茶助

ドラゴンスレイヤーって……


 確か、タツオ達の世界で『ドラゴンを殺すため』の肉体改造を受けた改造人間の事だろう。

リューナ

そうよ。私はドラゴンスレイヤー、
ドラゴンを殺すために生き、そして……


 リューナが、紅蓮の鱗に包まれた腕ごと剣を振り上げる。

リューナ

ドラゴンのせいで、生きる場所を失った!


 煌く紅鱗が、紅い軌跡を描く。

 振り下ろされた剣、その斬撃をなぞる様に、炎が吹き出した。
 刀身から、炎の砲弾が放たれる。

タツオ

茶助くん!

茶助

むおっ!?


 すごい力で後ろ襟首を引っ張られた。
 タツオだ。

 タツオが、俺を無理矢理後方へと投げ飛ばした。

 思わぬ行動に対処できず、俺は為すがまま、後方へとよろめいてしまった。

茶助

タツ―――


 名前を呼び切る前に、豪炎の塊がタツオと衝突した。
 刹那、鼓膜を殴り付ける様な轟音が響く。


 爆発が起こり、凄まじい余波に煽られ、俺は更に数歩後退。

茶助

タツオ!

タツオ

が……!


 爆煙から現れたタツオは、全身に火傷を負い、膝を着いていた。

リューナ

ちっ……
やっぱ本調子じゃないから威力落ちてるか。
まぁいいや、次で終わり


 リューナが振り上げた剣の先で、豪火が躍る。

 タツオにトドメを刺すつもりなのだろう。誰が見てもわかる。

 させるか。

リューナ

っ!?


 クナイを構え、全力で走る。
 速度を出し過ぎたせいで空気の壁にぶつかり、全身の筋肉が悲鳴を上げた。
 構わない。肉体に負荷がかかれば骨肉は軋む。当然の事。これくらいでぶっ壊れる様なヤワな鍛えられ方をした覚えは無い。つまり問題無い。

 トップスピードのままリューナの懐へと潜り込む。

 流石は異世界の改造人間と言った所か、リューナは俺の動きを一応目で追えてはいた様だ。迎撃しようと動こうとはしていた、が、俺が移動した際に生じたソニックブームがリューナの全身を煽り、それを阻んだ。

リューナ

き、

茶助

シッ!


 クナイの柄先で、リューナの鳩尾を抉り貫く。
 骨や臓器は破壊しない様に加減はした。
 だが、常人ならばまず意識を継続させるのは難しいであろう一撃だ。

 リューナの瞳はまだ意識が残っている。
 想定内だ。戦闘用に調整された人間が、この程度で落とせると思う程、俺は世間知らずではない。

 当然、畳み掛ける。

茶助

ハァッ!


 掌底で、リューナの顎を突き上げる。

リューナ

ぎは、ぁっ!?


 跳ね上がったのその顎へ向け、渾身の足刀を叩き込む。

リューナ

っ、ぁ


 最早まともに呻く事すらできず、リューナは吹っ飛んでいった。
 夜闇に冷やされたであろうアスファルトの道を4・5回バウンドし、止まる。

茶助

……よし


 意識を絶った。
 俺の勝ちだ。

タツオ

さ、茶助くん……?

茶助

何を目を丸くしているんだ?
と言うか、大丈夫か?

タツオ

は、はい……

茶助

庇ってくれた事には礼を言う。だが……
少し自分の事を省みな過ぎじゃないか?


 俺だったらあれくらいの爆発で負った傷などすぐに回復できる。
 未だ膝を着くタツオの様子を見る限り、ドラゴンには大した回復力は無いのだろう。
 これだったら、俺があのままタツオの盾になっていた方が効率的だった気はするが……まぁ、俺を守ろうとしてくれたその意思は嬉しいので、水を差す様な言葉は控えておく。

タツオ

茶助くん、強いんですね……

茶助

まぁな。爺ちゃんに次代当主候補筆頭として散々鍛えられてきたから

タツオ

次代、当主……?

茶助

ああ、そう言えば、
ウチの事も余り話していなかったな


 爺ちゃんに似たのか、俺も聞かれた事以外は余り人に教えない傾向があるな。気を付けねば。

茶助

俺は忍ヶ白家次期当主候補筆頭、
第17代目『影楼(かげろう)』


 まぁ要するに、

茶助

忍者だ


 忍者。

 その歴史は非常に古く、平安時代には暗躍を始めていたとされる。
 その頃から日本には多くの忍者家系が存在し、平成の現在も裏社会を駆け抜けている。

 一口に忍者と言っても、その様は家系によって多種多様。特に『四大忍者家系』とされる4家系は、異質である忍者の中でも更に異質。まず『超常の力を持っているのが基本』と言う化物集団である。

