シャキシャキのりんごをサイコロ状に細かく刻み、生地へふんだんに練りこんだふわふわのりんごパンサラダに、特製イースト菌ドレッシングがたっぷり掛けられている。メインディッシュは高級ステーキ肉の焼き汁を、汁だく限界まで〝染み込ませた〟極厚フランスパン。スープ皿には汁気を全て吸い切ってしまった大きめクルトンがぼってりと転がっている。そしてバスケットに山盛りいっぱいの甘食(あましょく)とカンパン。ちなみに飲み物は一切用意されていない。
全てパンづくしの、今夜のグレゴリー(モブ顔の魔界の覇王)の夕食だった。

わぁい! ドロシーちゃんの特製手作りパンフルコースだぁ!

今夜の晩餐は特に腕によりをかけてパンを焼きましたの。さぁさ、グレゴリー様、どうぞお召し上がりください。ちなみに全て人肌に温めておきました

ドロシーが食事を作るといつもパンづくしになる。パンしか作れないとも言う。そして必ず人肌の生ぬるさになる──ある人種には最高のご褒美です。本当にありがとうございました。
常人なら嫌がらせだとしか思えない所業だが、グレゴリーにはそうと感じる感性が欠落している。つまり──鈍感。

どれも美味しそう! 見てるだけで口の中の水分、全部持ってかれちゃいそうだよ

お褒めいただき、光栄ですわ

ドロシーはペコリと頭を下げながら、魔ハムスター・ケルベロス君の前に、皿に乗せた生肉を置く。ケルベロス君は嬉しそうに血の滴る新鮮な生肉に食らい付いた。

ドロシーちゃんも一緒に食べる?

いえ、私はグレゴリー様のお食事を作る過程で出た高級ステーキとクルトンを入れる前のスープをつまみ食いいたしましたので、結構ですわ

ドロシーはさらりとグレゴリーの誘いをかわす。

なんだぁ。また今度一緒に食べようね

ええ、またいずれ

巧みに言葉をすり替え、一番美味しい部分を掠め取られている事に、グレゴリーは気付いていない。つまり──鈍感。(二度目)

じゃあさっそく、イタダキマース

両手をパチンと合わせ、グレゴリーは食事を開始しようと、バスケットの甘食に手を伸ばした──刹那。
カラコロカラコロと、広間の天井付近に吊り下げられた鳴子が激しく打ち合い鳴り響く。グレゴリーとドロシーの表情が一気に険しくなった。

侵入者ですわね。勇者でしょうか?

う、うん……

グレゴリーは眉根を寄せ、唇を噛む。その様子にドロシーは首を傾げた。

どうされました、グレゴリー様? 何かお気に病む事でも?

うん。今、勇者の相手してたら……

ドロシーはグレゴリーの言わんとしている事に気付き、ハッと息を飲んだ。

晩ごパンが冷めちゃう……

また人肌に温め直すのは大変ですわ!

侵入者よりパンが冷めてしまう事の方が重要な大魔王と秘書だった。

やむを得ません。緊急事態としまして一旦全て私が保温して人肌の温かさを保っておきますので、グレゴリー様はなさるべき事をご優先くださいまし

そう告げ、ドロシーはボンテージの胸元にバスケットの甘食を押し込もうとした。
彼女のボンテージの中は異空間へ通じているのか、パンなら幾つでも収納できるのだ。パンのみなら。
だがグレゴリーはドロシーの腕を掴んでふるふると首を振る。

待ってドロシーちゃん! ドロシーちゃんのパンは冷めても美味しいから、ぼくそのままでも……

グレゴリー様、なんとお優しいお言葉……

見つめ合うグレゴリーとドロシー。王と臣下の愛が芽生えるか──というまさにその時。風を切る音が二人に近付いてきた。

スパコーン! と、グレゴリーの頭にハリセンがスマッシュヒットし、ドロシーは素早くそのハリセン攻撃を、練乳デニッシュの空気層とパリパリパン層の弾力を最大限に有効利用して受け止めた。

チッ、まだドロシーにかわされたか!

私に一撃食らわせようなんて、百年早ようございますわ、魔王様

ドロシーは目を細め、フッと勝ち誇った笑みを口元に浮かべる。その隣で、グレゴリーは両手をポンと叩いて笑顔になった。

あ、田中君。こんばんはー

だから俺をその名前で呼ぶなァァァッッッ!!

この漆黒の城を不動産屋に空け渡し、南国に引っ越した魔王──田中武志の来訪だった。

おう! 今、それどころじゃねぇんだ!

田中はハリセンをパシンパシンと腿に打ち付けながらグレゴリーに詰め寄る。

世界侵略の下見途中で、お前に挨拶がてら寄ったんだけどよ。城のロビーで人間の気配がしたぜ! 勇者が攻めてきたんじゃねぇのか?

先ほど鳴子が鳴りましたので、侵入者の確認はできております

だったらなんで悠長にメシ食ってんだよ!

グレゴリーとドロシーは一瞬目配せし合い、同時に答えた。

パンが冷めちゃうから

田中のハリセンがグレゴリーの顔面にヒットし、盛大にして派手な打撃音が大広間に響き渡った。

パンが冷めるじゃねぇだろが! あっちはこっちの首獲りに来てやがんだぞ! 命狙われてんだぞ! とっとと戦う準備しやがれ!

えー……ドロシーちゃんのパンがー……

グレゴリーは指を咥えて、ちゃぶ台のパン料理を名残惜しそうに見つめる。彼の様子に、ドロシーは膝に手を当ててゆっくりと立ち上がった。

致し方ございません。私が行ってまいりましょう。グレゴリー様はそのままお食事を召し上がっていてくださいまし

田中はハリセンを肩に担いで、ドロシーの方へ顔を向ける。

おう。オメェも臣下らしく、ここに勇者が到達するまでの時間稼ぎだな。よっしゃ、筋トレついでに俺も手伝ってやろう

いえ、魔王様は結構でございます

ドロシーは冷ややかな視線を田中に向ける。

魔王様は私の用意した罠に引っかかって邪魔になるだけですので

アァッ!? 俺が邪魔だと! 俺は魔王だぞ!

ゴロツキかチンピラのように凄むが、ドロシーは顔色一つ変えない。

田中君、ドロシーちゃんの言うとおりにした方がいいよ。ぼくもこないだ、ドロシーちゃんの罠に引っかかっちゃって。ドロシーちゃんって罠隠すのすごく上手だから

テメェは目の前にわざとぶら下げたハエ捕り紙に自分から突っ込むような間抜けだろうが! 俺とテメェを一緒にすんな!

酷いなぁ! ハエ捕り紙じゃなくて、ぼくが引っかかったのはゴキブリコイコイだよ!

もっと酷いわッ!

田中は再びハリセンを翻し、グレゴリーの頭を正確に叩き倒した。

潜入! 魔王城! 1

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