部室で珠來の話を聞いてから、
数日が経っていた。


珠來にどう接すればいいかわからない内に、
気づけば珠來は
俺を避けるようになってしまった。

中島 陽太(なかじま はるた)

(俺がオドオドしてるからだ。
こんなことじゃ駄目だ……)



授業に身も入らないまま、
ノートとにらめっこしていると……
手紙が回ってきた。

中島 陽太(なかじま はるた)

(この手紙……珠來からだ)



丁寧に折り込まれた手紙を開くと、
きれいな文字でこう書かれていた。

『陽太へ。
屋上で話があるから、
授業が終わったら来て。
珠來より』

中島 陽太(なかじま はるた)

(珠來!)



思わず珠來の方を振り向くと、
真剣な面持ちでこちらを見ていた。

来栖 珠來(くるす みらい)

…………

中島 陽太(なかじま はるた)

(話っていうと、
やっぱりこの間のことだよな。
授業が終わったらすぐに行くぞ!)

倉敷 沙穂(くらしき さほ)

はい、今日はここまで



終業の挨拶が終わると、
誰よりも早く教室を出て
屋上に続く階段を駆け上った。


屋上で待っていると、
少ししてから珠來がやって来た。

来栖 珠來(くるす みらい)

早かったわね

中島 陽太(なかじま はるた)

ああ……



どことなく緊張した様子で、
珠來がこちらに歩いて来る。

来栖 珠來(くるす みらい)

なんの話をしに来たか、
聞かないの?

中島 陽太(なかじま はるた)

別に……。
珠來が話したくなったら
言えばいいだろ

来栖 珠來(くるす みらい)

……ありがと

中島 陽太(なかじま はるた)

えっ?



驚いて珠來を見ると、
ほんの少し笑っているような気がした。

来栖 珠來(くるす みらい)

この前、
部室で話したこと
なんだけど……

中島 陽太(なかじま はるた)

あ、ああ

中島 陽太(なかじま はるた)

(やっぱりその話か。
華胡が言ってた通りに、
ただうなづいて話を聞かないと)

来栖 珠來(くるす みらい)

いきなり、あんな話をされても
アンタだって困るわよね

中島 陽太(なかじま はるた)

いや、そんな事は……

来栖 珠來(くるす みらい)

無理して
気を遣わなくていいのよ。
……全部、忘れて

中島 陽太(なかじま はるた)

……は?

中島 陽太(なかじま はるた)

今、なんて言った?

来栖 珠來(くるす みらい)

だから、この間話したこと……
全部忘れて欲しいって言ったのよ

来栖 珠來(くるす みらい)

落ち着いて考えたら、
あんな話をされても
アンタは迷惑なだけよね

中島 陽太(なかじま はるた)

迷惑なわけないだろう!
あれからずっと
心配してたんだぞ?

来栖 珠來(くるす みらい)

陽太がそこまで
考える必要ないのよ。
あれは私の問題なんだから

中島 陽太(なかじま はるた)

馬鹿なこと言うな!
じゃあ、俺に泣きながら
話したのは何だったんだよ!

来栖 珠來(くるす みらい)

えーと……。
じゃあ、アレは冗談

中島 陽太(なかじま はるた)

冗談……?

来栖 珠來(くるす みらい)

私と裕貴さんが付き合ってる
って勘違いしてたから、
からかっただけ

来栖 珠來(くるす みらい)

私が草むらから出てきたのも
日下部さんの見間違え。
私が合宿で泣いてたのだって、
別の理由で……

ホッ 

中島 陽太(なかじま はるた)

(なんだ、そうだったのか)

中島 陽太(なかじま はるた)

(いや、待て……。
何を安心してんだ俺は?
こんなの、どう考えても……)

中島 陽太(なかじま はるた)

そんなの、
嘘に決まってるだろ!

来栖 珠來(くるす みらい)

嘘……?
何言ってんのよ、私は……

中島 陽太(なかじま はるた)

そんな嘘をついちまったら、
お前はもう二度と
笑えなくなるんだぞ!?

来栖 珠來(くるす みらい)

笑えなくなるなんて……!
そんなひどいこと
言わないでよ……

来栖 珠來(くるす みらい)

私はただ……全部を
無かったことにしたいだけなのに、
どうして邪魔するの……?

