第1話 天気雨


世の中に不思議な現象とか、理不尽な出来事と言うのは数多くある。

俺にももちろんある。 俺には小さい頃から見続けている悪夢が有るんだ。

その悪夢を見るのは年に一度あるかないかだけど、内容が似ているので同じ悪夢を見ているのだと思う。

悪夢を見るのに決まった日付は無いが大概に冬至前後だった。それ以外で見た記憶が無い。

そして、その悪夢を見た後には決まって不思議なことや、俺の回りの身内や知り合いに不幸な事が起こる。


その悪夢が始まったのは多分小さかったときの出来事が関係していると思う。

『天気雨』と言われているモノをご存じだろうか?

空から日の光が見えているのに、雨が降っているような現象だ。

それを『狐の嫁入り』と呼ぶ人も多いと思う。

俺の住んでいた田舎町にも、同じように言い伝えが有ったんだけど、余所と違うのは天気雨が降る日は狐の嫁入りがあるので、決して邪魔をしてはイケナイとされているとこだ。

とある天気雨の日。外遊びが出来ず退屈気味に、家の近くにある山を眺めていると、中腹あたりを薄ぼんやりとした、淡い白い光が列をなして移動していた。

あれは何?


俺は側にいた爺ちゃんに聞いた。

狐が嫁入りのために行燈を炊き婿の元へ向かっている光景だ


と、爺ちゃんが手作業を止めずに言っていた。

側で見たい……!


俺は爺ちゃんにねだったら、最初は嫌がっていたのだが、可愛い孫の頼みを断りきれなかった爺ちゃんは、仕方無しに俺を裏山に連れて行ってくれた。

それは五歳ぐらいの頃だったと思う。

その頃には、まだ両親と祖父母が家に居て、田舎の一軒家で一緒に暮らしていた。 世間的に見ればごく普通の家族だ。

初めて裏山にお爺ちゃんと登った時のこと。 山の中腹ぐらいまで登り何気なく上を見上げた時に、 一本の木に白い何かがへばり付いてるのが見えた。

その裏山は良く手入れされた山林で、杉の木が等間隔で埋められている。

どの樹も枝木などは伐採されているので、真っ直ぐに伸びていて樹を登る為の手掛かりになるような枝は無い。

しかし、高さは七、八メートルぐらいの所に、その白い物は張り付いていた。

じっと目をこらしてよく見ると、それは白い般若のお面だった。

夏祭りの時に能舞が神社に奉納される時に見た覚えがある。 その時の般若のお面が一つ、木の高い所にポツンとへばり付いている。

ただお面が白かったかどうかは覚えていない。 能舞は一年に一度演じられるだけなので詳しくは覚えていないのだ。

じぃじ。 あれなぁに?


俺は不思議に想い般若のお面を指差しながら、自分の手を引くお爺ちゃんに聞いてみた。

お爺ちゃんはそちらを見たんだが、しばらくすると

わしには何にも見えん……


と言って黙りこくってしまった。

普段はニコニコしながら自分の話を聞いてくれてるのに、この時ばかりは怒ったような顔になっていて自分の手を引いて山登りを続けた。

その様子に自分は何かイケナイ事を聞いてしまったのかと思い、眉間に皺を寄せているお爺ちゃんに手を引かれるまま、また一緒に山道を歩き始めた。

高い場所に張り付いている般若のお面を見て不思議な気はしたが、余り追及すると怒られると思い、そのままお爺ちゃんと山頂まで登ってから下山をした。

何の為に裏山に登ったのかは、今では思い出せないし、肝心のお爺ちゃんは今は居ないので聞きようが無い。

恐らくお爺ちゃんに誘われて行ったのだと思う。

そんな不思議な体験をしたのに、夜にはすっかりと忘れて、テレビのお笑い番組で笑いこけてた。

しかし、その晩に夢を見た。

その夢の中では自宅から見える裏山の上に、白い陰が渦巻いているのが見ていた。

自分はポツンと家の前の道路に立ち、それを只眺めているだけだ。

白い陰は丸くなったり四角くなったりで形が一定でない。 しかし、裏山の一箇所から離れる事が出来ないのか同じところに留まっていた。

見てるだけで不安になって来る。 その留まっている場所は自分が般若のお面を見かけた場所だったからだ。

本能的に"自分を探してる!"と勝手に思い込んでしまった。 何故そう思い込んだのかは不明だった。

きっと、昼間に見た般若のお面の事が在ったせいだと思う。

しかし、今になって思い起こすと凄くおかしな話だ。

裏山と言っても家の田んぼを挟んでいるので、見えていた裏山までかなり遠いはずだった。

それなのにその白い影がハッキリ解っているというのも不思議な話だ。というか、影が白いってなんだろうとかね。

ふと道路の方に視線を向けると、道の脇の側溝にはまり込んでいるお婆ちゃんが見えた。

側溝と言っても田んぼなどに導水する様な立派なもんじゃなくて、道路に降る雨水などを排水する為の排水路。

雨が降っていない時には空っぽの溝で、せいぜい枯れ葉などが落ちているぐらいだ。

そこにお婆ちゃんは身体の左側を下にしてはまり込んでいた。 右側の顔が半分だけ自分の位置から見えている。

市街地にある道路の側溝はそんなに深く作られてなど無いはずだ。

子供の自分でさえ起き上れる程度の深さしかないはずなのだが、お婆ちゃんは側溝から起き上がれずにいるらしく、ジタバタともがいているだけだった。

自分はと言うと大人たちを呼びに行くとか何かする訳でも無く、ただじーっとそれを眺めている。

暫くするとお婆ちゃんの動きが止まり急に静かになった。

どうしたのだろう?

と自分は思いそれを見ていたが、声をかけようと近づいて覗き込んでみると、自分に向かってニタリと笑うお婆ちゃんがいた。


そこで目が覚めた。

目が覚めた自分は言いようのない不安に駆られて、自分の蒲団の隣で寝ていた母親の布団に潜り込み、震えながら再び眠りについたのを覚えている。

やがて、朝になり目が覚めると何やら家の中がバタバタしていた。

なんだろうと思っていると母親が近づいて来て、朝方にお婆ちゃんが蒲団の中で死んでいるのが見つかったのだと告げられた。

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