こうして、私の物語は動き出した。

 背後の気配に振り返ると、待たされていたナイトとソルがいた。

 二人の兄は口を挟まずに、黙って待っていてくれたらしい。

ナイト

エルカ、俺は仕事先に挨拶してから、そっちに向かうよ

エルカ

え? 心配だからついて来るかと思ったけど

ナイト

心配されるようなことはしないだろ?

 彼はポンと頭に手をのせるとグイグイと撫でまわす。
 私の髪が乱れることなどお構いなしだ。

エルカ

ちょっ……痛いって

ナイト

俺はお前のことを信頼している。何かあったら、ソルのことを殴るけどな

 そう言うとナイトは背中を向けて歩き出した。


 過保護だったナイトは、少しだけ妹離れをしてくれたらしい。


 私の隣には両手に荷物を抱えたソルが立っている。

ソル

なんだか、荷物運びを押し付けられた気がするよ

 どうやら、ナイトは自分の荷物を置いて行ってしまったらしい。


 素で忘れたのか、わざとなのかはわからない。


 大人と言ってもソルはエルカたちよりも年上なだけ。


 世間的にはまだまだ二十歳の若者で、世間にも疎い。


 肉体労働が得意でもない彼が、力自慢のナイトの運んできた荷物まで持てるだろうか。
 

レイヴン

オレが持ちますよ。体力に自信はあるので

ソル

そうか? ありがたい

 横から顔を出したレイヴンが荷物を半分持つ。



 何となく申し訳ない思いがあったので、

エルカ

私も持とうか?

 と、言ってみれば

ソル

絶対、ダメ

レイヴン

絶対、ダメ



 と、二人同時に拒否されてしまった。

 
 仕方がないので、私はルイくんと並んで歩き出す。

 ルイくんは私の荷物を持ってくれた。


 隣を歩きながら、ルイくんは小声で呟く。

ルイ

……レイヴンもいるのか……ライバルが増えた気分だ

エルカ

それは、私も同じ気持ちだよ

 レイヴンだって久しぶりにルイくんと遊びたいだろう。



 私だってルイくんと一緒にいたい。



 そんなことを考えていると、強い眼差しが向けられていることに気が付いた。


 この人はどうして、こんなにも視線が強いのだろうか。


 こんなにも暖かいのだろうか。

ルイ

エルカ、僕はまだ信じられないよ

エルカ

何が?

ルイ

君が同じ街で暮らすことも、一緒の学校に通うってことも、同じ家で暮らすってこと

エルカ

私も緊張している。朝起きたらすぐに会えるってことも、寝る前のルイくんに会えるってことも

ルイ

………そんなこと言われたら、僕も恥ずかしくなってきたよ

エルカ

これからは、寝ないで読んだ本の話とかできるんだね

ルイ

そんなことをすれば、君のお兄さんが黙っていないと思うよ

エルカ

フフフ……それもそうだね。でも、今まで知らなかったルイくんを見れるんだなって思うと楽しみだよ。そして、同じようにルイくんに見られるんだと思ったら緊張するの

 私は仄かに頬が熱くなるのを感じていた。


 ルイくんがおかしなことを言うから、様々な想像をしてしまうのだ。


 私は上目遣いに彼を見上げる。


 彼は黒髪に黒目の地味な男の子。 

 『特別な友達』

 私たちの関係はその言葉で説明できる。


 友達以上、恋人未満って言葉の方が当てはまるのかもしれない


 私は彼の特別な存在になりたかった。


 同じ屋根の下での生活で、何かが変わりそうな予感がする。



 過保護な兄に邪魔をされて、何も変わらないのかもしれない。


 それにレイヴンもいるのだから、毎日が賑やかになりそうだ。



 どうなるかは、これからの私たち次第なのだろう。

 この世界は優しくないのかもしれない。


 だけど、探せば優しさを見つけられるかもしれない。



 なぜなら、寄せ集めた優しさが、ルイくんを私のもとに連れてきてくれた。


 そして、私をルイくんの住む街に連れてきてくれたのも優しさだった。



 優しさに形はない。



 だけど、目を凝らせば見えてくる。

 手を伸ばせば触れることができる。


 目を閉じれば、背中を押して勇気を与えてくれる。

ルイ

エルカ、君が何を考えているのかはわからないけど。今やることは、ひとつだけ……一緒に家に向かうこと。今の僕は、はやく家の中を案内したくてワクワクしているんだ

 そう言いながら、彼は私の手を握って引き寄せる。


 緊張しているのか、熱を帯びた手が私を次の物語に連れて行ってくれる。

エルカ

ねぇ、ルイくん……私はもう引篭もらないよ。だって、引き篭もったら貴方の手を握ることができないから

ルイ

僕が引き篭もらせないよ。君の良い表情をもっと見たいから

 ルイくんは気付いているだろうか。



 私も、貴方の表情が好きだってこと。


 その微笑みを見る方法を模索してるってことを。


 彼の手が私を握っている。


 ただ、それだけで安心感を得られるってことを。



 きっと、知らないだろう。


 それを、知ったとき、彼がどんな表情をするのか楽しみだった。



 だけど、それはもう少し先になりそうだ。


 私たちは、まだまだ子供だ。


 『特別な友達』以上にはなれるかどうかは、わからない。

 

 物語は終わらない。

 ここからまた、始まる。


 

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