*第1話  転入生とあたし*


あたしの名前は、桃瀬マナ(ももせ まな)。16歳の高校1年生。

生まれつきのんびりした性格なので、平和に過ごす事がなにより大好き。

お勉強はちょっと、ううん、けっこう苦手だけど。でも、仲良しの友達がいるから学校は大好き。

マナ、早くしないと遅刻しちゃうわよ

マナ

わーあーあー。大変だー。いってきまーす


今日もお寝坊してしまったあたしは、ママの作ってくれたお弁当をつかむと大慌てで家を飛び出る。

マナ!カバン忘れてる!

マナ

えっあれっ


気が付くとランチクロスに包まれたお弁当しか持ってなかったあたしは、駆け足でママのいる玄関まで戻ったのであった。



あたしが校舎に駆け込むと同時にHR開始のチャイムが鳴った。

やばい。やばい。先生が先に来ちゃったら遅刻にされちゃうよー。

焦りながら生徒玄関でローファーを上履きに履き代えていると

ナツ

やべー!初日から遅刻とかシャレになんねーし!


そんな声といっしょに誰かが外から駆け込んでくる気配がして、

マナ

え?

と思った瞬間

ナツ

うわっ!

マナ

ひゃあああ


靴を履き替えるので屈んでたあたしは後ろから誰かにぶつかられ、そのままゴロンとでんぐり返ってしまった。

玄関の『すのこ』の上でのでんぐり返しは痛い。

マナ

あう~目が回った~いたい~


痛む頭をなでながらクルクルにまわってしまった目を必死でパチパチ覚まさせていると。

ナツ

わるい。お前、屈んでたから全然見えてなかった。大丈夫か?


多分、後ろからぶつかったと思われる男子がうずくまってるあたしの頭をポフポフと撫でてくれた。

マナ

だいじょーぶ。わりと元気です


誰だか知らないけど余計な心配をかけないように、と思って顔を上げて笑って見せると、その男の子はちょっと驚いた顔をしてからブフッと吹き出した。

ナツ

なんだよ『わりと元気です』って!あっははは変なヤツ!そもそも、でんぐり返るかフツー!?


笑われてしまった。

そんなこと言ったって、でんぐり返したのはあなたじゃないですかー。と思ったけど、笑ってる男子の顔を見たら怒った気持ちは吹き飛んでしまった。

だって、その人はすごく可愛い顔で笑うから。

楽しそうでキラキラしてる。お日様みたい。

ちょっと長い前髪、綺麗な大きな目、子供みたいに口をおっきく開けて笑ってる。


思わず見とれてポカンとしていると、その男子は笑顔のままあたしに向かって手を差し伸べてくれた。

ナツ

立てるか?


突然そんな事をされたもんだから、なかなか手を返せずポケーっとしていると

ナツ

早く立った方がいいぞ。俺もお前も遅刻だし、それにさっきからパンツ見えてる

マナ

わああわああわああああ


男子はあたしの頭が覚めるような事を言って、可笑しそうにまた笑い出した。

あたしが立ち上がるのを見届けてから男子は

ナツ

じゃーな

って、階段をさっさと駆け上がって行ってしまった。

なんだったんだろ……ていうか誰だったんだろ……。

そういえば見たこと無い人だったなー。この玄関使ってるって事は、同じ1年生だと思うんだけど。

男の子が去って行った階段を眺めてボーっと考えていたけど。

マナ

あっ大変だー遅刻だー


大事なことに気付き、あたしも大慌てで階段を駆け上ったのであった。

HR開始のチャイムから10分も経っちゃった。

絶対遅刻だと思ったあたしは教室の後ろのドアをおそるおそる開けたけど。

マナ

あれ?


なんとビックリ。先生がまだ教室に来ていなかったのだ。

マナ

やったー。セーフ

チホ

マナおそーい!

サラ

ラッキーだったね、今日先生遅いみたいよ


教室に駆け込んだあたしに、お友達のサラちゃんとチホちゃんが声を掛けてきたので、遅いおはようを交わす。

マナ

あのね、生徒玄関のとこで知らない子とぶつかって、でんぐり返ってたら遅くなっちゃったの

サラ

マナ、何言ってるか分かんない


遅くなった理由をサラちゃん達に説明しようとしたけれど難しい。

説明をあきらめたあたしは自分の席に着くと、ちょうど同じタイミングで先生が教室へ入ってきた。

先生

すまない、遅くなった。急いでHRやるぞ。今日は転入生を紹介する


慌てた様子で入ってきた先生の言葉に、教室がザワザワとざわつく。

マナ

転入生だってさ、チホちゃん

チホ

そういえば先週のHRでそんなこと言ってたね。すっかり忘れてたよ


あたしも忘れてた。だからサプライズみたいで余計にワクワクする。

マナ

どんな子だろう。男の子かな。女の子かな

先生

新見、入れ

ナツ

うぃーっす


先生の指示に軽快な返事をして入ってきた生徒は、背の高い男の子だった。

ちょっと長い前髪。綺麗な大きい目。どこか得意そうに笑ってる口元。

……あれ?見たことある気がする。

マナ

あっ!でんぐり返した人だー!


