夜を知らない街アウルシティ

光の洪水の片隅に建つそのビルの
一室では保険調査員であるモニカ
・ハリードが頭を悩ませていた

……はぁ〜……

連日の寝不足が祟り、さしもの
有能な調査員もそろそろ限界に
達しようとしていた

しかし、絶え間なく襲ってくる
眠気と疲労を意志の力で何とか
抑え込む

通知は……きてないわね
神よ、どうか今夜も乗り
越えられますように

調査報告書へ目を走らせる
合間にモニカの視線は個人
用の携帯端末へと注がれて
いた

ハッ!?

不穏な物音に気づいた時は
すでに遅く、濃厚な気配が
彼女の背後まで迫っていた

こんばんは

……どちら様?
悪いんだけど、キチンと
アポイントを取って昼間
に出直して下さらない?

どうやって当ビルの警備
システムをかいくぐって
きたかは知らないけれど
この警報ブザーを押せば
あなたに二度目の幸運は
訪れないわよ?

場合によっては身の危険すら
伴う保険会社の調査部門に属
しているだけあって、モニカ
というこの女性は並々ならぬ
度胸の持ち主であった

そいつぁ勘弁
してくれ

正規の手続きを踏まない
入り方は謝る。だがよ、
誰かが俺をここへ呼んだ
ような気がしてなぁ

……っ!?

暗がりから現れた男の正体に
すぐさま思い当たり、モニカ
はハッと息を飲んだ

あんた……いえ、
あなたは……

“夜の解決屋”
ザム・ドレヴァー

ふん? 一発で言い当てる
たぁ、アンタが優秀なのか
俺がそんだけ有名人なのか

その両方でしょうね
……ところで

モニカは自分用のコーヒーを
淹れ直すついでに招かれざる
客人の分も注ぐと、ズキズキ
とにぶく痛む瞼を揉みながら
問いかけた

あなたがここへ侵入した
経路になど興味はないし
、あなたほどの有名人が
まったくの初対面であり
、一般人の私にわざわざ
危害を加えにきたはずも
ない。そうでしょ?

ん〜?
かもなぁ

こういったやり取りには
たいして興味がないのだ
ろう

ドレヴァーは湯気の立つ
珈琲カップのほうへ注意
を向けている

オーケィ
わかったわ

モニカはお手上げのポーズ
を取ると、彼がここへ来た
理由を口にした

ドレヴァーさん。あなたは
我がモール保険会社のどの
案件を解決しにきてくれた
のかしら?

夜にのみ現れ、夜が明ける
までのあいだに個人・企業
問わず、人々が抱える様々
な問題を解決する謎の男

アウルシティの108不思議
にも数えられる生きた都市
伝説

彼が首を突っ込んできたら
拒まず、疑わず、すべてを
委ねろーー

それがザム・ドレヴァーと
いう存在なのであった

話がはえぇのはこちらと
しても助かる
夜は短い。互いが寝不足
にならねぇためにも迅速
にやっつけちまおうや

おぅ、それだそれだ

俺のアンテナにビビッと
きたのはアンタの手元の
ファイルとPC画面に展開
されてる、正にその案件
だよ

パソコンの画面にはガランとした
印象の室内が映し出されていた

注釈を読まずともそれが何らかの
事件の起きた現場であるのは一目
瞭然だった

壁や床に飛び散った夥しい流血の
跡ーー
画面下のほうに小さく表示されて
いる顔画像が被害者だろうか

スラム出身の歌姫ミリゼル

確かシティ1の歌謡ホール
月光石宮殿でのデビューが
決まったばかりだったな

……っっ

驚きに目を丸くするモニカ
は一瞬だけ詮索したそうな
素振りを見せたが、即座に
思い直したらしく、無言で
首肯する

五日前に安アパートの自室
で刺し殺されていた彼女は
自身に相当な額の生命保険
をかけていた
……老いた母親と、飼い猫に
遺すために。そうだな?

……ええ

そしてモニカ・ハリード
アンタは彼女の担当では
ねぇはずだが? なぜに
連日連夜、仕事を終えた
後に首を突っ込んでる?

モニカは手元の携帯にチラリと
視線を落としてから渋々答えた

……幼なじみだった
のよ。ミリィと私
は同じスラムの出

運良くスラムから出られて
お互いに違う道を歩んで、
それなりに満足いく結果に
なった。ううん、あの子の
抱く理想はまだまだこんな
ものじゃなかったはずーー

それなのに夢半ばで命を
奪われて、元から心臓の
弱かったミリィの母親は
失意のあまり、現在は死
の淵にいる!

