舌切り雀はたとえ羽ばたけなくとも
5話
舌切り雀は歌う何を叫んで
翼、もしかして、あれが、
与作の脳裏に閃くもの。
村に帰ってくる時、時折嫁の装いが変わっていたこと。
大切そうにつづらにしまった羽衣。
根拠はありません。ただ、動かなければすべて終わってしまう。そんな焦燥感が男を突き動かしました。
雀さん! あれが、あのつづらの中身が必要なんだろ! 私が取ってくる!
!……いけない、それは!
旦那さま、あのつづらに、あの「翼」に触れてはなりません!
あれは村を安定させるものなの。それを動かしたら、村は、あなた達は……!
なにやら女は止めようとしますが、すでに与作は走り去った後。
翼を切り離しているのか……? なぜ。
吐け! なぜだ!
いやああーーーー!
あたしが見つけたこの村……存在していてくれたことが奇跡…………でも……
彷徨う魂はずっとはとどまれない……こぼれて、消えていってしまう。
だからあたしは! 翼を村の安定に使った!
翼をあたしから切り離し、村に納めて原動力とする。
イノリの力の源である翼なら、魂たちをしばし留め、何気ない日常を送ることができる!
正気か!?
それだけのために、半身を切り離すような真似を!?
驚いたのもつかの間。
お陰で、楽にスパロウを始末できるわけか。
貴様の愚策に感謝だ!
大将! さっきの男はどうする!?
その翼を取りに行ったようだが……!
むろん、させぬ……!
だが、その前に村人共がどうするかだなあ?
あ……あ……?
貴様ら。腑抜けておってよいのか?
イノリが翼を取り戻すということ。
それはつまり、かろうじて存続を許されていたこの村が、命を終えるということ。今度こそ跡形もなく!
追わなくていいのかなぁ?
うあ……あ……
すでに頭はパンク状態。無理もありません。日常とかけ離れた状況に理解も心も追いつきません。
それでも。
足は、自然に向かう。与作の向かった方向へ。心も理解も追いつかなくても、「生きたい」という生存本能が。
魂だけの存在となっても。むしろ、そうなったからこそより強く、村人たちの体を突き動かしたのです。
うおおおおお!
ふぬぬうううううう!
おおおおおおああ!
フフォーー! なんと浅ましい村人共か!
そこの女より自分の命が大切というわけか? 偽物のくせに? 笑い草よ……!
はあ、はあ……このつづらが。
やめろ与作!!
それを開けたら!
み、みんな! どうして。
それを開けたら、私達は消えてしまうのよ!?
!?
それでも、雀さんは助かる……!
させん!!
押し問答をしているうちに、つづらに先に手を伸ばしのは、母親でした。
あがががががが……!
いけません! そうです、このつづらには罠がかかっていたのでした。与作にとっては仇にしかならない――
ががががが……次、頼む!
任せろおおおおおぉ!
ぎえええええ……!
村人たちは、代わる代わるつづらに触れ、罠に引っかかっていきます。
血迷ったんですか!? 何を……!
罠は、俺たちが引き受ける! お前は中身を嫁に持ってゆけ……!
ぐはっがああああああああ!
妨害しようとしていたのではありません! つづらを開けようとしていたのでした!
みんな! ま、まさか……!
あの子も村の一員。仲間を売るほど堕ちちゃいないわよ!
村人たちは次々につづらに挑み、力尽き横たわります。
あがががが……
そして、ついに。つづらは開きました。
やったーーーーーーー! 行け! 行け! 届けに行け早く……!
ありがとうみんな! 絶対に届ける!
それはなんと呼べばいいのでしょう。羽のような軽さ、しかして確かな存在感。触れた瞬間、まるで鼓動のように振動したように感じました。この世の何とも形容しがたいモノ。
待っていてくれ雀さん!
それを掴み、与作は走ります……!
はっ……はっ……
間に合うか……あっっ!?
翼は、ある程度のところまで来ると与作の手を離れひとりでに飛び立ちました。持ち主のところへ、一直線に……!
せっかく半身を切り離し、村を守っていたと言うのに。
最後はこの有様だ。ククク……
村人に裏切られ、無念のうちに死ね。
・ ・ ・
その時。
一面の光。まばゆくあたりを照らし、思考も、興奮も、全てかき消され。
はっ……? な、なんだ今のは?
た、大将、足元!
!?
いない! 先程まで踏みつけていた女は、忽然と姿を消していました。
全く。おバカな皆さんなんだから。
その声は、とても近く。
大将後ろだあああああ!
――――――
警告も虚しく間に合わず。首元めがけて放たれた閃光が、怪物の首をくびり落としました。
ぐおおおおおお!
許さん許さんぞおおおおお!
さあ次のお相手はどなたさまかしら♪
けど、面倒だから全部やっつけちゃう! ルンルン♪
翼をはためかせ、彼女は家の屋根の上に飛び上がりました。そして。
歌を、唄い始めました。
な、何だ!?
振動が……いかん!
耳をふさげ! 怪音波だ!!
だ、だめだ……耳を塞いでも……うぉ、うぉおおおおお!
イノリの最強たる所以はその身体能力ではありません。歌声。鬼にのみ効果を発揮し、逃れようのない死を与える。人間の、呪いにも似た信念のもとに開発されたその歌声こそが、鬼にとって最悪の災害だったのです。
眼前には苦悶の表情を浮かべ、事切れる鬼の死体が累々。
地獄絵図の中に響く歌声は、どこか哀愁を帯び。こんな状況でなければ聞く人の心を震わしたでしょう。
そう。例えば少し離れた彼らにもとに届いたときには。
歌……?
綺麗じゃの……
ああ、それになんか懐かしいような……
意識はおぼろ。彼女が翼を取り戻した以上、彼らは、村は存在を保つことが難しいのです。
うっすらと透けてゆく体。それでも彼らの表情はなんだか穏やかで……まどろむような。
歌……? 雀さん、やり遂げたのかな……
この男も例外ではありません。すでに立ち上がる力もなく。仰向けに崩れながら、ただ空を眺めていました。
旦那さま♡
そこに舞い降りた天使。
雀さん。よかった、無事だったんだね。
当然ですよ。あたし、したたかなんですからね。
そっと、男のそばに腰掛けます。
ねえ旦那さま。
突然ふらっとこの村にやってきたあたしを、最初に受けれてくれたのはあなたさまでしたよね。
……
言わないこともたくさんありました。迷惑もたくさんかけました。
いいさ……全部、私達を守るためだったんだろ……
それに……
それに?
本当の本当に、迷惑だったことなど一度でもあるものか。いつもその賑やかさに助けられてきたよ。
雀さん。
はい。
こんなこと、結を納めるときですら気恥ずかしくて言えなかったが……
愛している。
消えゆく存在の口から放たれたその言葉は、確かな音となって女の鼓膜を震わしました。
……あたしもです。
さっきの歌が聞きたいな……もう一度歌ってみせてくれ。
もうっっ子守唄ですか? 子供みたいな旦那さま。
いいですよ。歌ってあげましょう――
女は男のそばで。いつまでもいつまでも、時が終わるまでそうしていました――
続く