中島 陽太(なかじま はるた)

無かったことにするくらいなら、
最初から泣くなよ

来栖 珠來(くるす みらい)

えっ……

中島 陽太(なかじま はるた)

我慢できなくて、
誰かに助けてもらいたくて
話したんだろ?

中島 陽太(なかじま はるた)

でも、珠來にとっての
誰かっていうのは……
裕貴さんじゃ無かったんだな?

来栖 珠來(くるす みらい)

馬鹿にしないでよ!
私が陽太に助けて欲しくて
泣いたっていうの?

来栖 珠來(くるす みらい)

アンタのそういう思い込みが
強くて上から目線な所、
昔から大嫌い!

来栖 珠來(くるす みらい)

島にいた頃だって、
アンタは……
勝手に私のケンカに
割り込んできて……



珠來は怒りながら、
ポロポロと涙をこぼし始めた。

中島 陽太(なかじま はるた)

おせっかいで悪かったな。
でも、お前の意地っ張りも
相当なもんだろ

華胡(かこ)

さっきから黙って
聞いておれば、
少し言いすぎではないのか?

中島 陽太(なかじま はるた)

(華胡は黙っててくれ!)

華胡(かこ)

むぅ……

来栖 珠來(くるす みらい)

意地っ張りでも、
なんとでも言いなさいよ……。
もう、私に構わないで

中島 陽太(なかじま はるた)

お前のことを
心配してる人間の気持ちも、
少しは考えろよ

中島 陽太(なかじま はるた)

この際だから言うけどな、
お前のせいで眠れなくなるのは
もうゴメンなんだよ

来栖 珠來(くるす みらい)

だったら、もう……
私のことなんか、
ほっとけばいいでしょ?



珠來は背中を向け、階段を下りようとした。


俺は腕を伸ばし、珠來の手を強くつかんだ。

来栖 珠來(くるす みらい)

!?

中島 陽太(なかじま はるた)

抱きしめようとしたら、
触るなと言って手は払われるし。
心配だと言ったら、
ほっとけと言われるし

中島 陽太(なかじま はるた)

苦しいことだらけなのに、
お前のことばっか考えちまうのは
なんでなんだよ……

来栖 珠來(くるす みらい)

陽太……



始業のベルが鳴っても、
珠來と見詰め合っていた。

来栖 珠來(くるす みらい)

ねえ……
授業が始まっちゃったわよ。
手、離しなさいよ

中島 陽太(なかじま はるた)

そんな鼻水垂らした顔で
教室に行くのかよ


珠來は慌てた様子でポケットから
手鏡を取り出して、
自分の顔を見た。

来栖 珠來(くるす みらい)

し、失礼ね!
鼻水なんか出てないわよ!

中島 陽太(なかじま はるた)

島にいた頃は、
ワンワン泣いて
鼻水垂らしてただろ

来栖 珠來(くるす みらい)

そ、そんなの覚えてないわよ。
もう子供じゃないんだから
鼻水なんて……

中島 陽太(なかじま はるた)

俺にとっては、
島にいた珠來も……
目の前にいる珠來も、一緒だ

来栖 珠來(くるす みらい)

違うわ……。
陽太が知ってる私は、
もうどこにもいないの……

中島 陽太(なかじま はるた)

それこそ違うな。
お前は何も変わっちゃいねぇ

中島 陽太(なかじま はるた)

いつまでも、
意地っ張りで自分勝手な
珠來のままなんだよ

来栖 珠來(くるす みらい)

はる……た……



珠來の大きくて綺麗な瞳が、揺れた。

来栖 珠來(くるす みらい)

ちょっとだけ……
ちょっとだけでいいの。
目をつぶってくれる?

中島 陽太(なかじま はるた)

目を……?



言われた通りに目をつぶり、
黙って立っていると……。


段々と、珠來の気配が近づいて来た。

中島 陽太(なかじま はるた)

(ま、まさかこれは……
キスされるのか!?)



そう思った瞬間──!?

中島 陽太(なかじま はるた)

うっ、ぐおぉ……



珠來の回し蹴りがみぞおちに入り、
その場に崩れさった……。

来栖 珠來(くるす みらい)

さっきから黙って聞いてれば、
意地っ張りだの
鼻水だの失礼なのよ!