 調武黄(しらぶき)家は『諜報』に特化し、空間移動の術など特異な潜伏用『忍術』を活用し暗躍する。

 五臥緑(いつがみ)家は『拷問』に特化し、人間の五感に干渉する特異能力をその血に宿している。

 殻亡紫(からなし)家は『暗殺』に特化し、体内で特殊毒薬の精製が可能。それを吐息に混ぜ、毒ガスの様に噴霧する広域暗殺も可能。

 忍ヶ白(しのびがしら)家は『戦闘』に特化し、身体能力全般が非常に高く、僅かな筋肉でも驚異的な破壊力が生み出せる様に細胞単位で肉体が最適化されている。最早ゲノムの形が一般的な人のそれと若干異なっていたりする。故に、通常の人間には通じるはずの薬物・幻術・魔法等も効かない事が多々ある。
 更にその特異な細胞は驚異的破壊能力の他に、驚異的耐久力・驚異的治癒力・驚異的変質能力を兼ね備える。

 ……忍ヶ白の当主に与えられる『影楼』の字。
 その字を受ける者は、大体、素手でビルを解体できたり、0距離でミサイル爆撃されても人間の形を保っていられたり、一瞬で脳か心臓を破壊しない限り首を撥ね落とされようとも再生・生存し、骨格ごと変形して人類以外の種族にもセルフで変装ができる……くらいは可能。

 歴代17人目の影楼である茶助も、また然りである。

委員長

……で、なんやかんやあってこのドラゴンスレイヤーの小娘とすったもんだした……と


 委員長とタツオの家。
 そのリビング。

 委員長はボロと表現したが、中々普通に良い物件だと思う。
 2階建ての一軒家でこのレベル……これで貸賃5万ほどとは驚きだ。

委員長

まぁ、なんでせっかくのポテチが粉々なのかと言う事情は理解できたわ、忍ヶ白くん。
要するに、あなたは自分達を殺そうとする様な奴を助けるためにポテチのコンディションを犠牲にした、と

茶助

う、うむ……本当に申し訳無い……

タツオ

一応茶助くんは人道的な行いをしたのに……

委員長

私は結果論主義者よ


 俺はお菓子類をぶん投げて破損してしまった罰。
 タツオはコンビニで用を足すために、委員長の元へお菓子到着を遅らせた罰。
 そしてリューナは諸々の罰として、3人仲良く委員長の前で正座させられている。

リューナ

くっ……何で私が……


 何やら不満そうなリューナだが……
 気絶している間に、委員長に『逆らうとタイ式足つぼマッサージ級の激痛が全身を襲う魔法』をかけられたため、大人しくせざるを得ない訳だ。

委員長

で、ポテチの件は一旦置いておくとして、
どうするの、こんな厄介なのを拾ってきて

茶助

どうするもこうするも、な……

リューナ

……………………


 ……迷っている、表情だな。
 矜持と欲望の狭間で揺れている、そんな表情だ。
 命乞いのためになりふり構わない、それだけの生への執着心を抱えながらも、プライドがそれを邪魔している。そんな表情。

タツオ

あの……1つ、彼女に聞きたい事があるのですが、よろしいでしょうか

リューナ

ドラゴンの質問に答える訳がないでしょう

委員長

立場がわかっていないのかしら?

リューナ

みぎゃあぁぁぁぁああぁぁっ!?
痛たただだだあぁぁぁ!? 
ごめんなさい! ごめんなさい!
答えます! じゃんじゃん答えます!


 ああ、委員長の魔法、相当キツいんだろうな。
 リューナが干潮から離脱し損ねた魚みたいにビッタンビッタン悶絶し始めた。

タツオ

あなたは、『ドラゴンのせいで生きる場所を失った』と言っていましたが……あれはどういう意味ですか?

リューナ

っ……そのまんまの意味よ……!
私達ドラゴンスレイヤーは、
あんた達ドラゴンのせいで……!

委員長

言葉そのまんまじゃ理解できないから
説明しろと言っているの

リューナ

ぴぃあぁぁあああぁぁぁぁぁぁぁぁ!?
はい! 全力で説明させていただきますぅ!