……失礼
思わず声を荒げて
しまったわ

とにかく、いつ急変の連絡
がきてもおかしくないの
だから私は誰よりも早く、
警察や同僚よりも早く犯人
を突き止めて、おばさんの
最期を安らげたいのよ

胸に抱えたフォルダー
を投げ捨て頭を抱える
モニカ

押し隠していた無念が
雫となって頬をつたう

何で? 何でこんな
ことになるのよ?

ミリィは久々に張り切って
いた。今月中にアパートを
引き払って飼い猫のシシー
とママと同居するのよって
すべてをリセットしてやり
直すんだって……!

その矢先にこれよ!
悔しい! 悔しい!

なるほどな
りょーかい

ドレヴァーは床に叩きつけ
られたフォルダーをひろい
上げると、唇を噛んだまま
のモニカに手渡した

あ、ありがとう

俺の頭にある膨大な情報
とアンタの資料があれば
朝までにはまぁどうにか
なるんじゃねぇかな?

軽いな! こいつを
信用していいのか?

ところでさっきから
ずーっと気になって
いたんだがよ……

これナニ? と示した
ドレヴァーの指先には
ふくよかで愛くるしい
動物の画像があった

ああ!

モニカの渋面と緊張が
たちまちほころぶ

可愛いでしょ? この子は
ジョセフといって、普段は
警官をしている猫なのよ

続いてジョセフの出演作品
(アニメ)を教えて貰っても
そういう方面に疎い解決屋
はあまりピンときていない
ようだった

被害者がこのアニメ作品の、
とりわけジョセフの大ファン
でこの画像は限定品のポスト
カードを写したものなのだと
いう

これは元カレからプレゼント
。あんなクズ野郎から貰った
ものなんて捨てなさいよとは
言ったんだけど……

ラリー・リーゲル
歌姫のいわゆるヒモだった
男か。そして本件の容疑者
のひとりでもあるな

奪えるもんを奪い尽くして
いったんは彼女を手放した
ものの、性懲りもなくヨリ
を戻そうとアパート周辺を
ウロついてたところを何度
も目撃されている……

…………
耳にタコでしょう
けど言わせて?

ウワサに聞くとおり、
あなたの才能ーー
全てを網羅する記憶力
と、とんでもない情報
収集力はまるでシティ
の神様みたいじゃない

ンなことねぇさ。俺の
頭をすり抜けてる情報
なんざいくらでもある
……ジョセフもその内の
ひとつだな

……だが、しっかり
と覚えたぜ
今度アニメも観て
みっかな。くくっ

ン? 何だこりゃ

カチッ

カチカチ

マウスをクリックして
いくと、タキシードで
粋にキメたジョセフが
表れたではないか

ドレヴァーはさすがに
首をかしげている

ジョセフの別バージョン?
いや、案外双子だったり?

ふふっ

ジョセフは実はね……
ネタバレしちゃうと
汚職警官なのよ。で、
この姿は彼の裏の顔
ってわけ!

ふーん? そりゃまた
リアルな設定なこって

この二枚目なんかも
なかなかゴージャス
じゃねぇか。やっぱ
ポストカードか?

鋭いわね……

そう。こっちはまた
別な人間からの善意
であるはずの贈り物
ーー

ああーー

ダラス・パワーか……
アパートのあるC地区交番
詰めの、数ヶ月ほど前から
ストーカー被害を訴えてた
ミリゼルの相談役も務めて
いた実直な男だ

よくご存知ね。このカード
はミリィがジョセフ好きで
あることを知ったパワーが
こっそりプレゼントしたの
……自分の息子が二枚当てた
からと言って

遺体の第一発見者も
彼だったな

その日は非番だったに
もかかわらず胸騒ぎが
したという、それだけ
の理由で、アパートを
訪れている

モニカは残念そうに
肩をすくめてみせた

その事実に加え、カード
をくれたのが捜査官たち
の心証を最悪にしたの

あと、決め手はこの
映像ね。見て頂戴

見せられたのは監視カメラの
映像を引き伸ばしてプリント
アウトしたものだった

C地区は貧困層の多いエリア
なせいか監視カメラが極端に
少ないそうで、これは奇跡的
に映っていた一枚を入手した
のだという

日付けは事件当日。時刻は
死亡推定時刻の一時間前

塀向こうには制帽が鮮明に
映っている

これは……C地区ガストン
ストリートのレストラン
「アドリア」の塀だな
あそこは海鮮系が美味ぇ
んだ。肉系は汚物だが

すご……塀まで記憶
してるんだ……!?

この日は表通りが大規模
な道路工事中でね
たまたま迂回したところ
が映っていたらしいわ

皮肉にも警官の象徴が
決め手となり、我らが
パワーは容疑者入りか

そういうこと

パワーはミリィに職務を
逸脱した想いを抱き事に
及ぼうとしたのだろうと

でもって邪な想いを
遂げるのに失敗して
の口封じ……ね

非番なのにわざわざ
制服に着替えて訪問
したのかよ?

