ーー深夜

そうか……やはり君は
偽の……

…………

……薄々察してはいたが……
君を罰するつもりはないし、
ここへ来た目的に興味もない

大方、大聖堂の豪華な椅子に
ふんぞり返りながらも、この
おいぼれの権力の幻に怯えて
いる連中から依頼されたとか
どうせその辺だろうからな……

半年間の君の働きは誠実
だった。謝意の代わりに
君の騙りは不問に処そう

ただーー

ここへ来てくれるはずだった
本物の侍祭候補はどうなった
? その返答如何によっては
只今の取引は反故となるぞ

(ーーあ?)

(そうきたかグイナス!
ヤバいな、体が動かない)

(あ〜あ……この男は
愚かだが私はずっと
もっと愚かだな……)

なーに油断してるのよ!
マルク坊やったら最期の
最期までお馬鹿さん!

(ふふ……彼女のお説教が
頭に浮かぶな。そうか、
これが走馬灯なのか!)

(すまないね、我が友よ
私は信じることを信じて
生きてきたから悔いは
ないんだ。だがーー)

(かつて口約束で交わした遺言を
もし覚えていてくれたのなら、
白い民を、森の獣達を、そして
外の世界の平和をどうかーー)

(あれー? ここで
この場面がくる?)

(…………)

はぁっ……はぁ、はぁ

くっそ、体格良すぎだぜ
この爺さん! これじゃ
埋めるのもひと苦労ーー

……なにやってんの?

っ!!

…………

……っ!!

そっか……疲れてグースカ寝てる
あたしを起こさないように気を
使って、深夜に偽アコライトを
追及した挙句に殺されちゃった
のか……

ーーねぇ、そこの
人殺し野郎クン?

何で? どうしてこんな余命
わずかなジーサンを殺す必要
があったのかしら? 教えて

はっ! 決定的なモンを
見られちまったからには
腹括るしかねぇなぁ

アンタも興味はないだろうから
余計な情報は端折らせてもらう
要はコイツが有害だろうが無害
だろうが息しているだけで困る
奴がいる。理由はそれだけだ、
単純明快だろう?

半年もかけて? 随分と
気の長い雇い主だこと

あちらさんにも外堀を
埋めていく期間が必要
だったのさ
ーー他に質問は?

そうねぇ……半年間生活
を共にしてみて情は?

湧いてたらそもそも
殺らないだろ?

都から派遣されてきた本物
の侍祭候補を森で殺した?

まぁな。雇い主様の計画
遂行のために都合の良い
隠れ蓑だったからな

質問は以上とさせてもらうぞ?
次は俺のターンだ“赤衣の魔女”

…………

貴様とジジィは禁足地フォボス
の秘密を握っていると見た!
そいつをぜひとも教えて欲しい
凱旋時の手土産にしてぇんだよ

俺にとっての半年間はその情報
をつかむための時間でもあった
んだがな、残念なことに秘密に
関しちゃ、ジジィの口は途端に
重くなっちまいやがってよぉ

だからよ、聞ける相手は
もはや貴様しかいないっ
てわけだ

魔女ってヤツぁ聖職者をけして
殺せない。それは鋼の掟だ!
そして俺は本物の侍祭の資格を
有している。となるとつまり?

てめぇがいくら超伝説級で
あろうとも、利は俺の側に
あるわけだ!
夜はまだ長い。拷問と陵辱
貴様はどちらがお好みだ?

ーーよく調べている
のね。感心しちゃう

そのとおりよ。魔女は鋼の掟
に縛られている上に、あたし
は特にポンコツでね
空を飛ぶどころか、火球すら
上手く操れないわ

ジャリッ……ジャリッ……

けどねーー

ーー雪が更に激しくなって
きたと思わない?

なっ……んだぁぁ!?

雪が集まって人間にーーいや、
こいつら人間なんかじゃねぇ!
もっと歪で邪悪な何かーー

ほらほら! 呑気に講釈
垂れてないで、さっさと
逃げないと!

彼らは自分たち以外なら
選り好みせずに喰らって
しまう恐るべき人外よ!

ひっ……ひいぃ……
来るな来るな……

チクショー!! どうして
俺ばかりを狙ってくる!?
やめろやめろ! 来るなっ

あっはっはっ! それがあたしの
力だからよ! あたしが呼べば、
ううん、あたしがそこに居るだけ
ですべての化け物が現れ、従い、
ひれ伏すのよ!

あたしは返り血で染まった衣
を好んで着る“厄災の魔女”
なんだからぁ!!

ぐ……わ……

ーーすべてが終わった頃、空には
冬の銀月が冴え冴えと照っていた

あれほど降っていた雪は積もって
いないし、地面に残ってもいない
犠牲者の血糊と残滓以外はーー

あれこそ“フォボスの白い民”の
正体。冬に降り、溶けてはまた
戻ってゆく儚い我が身を呪い、
目につく命をおのが血肉とする
ために喰らい尽くすがさだめ

どれだけ喰らおうとも、けして
満たされず救われもしないのに

ふーぅ……ま、こんな
もんかな?

魔女はひと晩かけて大司祭の
亡骸を、フォボスの大地へと
還していたのだった

かつて、彼はこう言っていた

「呪われたフォボスの森と民を
永劫に守ってゆきたい。いつか
私の生が絶えたら彼の地に埋葬
して欲しい。そうすればずっと
慰めを与えてやれる」と

聖読本によると、白い民は人間
以前から存在していた原初の者
と伝えられている

人間に追われ追われて最果ての
フォボスまで逃げ込み、そこで
恨みと呪いを撒き散らしながら
塵となった

神はそんな御魂を哀れと思い、
天と雲の間に置いてやったが、
彼らはいつしか生まれた大地
恋しさゆえに、雪に化けては
降ろうとする輪廻外の住人と
成り果てていたーー

太古の存在である彼らの
無念と苦しみを理解し、
慰めてやれるのはあなた
だけだったわよね……

雪が降るたびに聖なる言葉を唱えて
自分たちを慰めてくれた存在の死を
悟ったのだろう

民たちはマルクの亡骸を取り囲み、
深いため息と啜り泣きのような音
を残して、ひとり、またひとりと
消えていった

……遺言どおりにしたけど、
これで大丈夫なのかな

白とか黒ならもっと要領良く
やれたかもだけど……
いくらあたしでも、原初の者
を救うなんて土台無理だもん

ーーあ!?

一瞬ではあったが見間違いでは
なかった

朝霧と共に消えゆく民の最後の
ひとりが、こちらを見て確かに
微笑んでいた

……ん! 大丈夫そうね
ではマルク、我が友よ

また別なナニカを呼び覚まし
ちゃヤバいからね、あたしは
そろそろお暇させてもらうわ

そうだーーコレ

思えば、この子もあたしを
呼んでいたのかもね
ささ、やさしいお師匠様と
一緒に仲良く森を守ってね
侍祭候補さん?

墓標なきマルクの墓を浅く掘って
骨を埋め、その上に可憐な冬の花
を添えると、赤き魔女は軽やかに
旅立っていった

そのスラリとした背中へ向けて、
まだあどけない顔立ちをした侍祭
の魂が、深く深く頭を下げていた
ことは、朝告げ鳥しか知らない

フォボスの白い民:後編

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