中島 陽太(なかじま はるた)

す、すみません。
一つ質問をしても
いいでしょうか?

来栖 珠來(くるす みらい)

何よ?

中島 陽太(なかじま はるた)

目をつぶる意味は、
どこにあったのでしょうか……

来栖 珠來(くるす みらい)

回し蹴りしたら
スカートがめくれるじゃない。
このヘンタイ!

中島 陽太(なかじま はるた)

質問しただけで
変態呼ばわりかよ……

来栖 珠來(くるす みらい)

フフッ!
陽太を蹴ったらスッキリしたわ!

中島 陽太(なかじま はるた)

それはようござんしたね……。
俺は胃が引っくり返り
そうだけどな

来栖 珠來(くるす みらい)

スッキリしたら
思い出したんだけど、
もうすぐホワイトデーじゃない?

来栖 珠來(くるす みらい)

私からバレンタインに
チョコをあげたわけだから……
当然、お返しをくれるわよね?

中島 陽太(なかじま はるた)

そんなこと
いきなり言われてもな……。
そりゃお返しはするつもりだけど

来栖 珠來(くるす みらい)

どうせアンタのお返しって
センス無い物だろうから、
二人でどこかに出かける
っていうのでもいいわよ

中島 陽太(なかじま はるた)

へ?
それってつまり、
俺とデートしたいってことか?

来栖 珠來(くるす みらい)

デ、デートじゃなくて、
チョコレートに相応しい対価よ!

来栖 珠來(くるす みらい)

アンタは変態だから、
ほっといたらお返しに
パンツとか渡してきそうじゃない

中島 陽太(なかじま はるた)

そんな物渡さんわ!

来栖 珠來(くるす みらい)

じゃ、ホワイトデーは
予定を空けておくのよ?
いい? わかった?
じゃあ私は、教室に戻るから!

中島 陽太(なかじま はるた)

あっ、置いてくなよ!



急ぎ足で階段を駆け下りる珠來のうしろ姿は、
どこか楽しげにも見えた。

中島 陽太(なかじま はるた)

はあ、今日もメシが旨い。
珠來に蹴られて
どうなるかと思ったが、
胃の健康が守られて良かった

華胡(かこ)

何をオッサンくさいことを
言っとるんじゃ

中島 陽太(なかじま はるた)

おう、華胡!

華胡(かこ)

今日のおぬしは
えらかったぞ!

中島 陽太(なかじま はるた)

そうだな!
珍しく授業中に
寝なかったもんな!

華胡(かこ)

ちがーう!
ぱんつの力を使わずに、
珠來を説得できたではないか

中島 陽太(なかじま はるた)

んんっ……?
なんか説得したっけ?

華胡(かこ)

珠來は、島にいた頃と一緒だと
陽太に言ってもらえたのが……
嬉しかったのじゃろうな

中島 陽太(なかじま はるた)

そうか?
子ども扱いされて
怒ってるようにも見えたんだが

華胡(かこ)

照れ隠しに決まっておろう

華胡(かこ)

女というのは男よりも
身体の成長が早い一方で、
子どものように守られたいという
願望もあるのじゃ

中島 陽太(なかじま はるた)

ほおー、ためになりますなあ。
何の本に書いてあったんですか、
華胡先生!

華胡(かこ)

たった今、わらわが
適当に言っただけじゃ。
後世に残るように記録しておけ

中島 陽太(なかじま はるた)

さー!
風呂に入って寝るかー!

華胡(かこ)

くっ、あからさまに
無視しおったな……

中島 陽太(なかじま はるた)

あれ、華胡?

華胡(かこ)

なんじゃ?



目をこすって、もう一度華胡の姿を見てみる。

中島 陽太(なかじま はるた)

お前……
なんだか、身体が透けてないか?
この前から具合が悪いみたいだし、
大丈夫なのか?

華胡(かこ)

…………



華胡は少しだけ、悲しそうな顔をした。

華胡(かこ)

わらわのことはいいから、
早く風呂に入って寝ろ

中島 陽太(なかじま はるた)

あ、ああ……

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