の三人は既に着席していた。全員、疲れきった表情を浮かべている。

疲れきった表情じゃんか

 そのままの感想を伸べると、晃弘が当たり前だろうと右手を軽くあげた。
 その手には、錆び付いた鍵が握られていた。まさか、と忍が言うと、まさかですと香里が苦笑する。

先ほど、私たちがここに戻ってきた際に、生徒会室の扉の前に置かれていました

書き置きと一緒にね

 桜歌が、左手に持っていた手紙をひらひらと降ってみせる。なんて、と忍が訊ねると、桜歌ふざけた口調でこう言った。

今日もいろいろとありがとう! これは、預かっておいてください!

なぜ俺たち……ウィッチ確定したら、そいつのことなーぐろっ

忍、笑顔が怖い。魔窟倉庫の中に入れておいていいかな

 それでよろしく、と晃弘が桜歌に鍵を差し出す。出した手を伸ばしたまま、ああ、と机に倒れこんだ。

 桃は小さな歩幅で晃弘の後ろまでまわると、晃弘の後頭部に手を延ばした。指先で、晃弘の髪の毛をなではじめる。忍は思わず目をそらす。

 普段からスキンシップ過剰な二人ではあったが、それが愛情表現の現れだとするなら、見方が変わってしまうのは仕方のないことだった。

みんな、今日はいろいろとありがとう

 改めて桃が言うと、いいよと晃弘が面倒くさそうな表情で手のひらをふる。
 それを見て、桃が照れ隠しだと笑うのだから、はやくつきあえとあきれる忍だった。

今回は、前回みたいな被害がなくてよかった

桃さんが気にしていなければ、の話ですよ

 香里が心配そうに首を傾ける。大丈夫だって、と桃はにこやかに微笑んだ。
 でも、とすぐに真面目な顔になり、桃は腕を組む。

ウィッチ、次も何かしらしてきたら、先生方に相談した方がいいと思うんだ。放任してもいられないでしょ

次がまた、はた迷惑だったらな

 晃弘が、荷物を持って立ち上がる。

俺は帰る。桃、一緒に帰るぞ

 突然の申し出に、桃はなんでっとひっくりかえった声を出す。

何でって、さっきの今だぞ。からかわれたり、ひやかされたりならまだいいけど、あのコンノとかいうやつのファンでもいたらどうするんだよ。
わ、わりとかっこいいやつだったし。てかコンノが待ってるかも知れねえし、そしたら困るだろ!

 どんどん早口になっていく晃弘を見て、忍は苦笑する。まったく、素直じゃない。しかし桃は嬉しそうに、じゃあ帰ると言って自分の鞄を手に取った。

じゃあね

 二人が出ていったあと、香里がぽつんと、仲良しですねえと呟いた。

そうですねえ

 香里は知っているのだろうか。忍が横目で香里を見ると、視線に気がついた香里が顔を忍の方に向け、頷くようにして微笑んだ。

なんでしょうか?

あ、いえ、何でも

 ここで女子同士なら恋の話でもはじめるのだろうかと思いながら、忍は俺も帰ると鞄を手にした。その発言に、香里は少し困ったような表情を浮かべる。

私はまだ残ります。忍さんも、もう少し待った方がよろしいかと

 なんでと忍が問うと、香里はけろりと言うのだった。

いい雰囲気の二人の歩調は、総じて遅いものですから

2 屋上の夕日はまるであなたの(8)

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