エピローグ
エピローグ
ハート型の月から、柔らかい光が降り注ぐ夜。
月明かりに踊るのは、指先ほどの大きさの、羽付き妖精族シャロフィン。
陽気な彼らの身体は、夜の帳に唄を響かせるとき、金色に輝く。
ぽっ、ぽっ、ぽっ、と。
今宵もシャロフィンの光唄が、ソーヴァ大陸の夜を彩る中――。
ソーヴァの西南に位置する自由交易都市クフ、その外れのギーナンの森を縫う小道に、みっつの人影があった。
それにしても奇遇でしたな。まさか異世界でそなたと出会えるとは思わなんだ
頭に二本の角を持つ長身の影――魔王が明朗な声を響かせる。
その隣、長い髪をなびかせた影――女勇者が相槌を打つ。
本当ね。私たちふたり、あなたにはちゃんとお礼を言いたいと思っていたから、またお会いできてよかったわ
先を歩く小さな影――幼女天使が、ふたりの声を白翼の背で受け止める。
そこかしこで歌い踊る妖精シャロフィンを手にじゃれさせながら応じた。
全然よくないのよさ。召喚魔法陣に飛び込んでくるなんてありえない。よっぽど間抜けなのよさ
魔王と女勇者が面目なさげに肩を落とす。
まったく、気が気じゃなかったのよさ。仕事がうまくいかなかったら、あんたたちふたり、ドブズズにでも変えるところだったのよさ
ドブズズとは、下水道などに巣食う、手のひらサイズの齧歯モンスターだ。基本的に駆除の対象だ。
月光の中でも青ざめたのがわかる魔王と女勇者に、幼女天使は嘆息した。
冗談なのよさ。機転を利かせて、あんたらふたりはうまく一芝居うってくれたのよさ。あたしの考えた台本とは違ったけど、おかげで今回は楽をさせてもらったのよさ
胸をなでおろすふたり。魔王が気を取り直した様子で幼女天使に話しかける。
で、どうだったであろう、我の芝居は? ちょい悪風アプローチをしてみたが
魔王がちょい悪ってどうなのよさ
女勇者も声を上げる。
私はどうだったかしら? 私の言葉が、少しでもあの少年のしるべとなったらよいのだけれど
真面目か
鼻で笑う魔王。
真面目でなにが悪いのかしら? ちょい悪しか気取れない小物魔王よりずっとましだと思うけど
魔王を小物呼ばわりするな。この年増勇者め
あらあら言ったわね、封印されし禁忌の呪文を
なにが禁忌だこの年増
その呪文、詠唱者が勇者によって、もれなく八つ裂きにされる効果があるわ
詠唱者にデメリットだけの呪文って……
とりあえず二回唱えたから、二十四裂きにするわ
いや二回なら十六裂きではないか?
サービスよ
詠唱者にまったくうれしくないサービスって……
問答無用
剣を抜く女勇者。
ふんっ、よかろう。古今東西、最凶・最悪の恐怖の象徴であり続ける魔王の、大物パワーを見せてくれるわ
両手に、紅蓮の魔法魂を生じさせる魔王。
睨みあうふたりの視線が火花を散らす。
そこに幼女天使の冷淡な声。
なんだかふたりを、ゴキブンに変えたくなってきたのよさ
ゴキブンとは、ドブズズよりもさらに小さい蟲型モンスターだ。思いっきり駆除の対象だ。
ふたりの間に激しく瞬いていた火花は、シュンッと消えた。
あわてて剣を鞘に収める女勇者と、魔法魂を消失させる魔王。
幼女天使の蔑視が容赦なくふたりに向けられる。
あんたらが目の前で喧嘩すると、あたしがあんたらにした仕事をバカにされてる気がするのよさ
その言葉に魔王と女勇者がハッとする。
それは誤解。まったくの誤解だ。そなたの偉業にはこの世界の誰もが感謝しておる。中でも我々はとくに
それは本当よ。あなたがいなかったら、私と魔王がこうしてともにいる今もなかった。それはつまり、この世界に平和が訪れなかったということだもの
魔王が遠い目をして言う。
我が率いる魔族勢力と勇者率いる人間勢力、その最終戦争間近と言われたあの頃。たとえどちらが勝っても、その戦禍によってこの世界は滅びゆく運命だった
女勇者が魔王の腕に自分の腕を絡ませる。
そんなときにあなたは現れ、私と魔王を愛の奇跡で結んでくれた。その結果戦争が回避できたのだから、すべてあなたのおかげだわ
あらためて礼を――
心からの感謝を――
ふたりの声が仲良く重なった。
『――この世界を救った英雄王殿に』
恭しく頭を垂れる魔王と女勇者の前で、幼女天使は顔をしかめた。
その呼び方やめてほしいのよさ。背中がぞわぞわするし、だいいちかわいくないのよさ
幼女天使は心底嫌そうにふたりに背を向け、それから顔だけ振り返った。
ああ、今気づいたのよさ。あんたたちの喧嘩……
幼女天使の冷ややかな視線が、魔王と女勇者の絡めた腕に注がれる。
そういうプレイなら先に言ってほしいのよさ。アホらし、やらし
!……
女勇者が赤面し、魔王が不自然に高笑いする。
幼女天使はため息をつき、
翼をはためかせた。
白い羽が一片ひらりと舞い落ち、月影に淡く灯る。
軽やかに飛び上がった幼女天使に、魔王が声を掛けた。
もう行かれるのか?
行くのよさ。恋するものの背中を押すのがあたしの仕事。そのためなら異世界にだってどこにだって行くのよさ
さらに高く上昇し、彼方のハート形の月と重なる幼女天使。
女勇者が名残惜しげに呼びかけた。
さよなら。またいつか英雄王殿
だ~か~ら~
幼女天使が空中で身をひるがえらせ、地上を見下ろす。
その呼び方は嫌なのよさ。あたしにはちゃ~んと、キューピッドって名前があるのよさ
妖精シャロフィンの光唄が、星のきらめきと響きあう中――。
恋のキューピッドは、恋を叶えたいと願う誰かの元へ、飛び去った。
おしまい