第6話 部屋

自分が住んで居た村にも、駅前に何軒か店が集まっている通りがあり、洒落た店がある訳でも無いが一応商店街と呼んでいた。

そうは言っても所詮は田舎の商店街なので店が10軒程度しか存在しない。歩けば5分で通り抜けが出来てしまう程度だった。

その商店街の中程に在る床屋さんの脇に細い路地があって、ちょこっと歩くと赤い鳥居の小さい神社が あった。

でも、誰に聞いてもそんな神社は無いと言う。

床屋さんの看板替わりのくるくる回転するサインポールの脇から入る路地だと言ってるのに誰も知らないと言う。

何度も行ってるんだけどなぁ……


腑に落ちなかったが、皆が知らないのならしょうがないと諦めた。

その日も神社に立ち寄って、何とはなしにブラブラしていると、何か黒い影が駆け抜けて行くのが目の端に見えた。

だが、そんな気がしただけでハッキリと見たわけでは無い。

不思議に思って駆けて行った方を暫く見つめていたが何も無い。自分は気のせいだろうと思い込むことにして家に帰った。


しかし、家に帰って自分の部屋で宿題を片付けていると上の方から軋む音が聞こえて来た。

何かが這い回っている。俺の家は普通の二階建ての家だ。これといって目立つような造りにはなっていない。そして自分の部屋は二階にある。

だから、自分の部屋の上に誰かが居る事は不可能であるはずだ。

時々、黒い影のような物が、部屋の窓を横切るのが見えたりする。カーテン越しなので何なのかは分からない。

気が付いたときにはカーテンを開けて外を見たりするのだが、何かが居た様子は無い。二階なので道を行く通行人であるはずもない。

最初は何か居たらどうしようかとか考えていたが、居た所で何か出来る訳では無いと嵩をくくっていたりもした。

俺を探しているのか? なぜ?


唐突に呻き声が 聞こえて来た。

すると廊下の柱から白い煙みたいなのが出てきた。自分以外に誰もいないはずの家の中から下手糞なリコーダーの音が聞こえてきた。

出窓に何か動くものがある。 俺が見たのはカーテンの隙間から、俺をジッと擬視している目玉だった。

その時に階下からお爺ちゃんが呼ぶのが聞こえた。 晩飯が出来たのだと言っている。 返事をして振り返ると目玉は消えていた。


その夜に悪夢を見た。

俺は風呂場にいた。 どうやら一人で入浴の最中らしい。 白い湯気の向こうに見えるのは風呂場の壁だ。

ハッとなって天井を見た。 いつか見た悪夢の天井にみっしりと張り付いた虫を思い出したのだ。

しかし、天井には何も居らず、電灯の明かりがぼんやりと点いているだけだった。 そして風呂の中をゆっくりと見回しても虫は居なかった。

…… なんだよぉ~、はぁっ


俺は安心して大きなため息を付いた。 だが、次の瞬間に異変は起きた。

 !


いきなりお湯の中にズボッと言う感じで引き摺り込まれたのだ。 いきなりの事なので俺は手足をバタ付かせて風呂の中で暴れまわる。

風呂のお湯がバシャバシャと跳ねまわり、湯船から溢れ出ていた。

だが、手足を動かしている時に足を掴まれている事に気が付いたんだ。

一人で入っていたはずなのに、俺の足を誰かがものすごい力で引っ張っている。

!!


俺は風呂の淵に手を掛けて身体を引き上げようとした。

しかし、引っ張る力は強い。 また、風呂の中に引き摺り込まれた。

普通の風呂だと思い込んでいたが、風呂の底が深くなっているのが見えた。

そして、仄暗い底に顔を下に向けた人が、底から生えてる藻みたいに固まっていて、それはゆらゆら揺れていた。

そこから長い長い手が伸びて来ていて、俺の両足を掴んで引き摺り込もうとしているのだ。

! がぼぉごぼぼぁぁぁぁ
(離せ! くそやろう!)


風呂のお湯の中で怒鳴ったつもりだが、黒い藻の塊から伸びる手は一向に力を緩めない。その間にも体はどんどんと引き摺り込まれる。

よくよく見ると黒い藻の塊に見えていたのは人間の髪の毛だった。俺の足を掴んでいる女の人の髪の毛だったのだ。

その髪の長い女性は俺の足にしがみついていて、いくら離そうともがいても手を緩めてくれない。

力任せに風呂の中でもがいていると何とか片方の足が外れた。

俺は外れた方の足で全力で何度も蹴り付けていると、髪の毛の間から女の顔が見えた。

そいつは般若のお面を被っていたんだ。


そこで目が覚めた。 俺は起き上り蒲団をめくって自分の足元を見た。 そこには髪の長い女性は居らず”ホッ”と息を吐いた。

背中を汗が一筋流れていく、この不快な感覚はいつまでたっても慣れない。

その日、お爺ちゃんが死んだ。 畑仕事に行こうとして車にはねられてしまったのだ。

あ、あの時に……


お爺ちゃんが死んだ時の最後の言葉だ。自分を撥ねた車の運転手に言っていたらしい。

運転手は普通に運転していたら急に飛び出して来たと言っていた。

何を後悔して、何をしたかったのかを言わないで逝ってしまったんだ。

これで俺は一人きりになってしまった。まだ、未成年だったので隣に家に住んで居る父方の叔母の家で世話になる事になった。

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