被害者に不信感を
抱かせないように
するため……っての
が当局の見解よ

通報時は彼、私服だった
とのことだけど返り血を
浴びた制服はそのまえに
廃棄したのではないかと
見なされている

少なくとも私はその
シナリオに納得して
いないけどね

ミリィが生前言って
いたわ。「この大きな
警官さんは信用できる」
ってね

この大きな警官
さん“は”か……

視線を下へ向けた拍子に、
フォルダーから抜け落ちた
一枚のファイルに気付く

おい、ここに
一枚あるぞ

ありがと! 入力中の
ファイルを叩きつける
なんてほーんと直情的
なんだから私ってば

ん? ちょい待ち

ファイルを差し出した
手が止まる

ダミ・グリファン……?

あっと、三人目の容疑者
なのよその子

事件後に出頭してきた
オタクボーイなの
アニメとジャパニーズ
コミックが大好きな

…………

街で見かけたミリィに
一目惚れして後をつけ
回したりしていたけど
殺されたと聞いた途端
にブルッて出頭

ストーキングの裏付けも
取れているわ。そう悪質
でもないけれどーー

ーーいえ、哀れなミリィに
とっては日々が恐怖の連続
だった。だから彼女は引越
しを決意したんだもの

……盗聴器は?

は?

盗聴器。むろん仕掛けて
あったんだろ?

そいつで母親との同居が
決まったことを知り、手
を出し辛くなると踏んで
の突発的な凶行だろうし

「えっと。ここと……こことここね」

言いながらモニカが差し出してきた
ファイルには室内の簡単な見取り図
が描かれており、三箇所に赤マルが
付けられていた

三箇所とも玄関付近か
パワーのプロフィール
にゃ、「機械いじりが
苦手」とあったが……

待って。それでパワーを
除外してしまうのは少々
早計じゃないかしら?

盗聴器はごく単純な
作りの安物らしいわ
機械オンチでも楽々
取り付けられる

……だよなぁ

ドレヴァーはあっさり
認めると、次の質問に
移った

ちなみに元カレーー
ラリーの奴は合鍵を?

……持っていたわ
勝手に作ったヤツをね

盗聴器について訊かれた
際に、あのドクズはこう
答えたんですって

『いつだってミリゼルのベッドに
潜り込める立場にある俺がセコい
盗聴器なんざ付けるかよ!』

「ーーが、あの野郎の言い分ね。
それを聞いた瞬間、今すぐ屠りに
いってやろうかと本気で悩んだわ」

モニカのこめかみには激怒による
血管が浮きまくっていた

ふぅ……

モニカは肩をポキポキ鳴らすと
おもむろに立ち上がった

ごめんなさい。ちょっと
疲労が溜まっているよう
だから向こうのラウンジ
で軽くストレッチして、
コーヒー淹れてくるわ

お〜。いってら

パソコン画面に釘付けになって
いるドレヴァーを残し、モニカ
はひとりラウンジへと向かう

ーーラウンジ一面に嵌められた
窓ガラスの向こう側に見える空
はまだ暗い

けれども時刻的にはあと二時間
ほどで夜明けを迎えるだろうし
それから更に一時間もすれば、
早出勤の者たちが次から次へと
すがたを現すだろう

それまでに生ける都市伝説
はミリィの死を解明できる
のか……? お手並み拝見ね

おーい、ハリード

やけにはきはきした声が
オフィスから飛んでくる

はぁーい?

あなたもコーヒーのおかわり
などいかが?

と言いかけるのを遮るように
ドレヴァーは続ける

アンタの資料にゃ一切の
無駄がねぇーーってこと
は、キュートなファット
キャットも意味ある押収
ブツってこったろ?

……あぁ……

あれは……ミリィのいわゆる
ダイイングメッセージなの

…………
教えてくれ

二枚のポストカードは
死者の右手に重なって
握られていた

警官ジョセフが上
裏顔ジョセフが下
順序に意味があるかは
わからないーー

しかしーー粗末な飾り棚の上に
大切そうに飾られていたそれら
を、わざわざ最期の力をしぼり
出してつかみ、握りながら彼女
は死んでいったのだ

正しく命がけの行為が殺人者を
示すメッセージ以外であるわけ
がない。と現場の誰もが思った

警官を示しているの
なら犯人はパワー

単純にカードをくれた者を
示すならラリーかパワー

けど、2枚1セットで
考えるとなるとーー

ああ、なるほどな
もう悩まんでもいいぞ
犯人はわかったから

ゲッホ!?!?

〜解明編〜に続く

夜事件〜検証編〜

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