輝く金の鎧に真紅のマントの勇者。屈強な上腕にさらしを巻いた胴着姿の武道家。竪琴を兼ねた呪曲を奏でられるスタッフを持った魔法師。大いなる神の癒しの術を操る司祭のヴェールが風にそよぐ。
四人の勇者一行は、最後の敵に挑むため、漆黒の魔王城に最も近い、このナイト村で所持品の最終確認をしていた。

フェーン。薬草は買った?

司祭の少女がにこりと微笑んで、勇者の青年に皮袋を見せる。

たっぷりと。ちゃんと魔力回復用の薬湯も用意してあるわ

リム、攻撃補助アイテムは?

えっとぉ、爆発茸と氷の魔法を発動する杯は用意できたですけど、防御壁を張れる宝珠は売ってなかったですの

無かったのなら仕方ないよ。防御は捨てたつもりで、回復魔法に頼るしかなさそうだね

魔法師の少女はしゅんとして両肩を落とす。そんな彼女の背を、司祭の少女は優しく撫でた。

大丈夫よ。私、必ずみんなを癒しの力で守ってみせるわ。私たちには大いなる神のご加護があるんですもの

うん……あたしも一生懸命、攻撃魔法で弾幕張るです

リムはフェーンに頷き返した。

大丈夫だ。いざとなったら、二人はオレの後ろに隠れればいい。伊達に体は鍛えちゃいないさ

武道家のルビルが逞しい二の腕に力瘤を作って見せた。

よし、じゃあ準備はこれで万全だな

そうね。これが最後の休息になるわ。今日は宿でちょっと豪勢な食事をいただいて、早めに休みましょうよ、カーディス

名案だ、フェーン。行こう

勇者カーディスとその一行は、ナイト村にある唯一の宿屋に向かった。

ささやかながらも沢山の料理をテーブルに並べ、カーディスたちは決戦前の最後の晩餐を楽しんでいた。

カーディスは本当に、昔から寝言が酷かったものね。いつもびっくりして起こされたわ

ね、寝言!? そんなの聞くなよ、恥ずかしいじゃないか

でもぉ、すごく勇者らしい寝言ですよ

そうそう。こいつ、夢の中まで魔物と戦ってんだよな。疲れそうー! ハハハ!

和やかに談笑していると、危なっかしい手付きでワイングラスを運ぶ給仕の男がやってきた。

え、ええとー……勇者様。世界を救う旅をしておいでとの事なので、宿の主人よりワインをプレゼントさせてくださいと承ってきました

給仕の男が不慣れな手付きでワイングラスをカーディスたちに配る。

ありがとう。いただきます

はい、どうぞ……って、わっ!

彼は手を滑らせ、ワインボトルの中身をテーブルの上にぶちまける。

あーあー、もったいねぇ!

す、すみません! 昨日バイトでここに入ったばかりで不慣れなので……ふ、服は汚れてませんか? ワインはすぐ染みになっちゃうんで……

彼は慌ててカーディスの衣服にワインの雫が飛んでいないかを確かめ、そして床に這いつくばって、零れたワインを拭く。

すぐ新しいワインをお持ちします!

いいわよ。気持ちだけで。もったいないでしょ

フェーンは彼に優しく微笑みかける。

あたしもいらないですぅ。あたしはお酒、あんまり強くないですの

リムも頬を紅潮させ、もじもじと指先を絡めながら、囁くように答える。彼女は少々人見知りが激しいようだ。

オレは欲しかったんだけど、二人がそう言うならいいや。カーディスも構わないだろ?

うん。僕もあんまり強い方じゃないしね。バイトくん、気持ちだけいただくよ。ご主人にもありがとうって伝えてください

男性陣二人も、少女二人の意見に同意した。

ううっ、お優しいんですね。勇者様。ぼくの失敗なのに

空になったワインボトルを抱き、彼は感極まって涙目でペコペコと何度も頭を下げる。カーディスたちは彼の気弱でそそっかしい様子に、苦笑するしかなかった。

きみはここにバイトに入ったばかりだって言うけど、本職は何なの?

