――「私の後継になれ」

突拍子もなく、突然俺の前に姿を現した巫女さん。

見た目だけなら
放つ雰囲気は確かに普通の人とは異なる
妖怪、幽霊、エトセトラ。

〈妖〉――〈あやし〉

それらと似た空気を放つ存在である。

しかし、その実。
彼女はこの《陽光町》を守る土地神である。

その力を目の当たりにした俺は
彼女の言い分を全面的に信用することにした。

厳密に言えば、その力――或いは、御業ともいうべきか
それを目にする前から
気持ちそのものは固まっていたのだが。

――ってわけで。
俺はそういう役割を与えられたってことだ

つまり、おにいは覚醒したんだね!?

どうしてお前はそう、中二的な言い回しにするんだよ

ふふん、だって私、中二病――ですから

……あぁ、うん。
それは知ってるし、もう諦めてはいるんだけどな

さっすがおにい♪
心の広さが違うね!

土地神 ―参―


中学3年生の妹――朱音。
彼女がどういうわけか土地神を視えるようになり
俺はそのあらましを仕方なく語ることになった。

この愛すべき妹は、少し変わり者である。
というのも
朱音は友人も多く闊達とした少女ではあるのだが
自らをオタクであると公言し
それでもなお、人気は衰えない。

去年まで同じ中学
学年が違っても、朱音の人気は耳に届くほどであり
“ぼっち”な俺とはまさに対照的。


立場も、成績も。
そして――何よりも。

でも、なんで私まで視えるようになっちゃったのかな?

――はっ!?
まさか――私が覚醒したパターン……!!

真顔で言うな。
なんとなく、兄としてすごく将来が心配になるぞ

もうっ、おにいはクール過ぎだよ?
クーデレもツンデレも、その予兆を見せるからこそ人気が出るんだからね?


くだらない会話だが、俺と朱音の平常運転。
それが、こういうやり取りである。


それはさて置き、だ。


会話の流れから、なんとなく判るのではないだろうか。

朱音は、俺とは対照的だ。

人気も。
学力も。
〈妖〉を視る力についても、である。


――詰まるところ
今までに朱音が〈妖〉を見たことはないのだ。
〈妖〉どころか、幽霊でさえも、である。

――話を戻すぞ、朱音。
今まで、俺みたいに変なものを視るような事態に陥ったことはないんだな?

だーかーらー、ないってばー。
むしろそんな力があったなら、私にくださいって言ってると思う!

……一応訊くけど、なんでだ?

魔眼っぽくて羨ましいからですっ!!

…………

……なんというか、強烈な娘じゃな

おにい、聴いた!?
私、神様も驚かす存在みたいだよ!!

俺もビックリだよ、お前の残念ぶりは

えっへへ、そう?

――やっぱり溢れ出ちゃうのかな。
私の特異性が――!!

確かに、特別異常な部分は溢れ出てるかもしれないな

いやぁ、はっはっはっ。
やっぱ、わかっちゃうよね? ね?

……な、なにやらお主とは似ても似つかぬ妹じゃの、蓮

……ほっといてやってくれ


俺が物心つく頃には
もうこの家には『父親』の存在はなかった。

おっとりとした母曰く
どうやら父は朱音が産まれて少しした頃に
病気で亡くなったそうだ。

それでも母さんが明るくやって来れたのは
ひとえに朱音の天真爛漫ぶりのおかげと言っても
過言ではないだろう。


〈妖〉の存在――つまりは視えない存在に恐怖する俺は
幼いながらも母さんや朱音に迷惑をかけないようにと
視えるという事実を隠すようになった。

それはつまり
他者にそれを悟られないように距離を置くこと
要するに塞ぎ込むことだ。

俺は物心ついてからは甘えることもせず
ただ〈妖〉が視えるという事実を隠すためだけに
母さんからも、朱音からも距離を置いた。

それはきっと、母さんを悩ませただろう。
朱音を困らせただろう。

それでも、目の前にいきなり姿を現す〈妖〉を見て
目の前で取り乱すような真似をすれば
間違いなく母さんも朱音も困惑する。


俺がそう考えるようになったのは
それまで何度も怯える姿を見せてしまったせいで
二人を困惑させた経験があったからだ。

その理由を話しても、理解してもらえない。
分かってもらえない。

それは確かに孤独だった。
だけど――だからと言って、というべきか。

二人を責めるような真似はしたくなかった。


「父がいないこの家で、男は俺一人なのだ」


幼いながらに、そんな事を考えた記憶がある。

それにしても、おにい。
“やっぱり今も視えてた”んだね~

……は?

ほら、小さい頃にお化けが視えるって言ってたでしょ?
年取ったら見えなくなるものなのかなってお母さんと話してたけど、そういうわけじゃなかったんだなぁって

……お前、憶えてんのか?

うん。
おにいが怖がってるの知ってたし、お母さんだってそれは知ってるよ?

まぁ、おにいが隠したがってるみたいだから、あまり聞き出そうとしないでって言われてるんだけどね。
でも、この人――って言っていいのか分かんないけど、この人はやっぱり普通の人って感じしないし、今も健在だってわけだね♪

…………

あれれ? どったの?

ふふっ、そっとしておいてやれ、朱音。
おおかた、自分をそこまで理解してくれているとは知らずに驚いておるのじゃろう

――ち、ちげぇよ!
変なこと言うなよな!

誤解しないでよ、変なこと言わないで……!?
ツンデレの王道……!
これってもしかして、デレ期到来!?

