まゆぴー

おにいちゃん!!!

その「おにいちゃん」はあまりにも野太い声だった。

大豪田ジャギ松

我が聖☆漢工業高校に君臨する闇の帝王。
人類の範疇から逸脱するかのような身長と体躯。
分厚い胸板。
筋肉で隆起した太い腕。
男らしさをアピールするかのように激しく渦を作る自己主張の激しい眉。
まさに漢。
その大豪田が……

女になった

一応言うけど、俺は狂ってはいないからな!

狂っているのはこの世界だ。
西暦2015年。
世界は妹の炎に包まれた。
というかほぼ絶滅した。

その原因は、ある病が人類の雄つまり世の男性を襲った。

その病は……

全身性変質妹化症候群

別名 妹病

その病気に罹患したものは、男の証である三つの至宝であるゴールデンボウル二つとメンズキャノンが消滅。
三つの至宝が消滅してから一ヶ月ほどで男子としてのアイデンティティは崩壊。
徐々に妹属性に目覚めていくのだ。

誰の妹になるんだって?

その辺にいた気に入った男の妹になるのだ。
まあ、その男自体がほぼ絶滅しているのでしわ寄せが全て俺の方に来るんだけどな!

……大豪田も例外では無かった。
主砲、弾倉、弾倉の男の子の三つの至宝は消滅。
身長は縮み、全体的に細い体系になった。
眉毛は太眉という範疇に収まるようになり、ワックスも使わないのに逆立っていた髪の毛はゆるふわな茶髪になった。
声だけはまだ変化の途中である。

まゆぴー

おにいちゃん! まゆぴーね。今日お弁当作ってきたんだ♪

まゆぴー(笑)がそう言った。
大豪田は女体化してから真由と名乗っているのだ。
「お前ジャギ松だろが」とツッコミは入れない。
古代中国から一子相伝で伝わる暗殺拳で抹殺されるからな!

つうか悪夢ならさっさと覚めてくれ。
俺からのお願いだ。

しかたなく俺は調子を合わせる。
命が惜しいからだ。

黒川 千里

真由のお弁当はおいしいからな(棒)

まゆぴー

うふふ。おにいちゃん。大好き♪

繊細な俺の神経への過大なストレスのせいで、臓物の奥から酸性の液体が喉に逆流してきた。
誰かマジで助けて。
だがこの程度はまだまだ序の口なのだ。

じゅんじゅん

おにいちゃん!!!

俺たちが学校の校門に入ると明るい女の子の声が聞こえてきた。
『リア充爆発しろ!』だって?
ざけんな死ね。マジで死ね。
一〇八回死んで生まれ変わってくるな!
輪廻から消滅しろ!

なにお前キレてんの?
だって?

あのな、ここ聖☆漢工業高校は……

男子校だ。

もう一度言う。

男子校だ。

野郎しかいないはずなんだ。
つまりこいつも元男子だ。
しかも俺は元の姿知ってるんだよ!

お兄ちゃん

おはよう
(訳:殺さないでください)

すっかり負け犬になった俺が命乞いをする。
言っておくが、コイツら全員ボスキャラだからな!
俺みたいなモブが勝てるわけがない。

じゅんじゅん

ジュンね。ジュンね。おにいちゃんを待ってたの!

なにこの威風堂々としたカツアゲ宣言。
体育館裏へご招待?

以前だったらそう考えたに違いない。
今でもそう考えてはいるが、相手の目的は財布ではない。

今目の前にいるのは、ぴょこぴょこと動く小動物だ。
ジュン。
本名、ジャック本郷。
ボクシング部主将。
フラッシュだのマッハだのメガトンだのという毎回違う必殺技で全ての試合に勝利した最強のボクサーだ。
つかてめえらなんで微妙に名前のセンスが古いんだよ!!!
親の世代のネームセンスだよな!!!
オイコラ責任者出てこい!!!
だが声には出さない。
岩をも砕く新必殺技で抹殺されるからな!

じゅんじゅん

お兄ちゃん一緒に学校行こう♪

やはりヤツの目的は財布ではなかった……

あーマジでこの世界滅びねえかな……
いきなり氷河期くるんよ。
んで全員凍死。
俺だけ生き残るの。

そう思いながらも俺は妹(笑)どもに笑いかける。
もちろん愛想笑いだ。
命が惜しいからな。

黒川 千里

ウワーイ ウレイシイナー(片言)

俺はなぜかカタコトの日本語で心にもないことを言った。
こうして俺が休む間もなく心の中だけでツッコミをするのが朝の恒例行事になっている。
でも二人だけだ。
まだ死亡確認☆にはいたらない。
そうまだ死なないのだ。
それに、まゆぴー(笑)は三年だ。
……年上の妹って何?
なにその狂ったジャンル。
俺全然わからない。
まあいいや。(思考停止)
朝さえ乗り切れば大丈夫だ。
年上の妹が教室帰って妹が一人減るし。

そう思ってた時期が俺にもありました。

お兄ちゃん!!!

