王子、抜け出す〈4〉
王子、抜け出す〈4〉
おばあちゃーん!おはよー!
時と場所は変わり、朝7時。ハルトが目指す小さな国。その小さな国の中でも一際こじんまりした、ヤカンのような形の家が建ち並ぶ住宅街……いや、村の集落。その集落の中で一番大きい畑を持つ家の主人に、三つ編み髪の少女はやってきた。
自分が目指すお坊さんになれば、身も心も不浄のものを取り祓うという理由で剃髪しなければいけない。でも彼女は、大好きな祖母と一緒のキャラメル色の髪が好きだったので、出来るだけギリギリまで髪は伸ばして置きたかった。だから、三つ編みにしてても髪は彼女の臀部あたりまである。
頭部には三角巾。目立たない色の質素な長袖シャツに、動きやすいモンペのような形のズボン。そして飾りっ気のないエプロンという出立ち。そして、鼻の上にはソバカスがあった。
17歳の同い年の女の子たちと並ぶと、どう見ても地味な彼女であったが、本人は全く気にしていない。
おやま、ヒマリ。今日は学校じゃ無かったかい?
平和すぎるこの村では、どの家でも夜中以外は玄関は開けっぱなしで、ヒマリは勝手知ったる祖母の家に普通に入って、居間を覗く。すると祖母が温かく出迎えてくれるのだ。
ううん、今日は開校記念日だから
あらま、そうだっけねぇ。おばあちゃんが行ってたの何十年も前だからねぇ、忘れちゃったよ
えへへ。洗濯物、これで全部?
あ〜、悪いけどねぇ、台所のタオルも変えとくれ。そう、それ
んじゃ洗ってきまーす
洗濯物は近くの川で洗濯板と石鹸とタライで行う。世には自動的に洗濯してくれる技術品があるようだが、彼女たちには関係のない代物だった。
んーっ、いい天気!
タライの中に、祖母が一人暮らししてる中で出た少ない洗濯物を詰めて、集落からほんの数十m離れた川へ行く。集落の裏手は小高い山になっていて、その山の頂上に水源はある。その水源が降りる途中に、水の恵みを分けてもらうように、集落が点々としているのだ。ヒマリの実家は、祖母の家から歩いて40分ほどの距離だが、山の裾辺りなだけであって、実質祖母が住んでいるところとそう大して生活は変わらない。
マカァナ様、今日も良い恵みをありがとうございます
歩きながら、祈りをこめる間だけ一瞬目を瞑る。パッと目を開けると、珍しい虫がヒマリの視界に入った。
瑠璃色の蝶……!あれ、珍しい!隣の国からのはぐれ蝶ね!
瑠璃色の蝶は、ユーグレア王族が治める、ヒマリが住む隣の国を象徴する蝶で、不思議とその隣の国でしか生息していない。この小高い山辺りはちょうど国境の近くなので、物凄くラッキーであれば、見ることができる。
ヒマリはつい、その蝶を追いかけて、川への道から外れて、ピンクの花が咲き連ねる方へと向かった。意外にも蝶はヒマリから逃げることなく、まるでついてきてほしいと言わんばかりに優雅に飛んだ。
〜♪
滅多に見れない綺麗な蝶に、ヒマリはニコニコしながらついていく。
30mほど進んだだろうか、蝶は疲れたのか、ヒラヒラと斜めに降りた。ヒマリはその蝶の動きに沿って目線を下へとずらす。
……!?
蝶が止まったのは、花ではなく、鼻であった。そう、人間の鼻。
人が……倒れてる!
一面の花畑の中にぽっちゃりとした青年が横たわっていたのだ。思わずヒマリは死んでいるのかと焦ったが、男は「むにゃ……」と言いながら、蝶が止まった鼻が痒かったのか、寝ぼけ眼で鼻をポリポリかきながら起き上がる。蝶はヒラヒラとどこかへ飛んでいった。
〈つづく〉