家を飛び出して、もよりの私鉄駅に行くバスに飛び乗る。
こんな時に限ってバスは渋滞していた。
デートの前日に仏光寺とは連絡先を交換していたので

『もしかしたら遅刻してしまうかも』とあわててメールをしようとした。
けれども。

はれ? んと……ケータイ、どこだ?!

カバンの中に入れているつもりだった携帯電話が見つからない。
どうしよう。どうしよう。どうしよう。どうしよーーーーう。
揺れるバスの中で瑞希は大いに焦る。
初デートなのに。
人生ではじめてのデートなのに、遅刻するとかありえない。
バスは瑞希の焦りとはうらはらに、一向に渋滞から抜け出す気配は無かった。


ずっと続けてきた空手の教えから、どんなときも五分前の精神で行動する事と父や先生たちから指導されてきた。
今までだって瑞希はずっと守れてきたのに。
肝心なときに間に合わないっ!
自宅を飛び出した時間から逆算すると、普段なら余裕を持っても三〇分で到着できるはずなのだが。
渋滞に巻き込まれた時点で、それはもうかなわない。
今が一体何時なのかがわからない。
バスがあとひとつで私鉄の最寄り駅――待ち合わせ場所という時になって、どんどんと瑞希の感情は高ぶり始めた。

せっかく仏光寺少年にデートにさそってもらえたのに、はじめて告白されたのに。
仏光寺だって勇気を出して告白をしたに違いない。こんなガサツな女でも好きだといってくれたのに。それなのに遅刻とかしたら、やっぱりあたしはガサツとか思われちゃうじゃねーか。


――あたしにも、もしかしてやっと恋愛とか出来るかもしれないチャンスがきたのにーっ!


感情が最高潮まで高まっていったちょうどその頃、バスは待ち合わせ場所の私鉄駅のロータリーに進入していった。
あわててバスの窓から駅建物にかけられた時計の時刻を見る。
時刻は午後二時五分。
プシュウとバスが停車してドアが開いた瞬間、定期入れをバスの運転手に見せるのもまどろっこしいという風に、瑞希は弾丸のごとく飛び出すと、ロータリーの端にある花壇まで走った。
とにかく、一秒でも早く待ち合わせ場所に行って謝らなくちゃ、と瑞希は思う。
花壇の先に、仏光寺少年がやわらかい笑顔を浮かべて待っていた。

あ、堀川さん

……すまん仏光寺まじごめん……せっかくのデートなのに遅刻しちまって……

乱れた息を整えながら瑞希が言葉を絞る。
仏光寺少年はいつもどおりの優しい顔にメガネ姿。一方の、
――あたしは、完全にボロボロだ。自分では最大限の可愛い服とかメイクとか髪型とか、そんなことを意識して茜にも手伝ってもらって、精一杯やったのに。遅刻もして髪型も服も乱れて、何もかも、もう台無しだ。
しまいには、瑞希の目元がうるうるとしてきた。

せっかくのデートだったのに、ほんとすまん

うん、気にしてないから。それよりほら

仏光寺は口を開いた。

俺のために、今日はすごく頑張ってくれてありがとう。あの、

んだよぅ……

すごく、可愛いです。瑞希さん

かっ……かわいくねーし!

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