カーディスは何気なく聞いてみる。

はい。ぼく、本当は作家なんです。その……全然いい作品が書けなくて、家の家賃もだんだん滞納するようになっちゃって、生活費の足しにでもとアルバイトを。接客業なんて初めてなので、本当に失敗ばかりで……

彼は頬を染めて頭をポリポリと掻く。

作家さんが接客業かぁ。それは大変だね

カーディスは口元に手を当ててしばし思案し、ポンと手を打つ。

じゃあ、作家さんという頭を使うお仕事を見込んで、ちょっと相談に乗ってもらえます? チップは弾みますよ

わ、ぼくでいいんですか? 頼ってもらえるのって嬉しいなぁ

カーディスの提案に、『また勇者のお節介が始まった』とばかりに、仲間たちは苦笑して視線で会話し、頷き合う。

僕たち、明日、魔王城に攻め込んで魔王を討伐するつもりなんですけど、魔王城に攻め込むために、どこかいい抜け道とか、魔王の得意な攻撃方法とか知りませんか?

魔王城に? そうですねぇ……

彼は空のワインボトルを抱いたまま思案する。しばらく無言で爪先を床に打ち付けていたが、何かひらめいたかのように、ワインボトルをピンと指で弾いて鳴らした。

正面から向かっては、茨と毒の沼地が邪魔をして、進行するには時間がかかります。西には死霊使いが使役するアンデットたちと住み着いてますし、東はゴブリンの集落があります。ゴブリンは確かに弱い魔族ですが、なんせ数が多い。無駄な消耗を控えるならお勧めしないルートですね

なるほど! さすが地元民ですね

えへへ。まぁ、ここに住んで長いですから

彼は照れ笑いを浮かべる。

じゃあここは魔王城の南側だから、迂回して北側に回った方がいいって事かしら?

そんなのすごく遠回りですぅ。せっかくここまで来たですのにぃ

しゃーない。茨と毒の沼地を強行突破が一番手っ取り早そうだな

あ、待ってください

彼は両手をバタバタと振る。

確かに迂回ルートも正面突破も、勇者様なら可能かもしれませんが、実は秘密の抜け道があるんです

へぇ! そいつはいいや!

ルビルがパチンと指を鳴らす。
彼はうんうんと頷き、ゆっくり言葉を選ぶように話し出す。

茨の壁に突き当たったら、少し東に向かいます。そしたら茨が枯れているところがあって、そこからなら、ちょうど毒の沼地も最短距離で迂回できる、細い獣道があるんですよ

獣道ですの? 野生の獣とか、魔物が通る道なんですの? 危なくないですの?

魔王の配下が魔王城に行くための、秘密の道なのかもね

そうだな。魔族だって、茨や毒の沼地は厄介だろうし

あれこれと詮索する勇者一行。そんな彼らに、バイトの彼は首を振り──きっぱりと言った。

いえ。魔王城に勤務する、魔界の派遣会社から派遣された秘書の通勤ルートです

勇者一行、しばし沈黙。各自、頭の中で彼の言葉を反芻、咀嚼し──ようやく理解する。

魔王……秘書なんているのか……

通勤って……え? 魔王城に勤務してんのか? 配下じゃなくて? 魔界から派遣? え?

予想外の答えに、カーディスはぽかんと口を開いたまま、ルビルは思ったそのままを口にした。

ええ、まぁ。以前は別のルートから通っていたんですけど、彼女、少し前にしつこくインキュバスのストーカー被害に遭っちゃって、怖いからって今はそういうひっそりした獣道を隠れるようにして通勤してるんです

なんだか……随分詳しいのね

フェーンが訝しげに彼を見る。

え? この村じゃ有名ですよ、魔王城の秘書のストーカー騒動

彼はさも当然といった様子で答える。
カーディスたちは言葉を失い、しばらく沈黙していた。

そ、そっか。じゃあ、えっと……侵入ルートはそれを使うとしてだ

腑に落ちない点を意識的に気付かなかったフリをして納得させ、カーディスはコホンと咳払いしてから、身を乗り出して真顔になる。

多分これはさすがに、この村に住む君でも分からないとは思うけど、魔王の弱点とか、奴が得意な攻撃方法とかは……知ってる?

攻撃パターンが分かれば、もっと適切な対策が練られるものね

フェーンはサラダを口にしながら、カーディスと彼との会話を聞いている。

うーん……魔王……というか、魔王城の現在の居住者の事でいいですか? 魔王城の主っていうか

知ってんのか、あんた?

ええ、まぁ。作家ですから

ルビルが驚きの目で彼を見る。

作家サンってのは物知りなんだなぁ

彼は照れ笑いを浮かべ、だが少々胸を張るように背を反らす。そしてまた言葉を選ぶようにしばし考え込み──魔王城の主について語り出した。

ある魔王の仕事 1

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