オレノセイダー

ふうぅ……!

オレノセイダー

すみませんでした!

紅蓮に滾る海を背に、青き戦士が舞い降りた。

ビスコォ……オレガ……ワ……!

オレノセイダー

人をお菓子芸人みたいに呼ぶんじゃあない……!

企画課の吉田が折川に抱いた、社内コンペの逆恨み。宇宙細菌ムセニビールスはその心の闇につけこみ、彼を魔物に変えたのだ。

オレノセイダー

俺のせい……俺のせいで、企画課の吉田さんがこんな姿に……!

ビスコォ!

再び襲い掛からんとせまる企画課の吉田の前で、折川は、いや、オレノセイダーは静かに拳を構える。

半身を引き、脇を締める、決して華美ではないファイティング・ポーズ。だがその覇気は充分!

着ぐるみ歴二十年は伊達ではない。時にはヒーローも、時には怪獣も、時には怪獣にさらわれて泣く子供の役まで、折川は観衆の前で演じて来たのだ。

この既婚者およびファミリー立ち入り厳禁のソロ限定遊園地、毒沼区「よめなしランド」で!

ビスコォォ!

心に漲る不思議な力の導くままに掌を突き出す!

オレノセイダー

食らえ、俺!

オレノセイダー

ダブルリストカッター!

その掌から伸びる光は、薄く鋭きカッターナイフ!

二度閃いた光の刃が、

イタイビスコ……ッ!

企画課の吉田の手首を深々と斬り裂き、

オレノセイダー

うおおお……ッ!

同時にオレノセイダーの左手首にも、より深い傷を刻み込んだ!

ナ…ナゼオマエ…マデ…ビスコ?

オレノセイダー

企画課の吉田さんがそんな姿になるまで追い詰められてしまったのは、元はと言えば俺のせい……!

オレノセイダー

だがシニーソーダーさんの命を奪ったあなたを、俺は許す事はできない!

オレノセイダー

故に!

オレノセイダー

あなたと共に、俺も死ぬ!

企画課のビスコ吉田の手首から、どくどくと溢れ出る大量の赤い液体。

決してキムチ汁などではない。

対するオレノセイダーの手首からも、同じく真っ赤に流れる血潮。

死なば諸共、相討ち希望。デッドラインギリギリを競う、まさに失血大サービス。

1リッターにも届こうかという量の血液を、赤熱の海へ捧げただろうか。

ビスコ吉田がとうとう、先にぐらりと足をよろめかせた、

その時だった!

セぇイっ!

突然横から躍り出た、新たな鋭い影。

かつてのシニーソーダー、そして今の折川と酷似した、機械の身体を持つ男。

彼奴の雷撃の如き前蹴りは、企画課のビス田を軽々と吹き飛ばした!

ビスコォ!

何をモタモタしている、シニーソーダー!今にも死にそうではないか!

オレノセイダー

な、何だって……!

貴様の手当ては後だ。感染者の処分を優先する!

張りボテの岩肌に叩きつけられ、失血で立ち上がる事もままならない企画課のビス田。

間髪1ナノ挟む事無く、地を蹴るその異形。

瞬速。十余メートル先の獲物に、振り向く猶予も与えず迫る。

そして!

ビス田の頭を真上から、がん、ぐりりと踏みつける!

ビスコ吉田

も、もう勘弁してくれ……本当に死んじまう

ビスコ吉田

なんかこう、テンション上がっちまって……そう、で、出来心ってやつ! だから――

感染者よ。残念だがこの宇宙にはな、

ビス田の命乞いを冷たく遮り、

出来心でない罪など存在しないのだ!

静かに、強く、激昂した。

故にこの罪、貴様のせいだ!

機械の男の重い足先が、ビス田の頚椎を違わず踏み込む!

ドゥゲイザー・センカー!

ビス田の全身を伝わる、浄化の雷光!

ビスコ吉田

オロロロロロローォゥ!

内臓を震わす衝撃に、逆流した胃液がビス田の口から溢れ出る。

その中には、明らかに普通の食物とは思えない、

青い液状の何かが入り混じっていた。

オレノセイダー

あ、あれは一体……あっ!

青い液状のそれは、まるで意思を持つかのように、

し、しまった!

ビス田と折川の作った血の川に乗って、キムチの海へぬるりと逃げ込んでしまったのだ。

並び立つ機械の男達が、呆気に取られたままの、しばしの沈黙。

そして。

貴様のせいだー!

その怒りの矛先は、今度はオレノセイダーに向けられ、

オレノセイダー

はいその通りです、俺のせいだー!

彼も真っ向からそれを受け止めた。

ムセニビールス宿主の処理は迅速に行えといつも言っている! この星にこれ以上の拡散を許してしまったら、

貴様のせいだぞ、シニーソーダー!

オレノセイダー

はいそうです! 俺のせいです!

オレノセイダー

で、でも実は俺、シニーソーダーさんじゃないんです!

話の流れを読んだ宇宙刑事スーツが、一度輝いた後その姿を消し、再び中の人を曝け出した。

折川ルイス

シニーソーダーさんは俺を助けて、俺のせいでお亡くなりに……!

な、なんだって……!

折川ルイス

俺はただのこの遊園地の職員、折川です。シニーソーダーさんなら、ほら、あちらに……

張りボテの岩肌に静かに横たわる、老いた戦士の亡骸。

それを見た機械の戦士の、その背の覇気はすっと消え、その声は明らかに沈んでいた。

し、シニーソーダー……

折川ルイス

いえ、死にそうではなくて、もう……

折川ルイス

ところで、あなたは……

折川は一応、その名を尋ねてはしてみた。だが実際の所、既におおよそ見当はついていた。

現れるなりその責任を、目の前の者に押し付ける厚かましさ。

私は宇宙刑事、キサマノセイダー

折川ルイス

ああ、やっぱり……

予想通りのネーミングにシンパシーを見出し、折川は少しほっとした。

良かった、方向性は間違っていない。

だがその安堵も束の間だった。

キサマノセイダー

ならば仕方ない、もう一度変身しろ。オレノセイダー

キサマノセイダーは折川の肩をがしりと掴み、そう言い放ったのだ。

折川ルイス

えっ、な、何故です!?

キサマノセイダー

貴様も見ただろう、ムセニビールスが下の海へ逃げ去って行くのを。

キサマノセイダー

あれは宿主を育て、食らうことで増殖し、宿主を介して感染者を増やし続けるのだ。

キサマノセイダー

次の宿主を見つける前に、一刻も早く焼却処分しなければならない。探すのを手伝え、折川とやら!

キサマノセイダー

貴様のせいなんだからな!

折川ルイス

そ、そうですね、俺のせい……わかりました!

折川ルイス

そうだ、俺は責任を取らなければならない。この遊園地の危機を招いたのは……

俺のせいだ!

オレノセイダー

オレノセイダー!

キサマノセイダー

よし、行くぞオレノセイダー。

キサマノセイダー

この赤い海……妙な臭いがするが、一体どこへ繋がっているんだ?

オレノセイダー

あそこの地下河川を抜けて外へ繋がっています。

オレノセイダー

そこにある「世界の社食から」物販コーナーでは、今月限定でこの川のキムチ詰め放題フェア一回1,980円……

キサマノセイダー

くそっ、既に外へ逃げていると見るべきか!

キサマノセイダー

一体誰がこんな構造にしたんだ!

オレノセイダー

オレノセイダー!

キサマノセイダー

キサマノセイダー!

キサマノセイダー

行くぞ、着いて来い!

オレノセイダー

はいっ!

俺のせいでつづく!

第二話 俺が死んでも俺のせい

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