お前も変な脳内翻訳すんな


――確かに、驚かされたのは事実だった。

俺自身、自分がどうして視えてしまうのか
もしかしたら自分は異常なのではないのか

そう思う度に――周りに距離を置いたのは事実だ。

朱音も母さんも
まさか俺の事を理解している上で触れずにいた。

それは下手に気遣われて干渉されるより
俺にとってはよっぽど都合が良かったのかもしれない。

ふんふふーん♪
これっでわったしっも魔眼持ちー♪

あのなぁ……。
中二病もほどほどにしておけよ

にっししー♪
でも、これでおにいと色々話したりもできるって事だよね?

……は?

だって、おにいが私達とあまり話そうとしないのって、そういう……〈妖〉っていうのがいきなり出て来たら、急に動いて変な誤解与えたくないから、だったんでしょ?

ほら、うちってお父さんいないから男はおにいだけでさ、私とお母さんのことが嫌いとか、この家にいるのが窮屈とか。
そういう理由じゃないってはっきり分かったらさ、お母さんも安心すると思うから

…………

心配しないで、おにい!
お母さんにも私がちゃんと言ってあげるからね!!

――私、ついに魔眼を得た、ってね!!

……俺の一瞬の感動を返せ。
お前がいきなりそんな事言ったりしたって、母さんは聞き流すに決まってるだろ

あははは、冗談だよー

――だから、ちゃんとお母さんに話してあげるのは、おにいに任せるね

……お前……

お母さんは、ずっと待ってるよ。
おにいがちゃんと言ってくれる、その時をさ


――だから、おにいの口から言ってあげてよ。

そう付け加える妹の姿が
何故だかひどく滲んで見えてしまったのは
多分、気のせいじゃないのだろう。

胸が、張り裂けそうだった。

――わかってるよ。
もしかしたら母さんにもコイツの姿が視えるかもしれないし、いずれにしても話すつもりだ

お母さんも視えるといいね、おにい

――はっ、でもお母さんにまで視えたら、ちょっと特別感が薄くなるような……っ!

……ソウデスネ


朱音には視えなくて、母さんには視える。
その方が色々と都合が良かったんじゃないだろうか。

希わくは、これ以上
思春期特有の心の病を悪化させないで欲しい。

先程までの感傷でさえも、朱音の天然っぷりを前に
徐々に薄れていく気がした。

――結論から言ってしまえば。



母さんには土地神――つまり巫女さんの姿は
視えなかった。

それでも、朱音の言葉と
辿々しいながらも話す俺を見て一言。

「土地神っていうのがどういうものなのか、
それは分からないけれど。
やると決めたなら、頑張ってみなさいね」

そう言って笑ってみせたのは
〈母は強し〉という言葉を思い知らせるには
十分過ぎる程の説得力を有していた。

――まさか、こんなにあっさりと理解してもらえるとはな。
そもそも知ってたんなら言ってくれても良かったのにさ

そうは言っても、言ったところで以前のお主なら隠しておったであろう?

まぁ、そりゃそうかもしれないけどな。
でもなぁ。
気付かれてないと思ってたから黙ってたのに、心配かけてるとは思ってなかったからな……。
なんつーか……

――釈然とせぬ、か?
気にするでない。
親に心配をかけるというのもまた、子の特権というものじゃ。
背伸びするお主らのような年頃には、些かむず痒いものかもしれんがのう

――しかし、蓮よ。
引きずり込んだ私が言うのもおかしな話じゃが、本当に良かったのか?
〈妖〉と対峙するのは危険が付きまとうぞ

ホント、巻き込んだあんたが言うセリフじゃねぇよな……。
まぁ、そこを言うなら、このまま放っておく方が俺にとっては危険なんだろ?

……自衛の術を持たぬままでは、の。
私がずっと護ってやれる保証はどこにもない。今は問題ないが、それがいつになるかも分からぬ以上は、否定はできぬ

……だったら、迷う必要なんてないっつーか、迷ってる場合じゃない、だろ?

――やるって決めたんだ。
しっかり頼むよ、土地神様

……蓮……

……信心のないお主に土地神様とか言われると、そこはかとなく小馬鹿にされておるようなこの気持ちは何とも言い難いのう

しかめっ面して言うんじゃねぇよ。
大体、あんたに名前がないから悪いんだろ

ふふっ、冗談じゃ。
名はない、好きに呼べ

そうは言われてもなぁ……。
町名の陽光町から、陽とかでいいか?

……お主、犬にはポチ、猫にはタマと名付けるタイプじゃな

まぁ、陽《よう》というのも悪くはない、かの。
それで良い

じゃあ、改めてよろしくな、陽

うむ。
私の後継として期待しておるぞ、蓮

突然姿を見せたこの土地神――陽。
幼い頃から俺の目に視えてきた存在――〈妖〉。

これまで過ごしてきた
ただ〈妖〉に関わらないようにと避けてきた日々は
この一日をきっかけに大きく変わろうとしていた。


俺に一体何ができるのかなんて、わからない。
ましてや、土地神の後継が一体どういうものなのかも
それすら分からないけれど

俺は陽の申し出を受けることにしたのである。

そういえば、だけど。
何で巫女服なんだ?

イメージ作りのため、かのう。
神社といえば巫女じゃろう?

……適当過ぎんだろ、それ

なんだか引き受けてしまったのが早計だったような
そんな気がしなくもないが。


ともあれ


このおかしな土地神と俺との奇妙な非日常は
こうして幕を開けるのであった。


土地神編 了

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