健は岬の突端に立ち、そろそろ
暮れなずんできた空を指さす

千駄木幸治

け、健ちゃん危ないよ?
あまりそっちへ行かない
ほうが……

千代

健ちゃんはここへは
何十回も来てるし、
もう慣れっこだから
平気平気

千駄木幸治

あ、そう?

千代

健ちゃんたら気を使って
くれたんだね。ゴメンね
ところで何のおはなしを
してくれるの?

健ちゃん

ニコリ

健はこちらを向いてほほ笑むと
しっかりした口調でよどみなく
語り出したーー

それは島に伝わる海の彼方
の物語

この岬から飛び降りて太陽
を目指して泳いでゆくと、
必ずやあまくに、すなわち
黄金色に輝く天国へと辿り
着けるのだという

千代

へーっ!? そんな
伝説はじめて聞いた

千駄木幸治

これだけの高さがある岬
から飛び降りた段階で、
太陽のほうへ自力で泳ぐ
のはほぼ不可能と思うが
……ロマンのある話だね

コトン

天道稀馬

島名の由来となった
古い古い伝承ですね
あ、皆さんホットな
ヒーコをどうぞ

千駄木幸治

あ、稀馬さん。どうも
すみませんね。ヒーコ
いただきます

千代

稀馬様のヒーコ
いただきます!

健ちゃん

いただきます
……にがっ!?

コトン

天道稀馬

苦いの苦手な健ちゃん
はこっちの飲むピザに
するといい

千駄木幸治

チョイスがおかしく
ない?

どっさり

天道稀馬

小腹も減っているでしょう
から、名産のひとつである
蟹脚のポーションも買って
きました。召し上がれ

千駄木幸治

この気づかいと味の組み
合わせが破滅的なまでに
ズレているところが凄く
惜しまれるよなぁ……

千駄木幸治

缶と蟹の殻、捨てて
きました。ーーあれ
千代ちゃんたちは?

天道稀馬

ありがとうございます
いま、健ちゃんと一緒
に手を洗いにトイレへ

千駄木幸治

…………

千駄木幸治

あの、先ほどの伝承に
ついてなんですがーー

天道稀馬

千代から聞きました。彼が
自発的に話してくれたんだ
そうですね。珍しいことも
あるものだな、と

天道稀馬

この島はじつは江戸の頃
流刑地だったそうです
ついに許されず故郷への
渇望を抱いて命尽きる者
も多かったことでしょう

天道稀馬

魂となって島から出て
初めて救われる
そんな思いから人為的
に作られた伝承らしい
ですよ?

千駄木幸治

へぇ……健ちゃんはまだ
若いのにそこまで遡る
話をよく知ってました
ねぇ!

天道稀馬

……親から聞かされた
のだと思います
彼の母親がこの島の
出身ですから

天道稀馬

外に出ていた彼女の訃報が
役場に届きましてね。それ
を耳にした親父がこれも縁
だと、残された健ちゃんを
雑用役として雇ったんです

千駄木幸治

なるほど。……慈悲深い
良い方だったんですな、
稀馬さんのお父上は……

天道稀馬

強面に似合わぬお人好し
ではありましたね
金貸しと土地貸しという
家業のせいもあり、誤解
を招き恨みを買うことも
多々ありましたが……

千代

うひゃ〜だいぶ暗くなって
きちゃってるよ!?
健ちゃん早く早く、千駄木
さんたち待ちくたびれてる

健ちゃん

ちよちゃんごめんなさい
手ぇ洗ってふいてきた

千代

ゴメンね、別に怒ってる
わけじゃないんだよ?
さ、急いでレッツラGO

千代

そういえばさ、健ちゃん
さっきの伝説? 伝承?
は誰から教えてもらった
の? 初耳だよー

健ちゃん

……??

千代

さっきの! 天国の
お・は・な・し!

健ちゃん

ああ!

健ちゃん

おかーさん!!

千代

えっ

健ちゃん

わぁ

千代

っ!!

???

ふーぅ、やっとこさ道
らしい道に出られたぜ
暗くなってくると尚更
見えづらくって困らぁ

???

あー、悪ィねおふたりさん
別に怪しいもんじゃない、
ブラついてたら道をそれた
、ただそれだけの観光客さ

健ちゃん

え……おじさん、まいご
になっちゃったの?

???

ン〜?

千代

ーー健ちゃん
ダメッ!!

千代

コイツ絶対悪いヤツだよ
ほら、早く手つないで!
せーので逃げるよ!

せーのっ

???

あれ……あの男のほう……
どうも見覚えある気が
すんなぁ

???

……家探しついでに
追いかけてみるか

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