第7話 天井裏
第7話 天井裏
今まで話して来たのがこれまで見て来た前振りと悪夢。
普段は悪夢の事なんか気にしない。 確かに悪夢を見る度に身内が死んでいくのは堪えるが、自分でどうにか出来る物でも現象でも無い。
如何にも出来ない事に気を揉んでもしょうがないし、最近は予知悪夢なんじゃないかとさえ思うようになって来ている。
その日、俺は一人で部屋に居た。自分に割り当てられていた部屋だ。死んだ従兄が使っていたそうだが、自分が入った時には何も無かった。
秋ごろにしては珍しいくらいに蒸し暑い夜だった。扇風機を付けているのだが熱風を掻き回してるだけだ。
少しでも涼しくしようと、部屋の窓とドアを開け、風通しを良くしていたのだが、唐突に”バンッ”と大きな音を立ててドアが閉まった。
”ビクッ”として振り返りドアの方を見るが誰もいない。
きっと、風のせいだろうとドアを再び開けようとしたがビクともしない。
何とかして開けようと俺がドアの前で格闘していると、今度は自分の後ろで板が軋む音がした。
…… 有り得ない
部屋は畳を敷いているのだ。 床板のような軋む音が聞こえるのはおかしい。
何よりも部屋に居るのは”俺一人”だ。
俺は素早く振り返ったが、部屋には誰も居なかった。 不思議に思いながらも、またドアを開けるべく向き直る。
けど確かに音は、左奧の窓側から鳴ったのを聞いていたはずだ。
聞き間違い?
と思う暇もなく、もう一度左奧から”ギィッ”という音が鳴った
今度の音は一回では終わらずに”ギィッ”という音が続いた。
まるで意味が解らない上に、何よりも怖かったのはその音が、人が板の上を歩いて横ぎるように左奥から右奥に移動したということ。
俺はドアの前で動く事も出来ずにじっと固まってしまっていた。 俺の背中を汗が一筋流れていくのが分かる。
軋む音は右奥まで行ったと思ったら、今度はそこから移動しないで、足踏みでもするかのように一定の調子で”ギィッ……ギィッ……”と音が鳴り続いてた。
…… ! 誰だっ!!
俺は勇気を出して振り向いた。
しかし、そこには誰も居なかった。 床は畳のままだし…… その時に、俺は気が付いた。
…… そうだ、天井は木で出来てる……
俺は恐る恐る目線を上にあげ、天井を見つめた。 しかし、音は再び鳴る事は無かった。
その夜にまた悪夢を見た。 俺は何も無い草原にいる。 遠くに山並みが見えているが市街地は見えない。日本にこんな草原がある事が驚きだった。
何しろ自分が知っている風景は、山と挟まれた狭あいな田んぼだらけの谷だ。
見慣れない全周に渡って建物も山も何も無い風景には、自分の立ち位置が分からないだけに不安になってしまう。
その草原にはいくつかの木々が有った。
しかし、その枝が枯れ茶色に変色している。 足元に転がっているのは、野ネズミの死骸だ。足先でつついて観察してみても、外傷はどこにも見当たらない。
まるで、有毒ガスか何かがこの一帯を襲った後であるかのようだ。 すべてを包み込む死の世界。
背中には冷たい汗が流れた。 何かに監視されているような視線を感じたからだ。
その視線は左の後ろから感じる。 ”悪意だ”本能的にそう思えたのだ。
俺は意を決して振り向いた。
すると、いきなり足元の砂が崩れ落ちていく。
突然の事に驚き、声を出そうとするが咄嗟には出ない。 ただ口をパクパクさせるだけだった。
俺は必死に這い上がろうと、穴の淵に手をかけるが、手元の砂はズルズルと崩れていく。 足を掛けようとするも足元の砂も崩れてしまう。
自分は何だかわからない穴に、生きたままで引き込まれようとしている。
助けを呼ぼうと声を出そうとするが、口の中に入って来る砂が声を出す邪魔をしていた。
気が付くと崩れていく砂の淵に誰かが立っていた。 そいつは黙って自分を指差していた。
…… た、たすけてっ!
やっとの思いで声を出したが、自分を指差す人物の顔を見て驚きが自分を襲った。
そいつは般若のお面を被っていたのだ。
そこで叫び声を上げながら目が覚めた、普段と同じように全身にびっしょりと汗を掻いている。
今までの事を思い返すと悪夢を見る度に家族の誰かが死んでいった。 しかし、今は自分一人だ。
……もう誰もいないよ……
そんな独り言を呟いた時に、ふと天井に目をやると灰色の靄が浮き出ているのが見えた。
電気は点いておらず、窓から入る月明かりだけなのに、それが般若の面だとハッキリと解ったのだ。
その般若のお面が天井に張り付いてた。
俺は身じろぎも出来ずに、その面を見つめている。 喉がカラカラに乾いて舌が上あごに貼り付いている感覚に襲われていた。
何か言ってやろうと思ったが言葉が引っかかって出て来ない。
すると般若の面にある目玉がギロリと動き、俺を睨み付けながらニヤリと笑いながらしゃべった。
『 みー つー けー だー 』
だが、その時に気が付いたんだ。
般若のお面は笑ったのでは無く、増悪を剥き出しにして俺を睨み付けていたのだ。
もう、俺には悪夢と現実の境界が分からなくなっていった……