部室で珠來の話を聞いてから、
数日が経っていた。
珠來にどう接すればいいかわからない内に、
気づけば珠來は
俺を避けるようになってしまった。
部室で珠來の話を聞いてから、
数日が経っていた。
珠來にどう接すればいいかわからない内に、
気づけば珠來は
俺を避けるようになってしまった。
(俺がオドオドしてるからだ。
こんなことじゃ駄目だ……)
授業に身も入らないまま、
ノートとにらめっこしていると……
手紙が回ってきた。
(この手紙……珠來からだ)
丁寧に折り込まれた手紙を開くと、
きれいな文字でこう書かれていた。
『陽太へ。
屋上で話があるから、
授業が終わったら来て。
珠來より』
(珠來!)
思わず珠來の方を振り向くと、
真剣な面持ちでこちらを見ていた。
…………
(話っていうと、
やっぱりこの間のことだよな。
授業が終わったらすぐに行くぞ!)
はい、今日はここまで
終業の挨拶が終わると、
誰よりも早く教室を出て
屋上に続く階段を駆け上った。
屋上で待っていると、
少ししてから珠來がやって来た。
早かったわね
ああ……
どことなく緊張した様子で、
珠來がこちらに歩いて来る。
なんの話をしに来たか、
聞かないの?
別に……。
珠來が話したくなったら
言えばいいだろ
……ありがと
えっ?
驚いて珠來を見ると、
ほんの少し笑っているような気がした。
この前、
部室で話したこと
なんだけど……
あ、ああ
(やっぱりその話か。
華胡が言ってた通りに、
ただうなづいて話を聞かないと)
いきなり、あんな話をされても
アンタだって困るわよね
いや、そんな事は……
無理して
気を遣わなくていいのよ。
……全部、忘れて
……は?
今、なんて言った?
だから、この間話したこと……
全部忘れて欲しいって言ったのよ
落ち着いて考えたら、
あんな話をされても
アンタは迷惑なだけよね
迷惑なわけないだろう!
あれからずっと
心配してたんだぞ?
陽太がそこまで
考える必要ないのよ。
あれは私の問題なんだから
馬鹿なこと言うな!
じゃあ、俺に泣きながら
話したのは何だったんだよ!
えーと……。
じゃあ、アレは冗談
冗談……?
私と裕貴さんが付き合ってる
って勘違いしてたから、
からかっただけ
私が草むらから出てきたのも
日下部さんの見間違え。
私が合宿で泣いてたのだって、
別の理由で……
ホッ
(なんだ、そうだったのか)
(いや、待て……。
何を安心してんだ俺は?
こんなの、どう考えても……)
そんなの、
嘘に決まってるだろ!
嘘……?
何言ってんのよ、私は……
そんな嘘をついちまったら、
お前はもう二度と
笑えなくなるんだぞ!?
笑えなくなるなんて……!
そんなひどいこと
言わないでよ……
私はただ……全部を
無かったことにしたいだけなのに、
どうして邪魔するの……?
無かったことにするくらいなら、
最初から泣くなよ
えっ……
我慢できなくて、
誰かに助けてもらいたくて
話したんだろ?
でも、珠來にとっての
誰かっていうのは……
裕貴さんじゃ無かったんだな?
馬鹿にしないでよ!
私が陽太に助けて欲しくて
泣いたっていうの?
アンタのそういう思い込みが
強くて上から目線な所、
昔から大嫌い!
島にいた頃だって、
アンタは……
勝手に私のケンカに
割り込んできて……
珠來は怒りながら、
ポロポロと涙をこぼし始めた。
おせっかいで悪かったな。
でも、お前の意地っ張りも
相当なもんだろ
さっきから黙って
聞いておれば、
少し言いすぎではないのか?
(華胡は黙っててくれ!)
むぅ……
意地っ張りでも、
なんとでも言いなさいよ……。
もう、私に構わないで
お前のことを
心配してる人間の気持ちも、
少しは考えろよ
この際だから言うけどな、
お前のせいで眠れなくなるのは
もうゴメンなんだよ
だったら、もう……
私のことなんか、
ほっとけばいいでしょ?
珠來は背中を向け、階段を下りようとした。
俺は腕を伸ばし、珠來の手を強くつかんだ。
!?
