ほんのりと蕾ができはじめた桜並木通りを
幼馴染の桜田ひかりと歩いていた。

卒業式後のクラスメイトとのカラオケ大会を終えた、
夕刻時のことだった。

3年間しっかりと通った高校と、俺、荒井大貴を
好きになってくれた大切な後輩に別れを告げて、
新たな未来のため前を見ようと決めたんだ。

自分自身が想いを寄せる、
彼女に想いを告げて――歩みはじめようと。

(でも、言えっこねぇよー)

隣をただ静かに歩くひかりは、
何か思い詰めたように暗い表情を見せ続けている。

声をかけようにも、耳に届くこともないんじゃないか
って考えすぎちまうくらい、今のひかりは俯いて歩く。

(言わなきゃいけないよな。
 きっとひかりも気付いてるはずなんだ)

後輩である圭佑に言われるまでもなく
分かってる。

俺はひかりのことが好きだ。

昔からの幼馴染の、常に前向きで男女問わず明るく
接してクラスメイトを率先して引っ張りながらも
――とても優しい心を持った彼女のことが。

(よし、言うぞ。想いを伝えるんだ)

おっ、おい、ひかり――

ね、ねぇ、大貴――

とっさに声をかけた途端、
タイミングがもろ被りしてしまう。

言いたいことは頭の中で整ってたってのに、
たった一瞬のせいで全てが飛んでしまうんだ。

お互いに恥ずかしがっている様子が、
いたたまれない。

(けど、こういうのは男の俺から
 伝えるのが普通だもんな)

いくらひかりに男勝りな一面があったとしても、
両想い(だよな?)の女の子に告白されるってのは
モヤモヤする。

沈黙に耐え切れないのはひかりもだろう。

普段なら考えられないほどの音のない
雰囲気に戸惑いを覚えているのは、
俺だけなんかじゃないはずだ。

大貴、言いたいことがあるんだけどいい?

静かな空気を先に打ち破ったのは
ひかりのほうだった。

俺が先に声をかけるべきだったのに。

いや、ごめん。
オレに先に言わせてくれ、ひかり

な、何をよ

お前に、
今すぐに伝えなきゃいけないことだよ

自分でも驚くくらい、
真剣な表情をしているんだろう。

圭佑とは違って、涙を流すようなことはないと
思うけど、アイツの不安はこれ以上だったはずだ。

男と女の恋じゃない。男と男の恋なんて受け入れられないことのほうが多いのに、いくら俺が圭佑の想いに気付いてたとしても伝えるには勇気が要ったはずなんだ。

アイツが勇気をくれたんだ

あたしもそうなんだ。あの子に勇気を
もらったからこそ、大貴に言おうと思ったの

やっぱ、みんな考えることは同じなんだな

そりゃあ、卒業式だもん。
もう会えなくなっちゃうかもしれないからね

寂しげに呟くひかりが
圭佑とダブる。

アイツもそんな不安から俺への気持ちを
伝えようと決心づいたんだろうか。

引退試合を終えてすぐ、
2人きりになった直後に。

バーカ。俺たちはいつでも会えんだろ

家も隣で、自室の窓を開けばすぐそこにひかりがいる。

会えない日のほうが少ないくらいだ。

(だからこそ、ひかりとはずっと会えると
 思って言えなかったのかもしれないな)

そうだけど……

それでもひかりが不安になるのは、
俺とひかりの未来が違うからだ。

俺は4年制大学に行って教師に
なるために勉強をする。

ひかりは4月から福祉施設で働くことが決まってる。
彼女の進みたい道だからこそ、何も言わずに応援を
続けてきたし、今後も続けるつもりだ。

でも、未来予想図が違い過ぎていて
――愕然とした。

なぁ、ひかり。まだまだガキくさい
俺だけどさ、付き合ってくれないか?

は? 何よ、いきなり

俺はお前のことが昔からずっと好きだ。
だからこそ、いつかお前を支えたいし、
今からでも支えてやりたいと思ってる

大貴……ずるいよ、そんな言い方は

ひかりは1人で抱え込み過ぎなんだよ。おばさんが死んだときだってそうだったろ

学業をする傍ら、ひかりはおじさんと弟のためにと
炊事、や洗濯、掃除と家事全般を行いながら、ソフト部で主将を務め続けた。

弱音を一度も吐くことなく、さも当たり前のように
自分だけで全てをやり終える。

そんなコイツを、俺はずっと支えてやりたいと
思っていたんだ。

どうせ、お前も俺に
告白しようとしたんだろ?

なっ、それは……当たってるけど

だったら、断るなよ。俺はお前と
付き合って、支え続けたいんだ

いつの間にか震えていたひかりの手を
ギュッと握り締める。

大貴……ありがとう。
えっと、お願いします

あぁ、よろしくな。ひかり

――って、もう家に着いちまったか

気が付けば、もう自宅の前まで来ていた。

人が卒業式を終えてすぐだってのに、とっとと家族旅行に行っちまって誰もいない家。

ひかり、あがれよ。
お前が好きなお菓子もあるから

ばっ、まだあたしがお菓子につられる
とでも思ってるの?

じゃあ、食べなくてもいいのか?

それは食べるけど……

少しだけ苛立ちを見せるひかりだったけど、
当たり前のように着いてくる。

(欲望に忠実というか、素直というか)

よし、食べるか

手を引きながら家の中に入る。

何度も遊びに来てるはずなのに、
心なしかひかりが緊張しているように見えた。

俺の部屋についても、
座るわけでもなくただ立ち尽くしたまんまだとか。

(やっべ、俺まで緊張してきたかも)

会話のない密室で、
ただ時計の秒針だけが響き渡る。

何か話そうにも、何も言い出せない。

――っても、話さないと
ずっと緊張しっぱなしだもんな。

なぁ、ひかり――

ねぇ、大貴――

えっ、あっ、っと……

(うわっ、またかぶった……どうしよ)

タイミングが良すぎると言うか、
さすがは幼馴染というか。

図ってるんじゃないかってくらいだよ。

はぁ、今度はひかりから話せよ

俯いてしまっていたひかりに促す。

互いに譲り合ってたら埒が明かないし、
さっきは俺が先に言ったからな!

うん……えっとさ、昔はよく大貴の
お嫁さんになるなんて言ってたよね

約束もしたもんな

まるで昨日のように思い出せる
2人だけの秘密の約束。

『結婚して、ずっと一緒に居よう』なんて、
ありげなもの。

あたしは、今でもその気持ちは
変わってないよ

俺もだよ。ひかり

ベッドに座り込みながら、
俺たちは語らう。

今後の俺たち2人の未来予想図を。

絶対に叶えるんだって、
強い気持ちを込めて。

俺が大学を卒業したら、結婚しよう

ただただ真剣に伝える。

全ては未来のために。

ふふ、あたしは就職組だから結婚資金も、
弟の学費と一緒に貯められるしね

俺だって、バイトして貯めるっての

バイトのし過ぎで留年なんて
許さないからね?

バカにするように笑い始めたひかりは
普段らしさを取り戻したような気がした。

俺も、クラス全員も知っている彼女の姿。

けど、本当のひかりは俺しか知らない――。

んなもん、誰がするかよ

絶対にしちゃダメだからね!

微笑みながら会話を交わす俺たちは、
不意に黙り込んでしまう。

窓から差し込む月明かりが妙に心臓をどぎまぎさせて、
俺たちを一歩大人に近付かせたような気さえもする。

大貴……

ひかり……

……んっ――

月に背中を押されてキスを交わした。

ふんわりと唇同士が触れ合うキスだったけど、
今の俺たちははそれだけで満足だ。

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