敬愛 父に告ぐ

妹の婚礼が決まりました。相手はひたむきな男です。本を読まないのに、妹を手に入れたいがために本を借りに来た男です。兄に悟られるぐらいには単純で、努力家で、素直な好青年です。妹もその性格が気に入ったのでしょう。返事は即決だったみたいです。裕福でもなく貧困でもなくよくある家柄です。不自由はあまりしないでしょう。私達が

おじさーん、またお話聞かせて

遮断する声が台の下から聞こえ、青年は覗き込んだ。茶色い髪を両サイドで結び垂らしている頭が見えて、あぁ、いつもの子か、と頭を撫でる。

もうおじさんって歳なのかな……

君はいつも来るね。そんなに物語を知りたいなら、ここに散らばっている物を読めばいいよ

私はおじさんの話を聞きたいの。おじさんの話、面白くて好き

彼女は今から始まるであろう夢物語に思いを馳せている。少女の無垢な笑みに根負けして、青年は台の上に彼女を通した。

書きながらでもいいかな

おじさん、本作るの?

本にはならないけれど、形には残したいんだ

ふーん

少女は深くは解っていないという顔で相槌を打ちながら、物を書いていた足の低い木製の机に両肘を乗せた。顎を手に置き、まん丸の目で青年を凝視する。

おじさん、聞かせて

鉄の棒が等間隔に並ぶ先には人相の悪い大人達。

見つめている彼らの双眸は虚ろだった。ただでさえ小さい手足はがりがりに痩せ、中にはもう既に動かない者もいる。

どうです? この子なんか……

あぁ、あの子……バラすのもいいですよ


大人達の声は変に反響して、囁かれる笑いは耳にこびり付く。耳障りだと彼は思っていたが、手を動かす気力は残っておらず、耳を塞ぐことは出来なかった。足元では妹が膝枕に顔を埋めている。

硬質な音が響いて、太い腕がとある少年を捉えた。銀髪のまるで少女のような整った顔立ち。青い瞳が一瞬こちらを向いたが、誰も彼に目線を合わせようとはしなかった。彼を見つめたところで何も変わらない、大人達を止めることは出来ないし、青い瞳と自分の瞳が合って罪悪感だけが残るだけなら最初から合わせることはしない。

鉄の閉じる音がして、また固く閂はされた。

連れて行かれる場所がいいところだといいですね、なんて彼思っていたが、ここにいる連中にまともな奴なんていない。法の目に触れない場所でこっそりひっそりしていることなどろくでもないし、まともな神経なら避けるだろう。

次、どこすか?

王都だよ

……本気っすか。見つかったらヤバいんじゃ……

いつもどおり、こっそりやるんだよ。お前、へますんじゃねぇぞ

分かってますって。城のもんに見つかったら首が飛ぶ


へらへら笑う男達は子供の詰まった檻に厚手の布を掛けた。

妹の頭がゆっくりと持ち上がったが、兄である彼は撫でて再び自分の膝の中で彼女を寝かせた。

辛い現実を見るだけならせめて幸せな夢に浸かって。

布の向こうから馬がいななぎ、檻に微かな振動が伝わる。壁に寄り掛かっていた少女の身体が床に倒れ、そのまま動かなくなる。

王都

その言葉が脳内を反芻する。
少年は暗がりの中一人、布の向こう側を凝視していた。

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