 ああ、何か流石に可哀想になってきた。

リューナ

う、ぅぅ……私達の世界の超大国……
オーランズ帝国は、ドラゴンを駆逐するため、ドラゴンの心臓を移植して人智を越える力を手にした兵士兼兵器であるドラゴンスレイヤーを、大量に生産・保有していたわ……


 オーランズ、とはタツオ達の元いたドラゴンを弾圧していた国の名だったか。

リューナ

そしてドラゴンとの戦争から2年程……
ドラゴン達が魔女と組み、異世界へと逃げ始め、更に1年も経った頃には私達の世界からドラゴンは1匹もいなくなった

委員長

まぁ、オーランズがほぼ世界の全権を担ってる状態だったし……あんな世界に留まるドラゴンはいないでしょうよ

リューナ

ドラゴンと言う特別な脅威がいなくなった事で……対ドラゴンを専門としていたドラゴンスレイヤーは、人間同士の戦闘にも駆り出される様になった……
世界で唯一ドラゴンスレイヤーの兵団を保有するオーランズは、あっという間に僅かな反抗成力を撲滅、世界中を完全に蹂躙したわ

茶助

オーランズとやらは世界征服を完了してしまった、と言う訳か

委員長

……羨ましい


 委員長、聞こえているぞ。

委員長

まぁ、とりあえずなんとなく察しは付いたわ

リューナ

……………………

委員長

1つの国が世界を征服し、
形はどうあれ表立った紛争は消滅、
それなりの平和が訪れた。
そして『兵器廃絶』の風潮が高まった……
と言う所かしら?

リューナ

……ええ、そうよ。
もう必要以上に強い兵器は要らない、その存在は戦乱を招く脅威でしかない……
オーランズ帝国…いいえ、オーランズ世界政府はそう判断したの

委員長

そうなれば、1番最初に処理されるのは、
最も猛威を持つ兵器

茶助

っ……まさか……

リューナ

『ドラゴンスレイヤーの撲滅』
……それが、オーランズ世界政府が最初に行った平和政策よ

茶助

……そんな馬鹿な話があって良いのか!?


 ドラゴンスレイヤーを、対ドラゴン用の改造人間を生み出したのは、そのオーランズ帝国だろう。
 それなのに、用が済んだから今度はそのドラゴンスレイヤーを駆逐し始めるなんて……

リューナ

良い悪いなんて知らないわよ……!
現に、そういう憂き目にあったのよ!
私達は!

委員長

でも、それでドラゴンを恨むなんて
逆恨みも良い所じゃない?

リューナ

……わかってるわよ……
そんな事くらい……!


 それでも、恨まずにはいられなかった。
 何かを恨まなければ、精神的に壊れてしまいかねない程に、追い詰められていた。
 そういう事だろう。

タツオ

…………雨市さん。
リューナさんにかけた魔法、
解いてあげてください

リューナ

!?

委員長

あなたがそれで良いと言うのなら、
良いけど……本当に良いの?

タツオ

……同族の仇、と言う点では、
僕がドラゴンスレイヤーの方々を許す事は
有り得ません

リューナ

………………

タツオ

ですが、今の話を聞いて置きながら……
その恨み任せにリューナさんをどうこうしようなんて……僕にはできません

リューナ

タツオ

許す事は有り得ません、ですが……
同じ境遇に陥ってしまった人に、同情するなと言うのは土台無理な話です

委員長

だ、そうよ。何かコメントはある?

リューナ

……ドラゴンの同情なんか……!

茶助

お前の生命は、矜持のためとは言え、
そう簡単に捨てていいモノなのか?

リューナ

茶助

生きるために必死に足掻いて、
この世界にまでやって来たのでは無いのか?


 リューナは、助かったと理解した時、泣きそうな程に喜んでいたそれだけ、生命の価値と言うモノを理解していたと言う事だろう。

 リューナは己の矜持の重さも、生命の価値も理解している。
 その2つを乗せた天秤がどちらに傾く事もなかったから、さっきリューナは命乞いをするか否かで迷っていたのだろう。

茶助

君に取って、矜持と生命が等価値であるのだとしたら…………
俺としては生命の方を選ぶ事をオススメする

タツオ

僕も、茶助くんと同意見です

委員長

まぁ、その意見に対しては私も賛同かしら。
ここで死を選ばれても死体処理が面倒だし

リューナ

………………

茶助

答えが決まったら、
タツオに言うべき事を言っておけ

リューナ

…………あり、がとう

タツオ

はい。どういたしまして

リューナ

……それと……ごめん

タツオ

あ、さっきも言いましたけど、
許す気はないですよ?

リューナ

…………うん。わかってる。
でも……ごめんなさい

タツオ

……はい。
その言葉は、しっかりと覚えておきます


 静かに、タツオがその手をリューナに差し出した。

タツオ

ドラゴンとドラゴンスレイヤーではなく、
超絶竜王とタツミヤ・リューナとして、
この世界で協力して生きていきましょう

リューナ

……うん!

茶助

決着だな

委員長

本当、馬鹿なドラゴン

茶助

そうは言うが、笑っているぞ、委員長

委員長

ま、馬鹿だとは思うけど、
異論は無いって事

茶助

そうか


 こうして、忍者とドラゴンと魔女のグループに、ドラゴンスレイヤーが加わった。

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