抱きしめようとしたら、
触るなと言って手は払われるし。
心配だと言ったら、
ほっとけと言われるし
苦しいことだらけなのに、
お前のことばっか考えちまうのは
なんでなんだよ……
陽太……
始業のベルが鳴っても、
珠來と見詰め合っていた。
ねえ……
授業が始まっちゃったわよ。
手、離しなさいよ
そんな鼻水垂らした顔で
教室に行くのかよ
珠來は慌てた様子でポケットから
手鏡を取り出して、
自分の顔を見た。
し、失礼ね!
鼻水なんか出てないわよ!
島にいた頃は、
ワンワン泣いて
鼻水垂らしてただろ
そ、そんなの覚えてないわよ。
もう子供じゃないんだから
鼻水なんて……
俺にとっては、
島にいた珠來も……
目の前にいる珠來も、一緒だ
違うわ……。
陽太が知ってる私は、
もうどこにもいないの……
それこそ違うな。
お前は何も変わっちゃいねぇ
いつまでも、
意地っ張りで自分勝手な
珠來のままなんだよ
はる……た……
珠來の大きくて綺麗な瞳が、揺れた。
ちょっとだけ……
ちょっとだけでいいの。
目をつぶってくれる?
目を……?
言われた通りに目をつぶり、
黙って立っていると……。
段々と、珠來の気配が近づいて来た。
(ま、まさかこれは……
キスされるのか!?)
そう思った瞬間──!?
うっ、ぐおぉ……
珠來の回し蹴りがみぞおちに入り、
その場に崩れさった……。
さっきから黙って聞いてれば、
意地っ張りだの
鼻水だの失礼なのよ!
す、すみません。
一つ質問をしても
いいでしょうか?
何よ?
目をつぶる意味は、
どこにあったのでしょうか……
回し蹴りしたら
スカートがめくれるじゃない。
このヘンタイ!
質問しただけで
変態呼ばわりかよ……
フフッ!
陽太を蹴ったらスッキリしたわ!
それはようござんしたね……。
俺は胃が引っくり返り
そうだけどな
スッキリしたら
思い出したんだけど、
もうすぐホワイトデーじゃない?
私からバレンタインに
チョコをあげたわけだから……
当然、お返しをくれるわよね?
そんなこと
いきなり言われてもな……。
そりゃお返しはするつもりだけど
どうせアンタのお返しって
センス無い物だろうから、
二人でどこかに出かける
っていうのでもいいわよ
へ?
それってつまり、
俺とデートしたいってことか?
デ、デートじゃなくて、
チョコレートに相応しい対価よ!
アンタは変態だから、
ほっといたらお返しに
パンツとか渡してきそうじゃない
そんな物渡さんわ!
じゃ、ホワイトデーは
予定を空けておくのよ?
いい? わかった?
じゃあ私は、教室に戻るから!
あっ、置いてくなよ!
急ぎ足で階段を駆け下りる珠來のうしろ姿は、
どこか楽しげにも見えた。
はあ、今日もメシが旨い。
珠來に蹴られて
どうなるかと思ったが、
胃の健康が守られて良かった
何をオッサンくさいことを
言っとるんじゃ
おう、華胡!
今日のおぬしは
えらかったぞ!
そうだな!
珍しく授業中に
寝なかったもんな!
ちがーう!
ぱんつの力を使わずに、
珠來を説得できたではないか
んんっ……?
なんか説得したっけ?
珠來は、島にいた頃と一緒だと
陽太に言ってもらえたのが……
嬉しかったのじゃろうな
そうか?
子ども扱いされて
怒ってるようにも見えたんだが
照れ隠しに決まっておろう
女というのは男よりも
身体の成長が早い一方で、
子どものように守られたいという
願望もあるのじゃ
ほおー、ためになりますなあ。
何の本に書いてあったんですか、
華胡先生!
たった今、わらわが
適当に言っただけじゃ。
後世に残るように記録しておけ
さー!
風呂に入って寝るかー!
くっ、あからさまに
無視しおったな……
あれ、華胡?
なんじゃ?
目をこすって、もう一度華胡の姿を見てみる。
お前……
なんだか、身体が透けてないか?
この前から具合が悪いみたいだし、
大丈夫なのか?
…………
華胡は少しだけ、悲しそうな顔をした。
わらわのことはいいから、
早く風呂に入って寝ろ
あ、ああ……