第2話 田圃
第2話 田圃
次に見たのは小学校に上がるかどうかの時だったと思う。
その日は自分は一人で留守番していた。 雨模様のどんよりとした日だった。
両親は共働きで近くで(と、いっても車で30分位かかるのだが)個人商店を営んでいる。
二人とも朝から仕事に出かけていたし、農作業をやっていたお爺ちゃんは畑仕事に行ってくると言って、こちらも朝から居なかった。
お爺ちゃんは普通の畑の他にビニール栽培もやっているので、雨の日はそこで作業をしているそうだ。
自分も手伝いに行こうかと思ったが、前にビニールハウスの空調機に悪戯をして壊してからは入らせて貰えなくなっていた。
晴れていればビニールハウスの周りで遊べるが、雨が降っているのではそれも出来ない。
しかも、外はずっと雨だから遊びに行く気力も出て来ない。 友達も同じ気分だったのだろう、誰も遊びに来てはくれなかった。
一人でやるテレビゲームに飽きてしまい、さりとて宿題なんかする気にもならず、やる事が無くて退屈していた俺は、居間でウトウトと昼寝をしてしまった。
雨の音が絶え間なく”ザァーーッ!”と聞こえていたのを覚えている。 時々、光っていたのを思い出すと雷も鳴っていたかもしれない。
その時に悪夢を見てしまった。
悪夢の中でも自分は一人でポツンと居間に座って居る。 そして居間の窓からは裏の田んぼが見えていた。
田んぼの向こうを一両編成の列車が走っていく、田舎では良く見かける光景だ。
何とはなしに目で追いかけていると、その光景に何か違和感を感じた。
あり得ない物が視界に入って来ていたのだ。 稲刈りを終えた田んぼの真ん中に白い物がポツンと立っていた。
最初は案山子なのかと思ったが、稲刈りを終えた田んぼにそんな物は必要ないはずだ。
案山子は収穫の時に邪魔になるから片付ける物だし、第一ここいらには案山子を建てる風習などなかったのだ。
今は鳥よけの光るビニールテープを、田んぼの上に張り巡らせて使うのが一般的だ。
じゃあ、あれは何だろうかと思ってしまう。 よくよく見てみると白い案山子はユラユラと揺れているのが分かった。
そして白い案山子は揺れながらも、ゆっくりと移動しているように思えた。
見ていて不思議に思った俺は、見ているだけでは満足できず、何故か家から出て田んぼの中まで行って近づいてしまったんだ。
近づいて分かった事は、それは回転しているのでは無く、真ん中のモノから白い霧状のモノが噴出していたんだ。
よく見るとそれは、真っ白な般若の面だった。 あの山で見た奴だとピンと来た。
そのお面の淵から霧状のモノが四方八方に噴き出している。それがいくつもあるので、うねうねしているように見えていたのだ。
驚いた俺は田んぼの中を逃げだした。
振り返ると般若の面は自分に向かって田んぼの上を滑るように動いていた。 それを見た俺は田んぼの泥に足を取られながら逃げ回る。
でも、般若の面は俺の行く先々に居た。 振り返って前を見るとそこに居る感じだ。
最初は何も言わず逃げる俺の前に立 ち尽くすだけだったが、やがて、泣きながら逃げる俺を先回りするかのように立ちはだかるようになった。
やがて、逃げている内に何か羽虫の羽音みたいなものが聞こえ始めた。 ”んーーーーっ”って感じでだ。
般若の面に追いかけられている間中、”んーーーーっ”っと羽音は聞こえていた。
その羽音はやがて、なんか唸るみたいな怒鳴るのを抑えてるみたいな声に聞こえて来ていて自分はパニックになってしまった。
田んぼに足を取られて思うように走れない俺は泣きながら爺ちゃんを呼んでいたと思う。
しばらく逃げ回っていると、ふと前を見たら般若のお面が居ない。 後ろを振り返って見ても居なかった。
”…… 消えた?” と俺は思ったんだ。 全身からこわばっていた力が抜けたような気がした。
ふと、上を見たら自分の頭上のすぐ傍に般若の面は居た。
そこで目が覚めた。 咄嗟に周りを見渡したけど何も居ないし、夢の中で追いかけて来ていた般若のお面も居ない。
あれだけ降っていた雨はいつの間にか上がっている。 雨上がり特有のムッとする湿気が家を包み込んでる感じがして不愉快だった。
怖がりの自分は部屋の真ん中で、両親か爺ちゃんが早く帰って来てくれないもんかと丸くなっていた。
やがて、夕方になると親が帰って来る車の音が聞こえてくる、俺は張りつめた空気が和らぐのを覚えた。
すると庭の方から母親の悲鳴が聞こえ、何事かと庭に見に行くと異常な事態が起きていたのだ。
家で飼っていた犬が、柿の木に首輪を引っ掛けて死んでいると母親は言っていた。
何かに興奮して飛び跳ねている内に、木の枝に首輪が引っかかってしまったのだろうと父親は言っていたが、自分は違うと感じていた。
子供が見る物じゃない
と、庭から屋内に戻された。だが、大人たちの間から見た時の、口から舌をダラリと垂らした犬の苦悶の様子が不気味だったのを覚えている。
死んだ犬は父親がどこかに埋めたらしい。