俺が教室に入るといくつもの甲高い声が聞こえてきた。
どいつもこいつも妹だ。

黒川 千里

ピクピク。

俺の口元がひくつく。

黒川 千里

あ、悪夢だ。

あのな、こいつら一見すると美少女の集団だけど、みんな元は汚い男子学生だからな。
もうすでに忘れているかもしれないがここは男子校だ。
男子校だからね!!!

それも関東で、いや日本でも屈指のバカ学校だ。
日本全国から故郷を追い出された超高高級のバカが集まっているのだ。
ヤンキーとかヤンキーとか漢とか戦国武将しかいないんだからね!
み、みんなのことなんて好きじゃないんだからね!!!

黒川 千里

心の底からマジでみんな死ねばいいと思ってます。

こいつら漢字で自分の名前が書けないのに古代中国の暗殺拳とか使えるのよ。
見た目も、元はそり上げた頭に「殺」とタトゥーを入れてるヤツとか、戦国武将のような立派なヒゲがあるオッサンにしか見えないヤツとか……
うらやましいところなんてなにもないからな!!!

黒川 千里

あーみんな死ねばいいのに。
隕石降ってきてみんな死なねえかなあ。

あ、俺だけ無事な感じで

こんな目に遭うくらいなら俺も妹病にかかればよかったー!!!
なぜ俺だけ病気にかからないんじゃあああッ!!!

そう。
俺は妹病に感染していない。
生まれながらに耐性を持っているのだ。
現在、日本には俺と同じように病気に罹患しなかった1000人の男が残っている。

つまり……

俺以外全員妹なのだ!!!

黒川 千里

うわああああああああああんッ!!!

俺は声にならない悲鳴を上げる。
それが俺の日課だった。

教室に誰かが入ってきた音がした。

りんりん

どうしたんだい? 兄さん

俺が絶望に打ちひしがれていると
教室に入ってきたゴスロリの女の子が俺に話しかけてきた。
少女漫画に出てきそうなキャラだ。
悪役で。

制服?
気にしたら負けだと思うんだ。

ちなみに彼女こそ俺の命がデンジャーな原因を作っている女なのだ。

さて……こいつは林(はやし)りん。
超適当な名前のコイツはお嬢様……という設定になっている。

埼玉県越谷市生まれで男のときの名前は

筋袋玉三郎

なのは気にしたら負けだ。

男時代にからかったヤツが三人ほど行方不明になっている。
怖いから俺も触らない。

「命を大事に」

これ一番重要。
特に闇系のボスキャラを相手にするときは。

筋袋玉三郎ではなく、りんはやたら最終奥義がある暗殺拳の使い手で元はイケメン細マッチョ。
以前は全男子高校生の敵だった。
リア充爆発しろ!!!
特に理由もなくムカついた俺はジト目でリンを見る。

りんりん

兄さん……その熱い視線……とうとうボクの愛を受け入れてくれたんだね……

おいなにそのいい顔!
脳みそわいてんのか?
心の中で毒づいた俺の顔の前にシュッと何かが突きつけられた。
ナイフだ。

りんりん

今、兄さん『ねえよ。バカ死ねよ。このクソビッチって思ったでしょ?

黒川 千里

そこまで思ってねえ!

りんりん

あはは。全部あの女が悪いんだよ……

黒川 千里

あの女って誰?

りんりん

あの女がボクの兄さんに馴れ馴れしくするから!

おーい。勝手に進むな!
俺はお前ら変な生物以外にモテたことねえぞ。
モテたこと……(死にたくなった)

りんりん

「許さない許さない許さない……」

黒川 千里

おーい! 戻ってこーい。

りんりん

……そうだ!
悪い兄さんには罰を与えないとね。
大丈夫痛いのは一瞬だから

そう言うとヤンデレ妹(絶望)がナイフを振り下ろした。

黒川 千里

ふんが!!!


俺は必死になってよける。
ナイフは俺の机に深々と突き刺さった。
元男でゴスロリの美少女でヤンデレ。
なんというハードモード。
すでに俺のSAN値は限界を迎えていた。

じゅんじゅん

あー! リンちゃんずるい!

ジュンがそう言った。
なぜか手にはトゲ突きメリケンサック。

まゆぴー

ふおおおおッ!

真由の方は暗殺拳の呼吸法をはじめた。

ちょっと待て。
なんで三年のお前がいる?

たぶん気にしたら負けだ。
つうか、お前ら俺を殺す気だな。

黒川 千里

てめえらざけんな!!!

死の危険を察した俺がとうとうキレた。
なぜかって?

命が惜しいからだ!!!

ここで止めないと俺が死ぬ。
主に物理的に。

じゅんじゅん

ふええええええええ……


泣き声が聞こえた。
クラス三十名全員残さず涙目。
……あっれー?
反応がおかしい。
このクラス、元は半殺し程度なら笑い話で終わりのはずだよな?

