ーー冬枯れの森をガサガサと
かき分け、踏みしだく乱暴な


音の主はまだまだ長い道程に
そろそろうんざりしており、
気軽に訪ねてきたことを後悔
しかけていた

到着する頃にはもう日が
暮れていそう
……あまり長居はできない
ってのにしくったわね

などと胸の内でぼやいていると、
靴底から妙な感触が伝わってきた

枝や小石とはあきらかに異なる、
不思議と自己主張の強い感触だ

……骨?

割と新しいし、森に棲む
獣のものではなさそうね
まぁいいわ……一応拾って
おきましょうか

あー、くったびれた!
ったく、朝告げ鳥が巣に帰る
時刻になっちまったじゃない

彼女が辿り着いた場所ーー

それは“禁足地”と呼ばれる
森の深部にひっそりと建つ、
古びた小さな教会だった

ギイィィィイイ

はーい♡
お久しぶり、あたしの可愛い
マルク坊やはお元気してる?

っ!! 何者だ貴様!
ここは禁足地フォボス唯一
の聖域なるぞ!?
女風情がみだりにーー

いやいやいや! グイナス君、
大丈夫だ。そのお嬢さんは私の
古い古い旧友だからね、大丈夫

マルク大司祭様!

女風情呼ばわりはさすがに
カチンときたわよ!
そういうアンタは、誰の、
どっから産まれてきたのさ

我が友ベリルも落ち着いて
教会の中なんだから、一応
話題は選びなさいね?

……ムカつくけど仕方
ないわね。まだまだ
ムカついてるけど!

グイナス君。私はしばし、こちらの
レディと奥で茶飲み話をしたいので
聖読本の整理をお願いしていいかな

ーーふっ

あっ、この野郎ーー
今さりげなく鼻で嘲笑い
やがった

ーーいやぁ、それにしても
よく来てくれたねベリル
今世ではもう会えないもの
と諦めていたところだよ

あらん♡ マルクに会うため
ならば、都だろうとド田舎
だろうと、禁足地だろうと
構わず押しかけちゃうわ

ありがたいねぇ……
とっておきの美女と啜る
紅茶の味は例え出がらし
でも極上と感じるよ

……月日の経つのはナントヤラで
あなたが自ら大聖堂の出世街道
を外れて、このフォボスの守人
になってから早四十年くらい?

うん、そうだね

後悔はないの? あなたほどの
偉人がこんな森の奥で来る日も
来る日も空と睨めっこしながら
そう長くはない命を無駄に消費
しているーー虚し過ぎて乾いた
笑いすら出てこないわ

特に後悔はないなぁ。ーー住めば都
というように、私はこの森の豊かな
自然を、ここに生きる健気な生き物
たちをすべて愛しているし守りたい
ただ、それだけなんだよ

それに、フォボスで食い止め
られなければ彼らは容赦なく
森の外に広がる世界を襲って
しまうだろう?

…………
っとにもう、この
職務忠実爺さんは

うきゃー
ロールケーキ
うんめーっっ

私の分まで秒でペロリ
だったね

そうそう、立派な守人後継者
もできたんだ
大聖堂が気を利かして、私の
大ファンだという若者を派遣
してきてくれてね

ムグッ!?
さっきの無礼者のこと?

そこは勘弁してやってくれまいか
グイナス君は真面目の上に真面目
が付くほど真面目なのでね、突然
の訪問者を警戒しただけなんだよ

むむぅ

ほらほら、隠しておいた
とっときの一皿を食べて
機嫌を直しておくれ

うきゃー
ホールケーキ
うんめーっっ

聞いていたよりも年嵩で、特に
私のファンというわけではグス
なさそうだったが、半年前から
侍祭として実によくやってくれ
ているよ。感謝しきりだ

ヒソヒソ

“白き民たちへの慰め”
の伝授はこれから?

コソコソ

そうだ。これからが雪の季節
本番だからね
だが年々降雪量は減っている
今年もそうであって欲しいが

あら、お生憎様。あたしが
長居しちゃそれも叶わない
わねぇ。どうしようかな〜

ずっと逗留してもらいたい
のは山々だが“赤衣の魔女”
の影響は多大だからなぁ、
残念なことに……

…………

……マジか……! あの頭アーパー
そうな女が赤衣の魔女だって?
白衣、黒衣と並ぶスーパー伝説級
じゃねぇか!

ーーニヤリ

赤衣の魔女の訪問により、本来ならば
降るはずもなかった雪がフォボスの夜
をしんしんと染めてゆくーー

フォボスの白い民:前編

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