思わず叫んでしまったあたしに、クラス中が注目した。うわーあー恥ずかしい。

ナツ

あれ、さっきの変なヤツじゃん


転入生の子があたしに気付き、トコトコとこっちへやってくる。みんなビックリして大注目だ。

そして男の子はあたしの前に立つと手を伸ばしてきて

ナツ

リボン曲がってる。でんぐり返った時にズレたんだろ、ずっと気になってた


あたしの前髪を留めていたリボンのピンを、長い指で優しく直してくれた。

マナ

あ、ありがとー

ナツ

うん、可愛い可愛い


きちんと直したリボンを見て男の子は満足そうに頷くと、騒ついてる生徒に構わず、またトコトコと教壇の前へと戻っていった。

彼のあまりに自由な行動に呆気に取られてる先生を放っておいて、男の子は黒板に名前を書くと勝手に自己紹介を始めた。

ナツ

新見ナツです。気軽にナツって呼んで

マナ

ナツくん。へー、ナツくんっていうんだ


初めて彼の名前を知ったあたしは、それを頭の中で繰り返す。ナツくん。新見ナツくん。

ナツくんはみんなに向かってニッコリ笑うと先生の方を振り向いて

ナツ

先生、俺の席あそこでいい?あのリボンの子の後ろ


なんと、あたしの方を指差して言うではないか。その発言にまたクラスがザワザワいう。

先生

新見、お前さっきから勝手に……


さすがに先生が叱りかけたけど、すかさずあたしの隣のチホちゃんが

チホ

いいと思いまーす!ちょうどその席空いてるし!


と助け舟を出した。おおー。チホちゃんナイスー。

続いてあたしの逆隣の席のサラちゃんも

サラ

私もいいと思いまーす。ほら、ナツくんおいでよ


と、ナツくんに向かって手招きをする。そしたら他の女子たちからも『いいと思いーます』という声があがって、先生はついにシブシブうなずいたのだ。

ナツくんは嬉しそうにニコニコしながら賛成してくれたみんなに

ナツ

さんきゅー

って言って、再びこちらへトコトコやってくる。そして。

ナツ

ヨロシクな


って言って、あたしの頭を通りすがりにポンポンと撫でてから席に着いた。

あたしの後ろに座ったナツくんは、さっそくツンツンと背中をつついてくる。

ナツ

リボンちゃん、名前なんてーの?


イタズラっ子みたいな上目遣いで尋ねてきたナツくんに、あたしはちょっと照れながら

マナ

ま、マニャ。桃瀬マニャ…マナ、です


ちょっと噛んでしまいながら答えると、彼はブハッと思い切り吹き出して笑った。

ナツ

なんで自分の名前噛むんだよ!?あはははは、お前ってホント面白いヤツ!


またしても可愛い笑顔で笑われてしまって、あたしはちょっと赤くなってしまったのだった。

チホ

マナをでんぐり返した男子ってナツくんだったんだ?

ナツ

そーそー。ゴロンって転がっちゃってさ、おっかしーの


休み時間。さっそくみんなと打ち解けたナツくんはチホちゃんとサラちゃんとお喋りしてる。

あたしは、でんぐり返った挙句ぱんつを見られた事を思い出してちょっと赤くなって笑った。

ナツ

マナって面白いよな。いっつもこーなの?


そう聞いたナツくんにチホちゃん達がうんうんと頷く。あたしもよく分かんないけど、みんなと併せてうんうんと頷いておいた。

するとナツくんはまた可笑しそうにケラケラと笑ってから、ジッとあたしの顔を覗き込んで

ナツ

可愛いヤツ


なんて、キレイな瞳にあたしを映して言った。

周りの女の子が声をはやし立てると共に、あたしの顔が茹でダコみたいに赤くなる。ひゃああああ。

だって、男の子に可愛いなんて言われたの初めてだよ。それも、こんな近くで顔を覗き込まれて。

恥ずかしすぎて頭がボーっとしてきた。どうしていいか分からずに、ヘラリと一生懸命笑って

マナ

ナツくんもカッコいいです


と褒め返すと、ナツくんはちょっと驚いた顔をしてから、嬉しそうに笑ってあたしの頭をクシャリと撫でた。

ナツ

お前、ヤバイな。天然ってこえーや

マナ

えっ。あたしヤバいの?なんかいけない事言ったかな


彼の言葉にオロオロしてしまったあたしだけど、サラちゃんはニヤニヤしながら肘でつついてくるし、チホちゃんは

チホ

ヒューヒュー

なんて何故かはやしたてている。

よく分からないけど、あたしはとりあえず皆に併せて笑っておく事にした。

それでもドキドキしてる心臓は治まらなかったけど。

つづく。

*第1話 転入生とあたし*

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