うひゃひゃー。XXが白目剥いてるぜー!


って感じで。
それが俺がキレただけでなにこの反応。

まゆぴー

お兄ちゃ……


はあ……なんすか?

兄様……


はいはい。

にいにい


はいな?

にいちゃま


ほいほい

妹?

兄貴

今なんか変なの混ざってなかったか?
と疑問に思った俺がみんなの方を見た。

ズゴゴゴゴゴゴゴ!!!

あれ? なんかおかしくね?
ズゴゴってなによ?
なんか殺気とかがビシバシ飛んでるんすけど……
いやマジで……

まゆぴー

「バカぁーッ!

まあアレだ。
気功弾とか新必殺ブローとかナイフとかな。
空中コンボ。
バレーボールのように空中を飛んでいく俺。
もちろん俺汁を吹き出しながら。
あ、下ネタじゃない方な。
出すと死ぬヤツ。
俺ホントいつか死ぬな。

あれ?
窓割れたんじゃね?
っつーことはアレだ。

ここ二階な。

そのまま重力でフリーフォール。

おお、「ああああ」よ。
しんでしまうとはなにごとじゃ。

まゆぴー

お兄ちゃん


もう妹はこりごりです。

まゆぴー

うわああああん! お兄ちゃん。……起きて-!!!


あー。そっか。
全部夢か……
夢オチって素晴らしいな。
夢オチ最高!
ヒャッホー!!!

まゆぴー

こうなったら、お兄ちゃんの胸に手を突っ込んで直接心臓マッサージを……


なんか聞こえたけど全部幻聴に違いない。
げんちょーうーでーすー!!!
うん。誰にも相手にされない村人Aでいいんだ。
回り全部、変な生物に囲まれてるよりは……

まゆぴー

兄さんのいない世界なんて滅ぼしてくれる


ちょっと待てい!!!
俺がムリヤリ目を開けるとリンが、ナイフを持っていた。
もちろんレイプ目になって人の話を聞かないモードだ。
そこは保健室だった。
どうやら俺は二階から落ちてここに運ばれたらしい。
あれだけ血を流したのに死にそうな感じは全くない。
連中に付き合ったせいだろうか?
体が頑丈になってきているような気がする。
話を元に戻そう。
部屋で俺を心配そうに見ているのは、まゆぴー(笑)、ジュン(笑)、リン(絶望)だ。
リンだけ何かが違うのは俺の神経のためにスルーだ。

黒川 千里

殺さないでください(震え声)


俺は命乞いをする。
だって死にたくないもん。

りんりん

嫌だなあ。殺したりなんかしないよ。ただボクだけを見てくれるように地下室に……

黒川 千里

怖いわ!

じゅんじゅん

ジュンはお兄ちゃんの子どもが欲しいな

どさくさまぎれになに言ってんの?
絶対イヤだ。

まゆぴー

まゆぴーもお兄ちゃん大好き


大好きな相手にこの仕打ち。
お前ら小学生に戻って「人を殺しちゃいけません」からやり直せ。
キレながら呪詛の言葉を脳内で再生しまくる俺。
そんな俺にまゆぴーが笑顔で話しかける。

まゆぴー

あのね。みんなも心配してるよ♪

みんな?

おい待て。

みんな?

お兄ちゃん!!!

そこには百名を超える妹たち。
うれしい?
どこが?

つうか半分以上年上だよな!
つうか先公までいやがる。
お前らは断じて妹じゃねえ!
見た目が少女だからって何しても許されると思うなよ! 年考えろ!
なんかオラだんだんムカついてきたぞ。

お兄ちゃん

お前らザケッ……
ひぎゃああああああああッ!

妹たちが俺に群がる。
なにこのホラー。
俺はたぶんこの先長くないだろう。
近い将来、妹たちに殺されるだろう。
コメディ補正で死なないような気もするけどな!

だからこれだけは言っておく。
ハーレムを欲しがってるてめえらへ。

ふざけんな!
ほとんどの男は一人でも持て余してるんだよ!!!
わかれよ! な?
つかこんなハーレムいらねえだろ?

まゆぴー

おにいちゃんだーい好き!

黒川 千里

ざけん……

そこで俺の意識は途絶えた。

おお、ああああよ。
しんでしまうとはなにごとじゃ。

あ……でもみんな心配はいらないから。
まだ死んでねえし。
どうせ謎のギャグ補正で朝には元通りだ。

こうして俺の平凡かつ地獄のような一日が終わった。

黒川 千里

……平凡ってなんだろうな(震え声)

こうして俺の苦悩は永遠に続くのだ。

これは病気の耐性を持ってしまったため妹になり損なった、俺こと黒川(くろかわ)千里(せんり)とラスボス級妹たちとの戦いの記録である。

第一話 聖☆漢工業高校の一日

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