12 突撃!突貫交渉人 その2
ここにいらっしゃいましたか、ドネル伯。
待ちくたびれたぞ。
護衛を探してくるだけでどれだけ待たせるつもりだ。紅茶も飲みきってしまったからな。もう。フン。
鎮座するたくさんの空の水瓶。
まあ。
どれだけ飲んだというのだ。
申し訳ありません。護衛の者が遠くに住んでおりましたので。
わくわくワイルドライフです。
わく……何?
なんか申し訳ない。
フンッフンッまあよい。わしは寛大だからな。
ではこれより我が故郷、偉大なるカディナスに戻るとしよう。
しっかり護衛を果たすのだぞ。
街道を馬車で進む。護衛4人にお付きの者。なかなかの大所帯だ。
ややっ 馬車かあ。いいねえ、仕事とはいえリッチなピクニックみたいで楽しくなるよ。
いそいそと乗り込もうとして、御者に無言で止められる。
しっしとジェスチャー。
そうなの……護衛は徒歩ですか……
わたくしが馬になりましょうか?
それはもう何をどう突っ込んだらいいの……
それにしても今回の視察も有意義じゃったなあ!
あのいけ好かないペルナードの慌てようと言ったら!
やはり地方の視察は抜き打ちでやるに限るのう。下々のものが慌てふためくのを見るのが最高の楽しみじゃて!
馬車の幌の中から賑やかな声。
何か聞こえましたかファンバルカ様。
シッ。聞こえないふりをするのが大人というものだよ。
この何でも聞こえてしまう高性能の耳が恨めしいです。
力を持ちすぎたヒーローみたいなこと言うね……
周りを見れば、他の護衛の皆さんはお行儀よく耳を塞いでいる。よくできた仕事人だ。
さて、市境だ。
目の前を流れる大河。デュフォー川。この川を越えるとアグウィ市を外れ、隣の市の管轄区に移る。しっかりした橋がかかっており、馬車でそのまま渡れそうだ。
そこの馬車、とまれ。
!
橋を渡る直前。待ち構えていた男に呼び止められる。
彼は……! 以前ファンバルカ達を邪魔した男ではないか。確か中央の司法局の者と名乗っていたか。
うおお、なんということだ。仕事の最中までおしかけてくるものかね。
逃げますか?
幸いにして、馬車の左手に位置し影になっていた彼らは、まだハウスに気づかれていなかった。
だが――
逃げるだと? ごめんだね。そんな負けを認めるようなこと、断じてできない……!
そして拳を握りしめ、高らかに言う。
隠れるよ! ビエネッタ君!
謎理論! すたこらと馬車の後ろに回り込み様子を窺う。
何じゃ何じゃ騒々しい。
そうこうしているうちに幌から顔をだす依頼主。
ドネル伯だな? 少し、俺の話を聞いてもらうぞ。
馬鹿者! わしは公務の途中だぞ!
わしはカディナスで経済の流れを司る重要な役務についておる。お前のようなみすぼらしい若造が邪魔することなど、許されんのだ!
貴公には反社会的存在に資金を流しているという話が出ている。証拠もいくつかあがっている。
な、なんだと……! バレていたのか助けてくれェーーーー!
粘れ……! 少しは……!
フンッフンッ バレてしまっては仕方ない。死んでもらうぞ……!
こういうときのために護衛を雇っているのだ。いでよ、我がしもべたち!
え? これ僕らも戦わないといけない感じ?
悪事の片棒を担げと言うのでしょうか?
まだ事実関係がわからないな……ハウスに見つかるの嫌だし、ここは大人しく……
コソコソ
コソコソ
何をこそこそしておる! お前も戦わんか!
だめか~~~
お前たちは……! なんでこんなところで出てくるんだ!
くそう、それはこっちのセリフだよ。まさか僕たちを追ってきたわけじゃないね?
いつもいつもお前達の相手などしていられるか! 俺にも他に仕事がある。
まあいい……依頼人が所望では仕方ない。君を追い払わせてもらうよ。
おいっ 話を聞いていなかったのか。その男は都市に仕える傍ら、怪しげな組織とつながっていたんだぞ……!
おうおう、それは事件だねえ。
何を親しげに話しておるのだ。何だお前、知り合いか?
もしや貴様、わかっておるな!? 妙な気を起こせば……
……と、言うことなのでね。
僕とて仕事なのでね……彼を町に届けねば報酬がもらえない。
他の護衛もやる気だ! プロ気質と言えよう。
なんという奴らだ……! 全員牢屋にぶちこんでやりたいが……!
ハッハッハーーー! できるものか!
お前を川に沈めてわしは安泰よ!
多勢に無勢だが……!
激しい攻防線。ハウスは徐々に橋の中央まで押される。
――そこに。
グッ
予備動作の少ない正拳突き! 吹き飛ぶ護衛の1人。刃物を持った相手に一歩も引かず。
さてどうするか……
このまま全員取り押さえられると思うほど向こう見ずじゃない。
特に、あの人形の恐ろしさは身を持って味わっているからな。
おい、人形遣い。お前は、どうしてそんな男の言うことに従っている?
僕のことか? ほっといてくれ。
誰に命令されたかしらないが、そいつに協力していれば、お前も何らかの罪にとらわれるぞ?
ふん、それはそちらの町の法律の話だろう……部外者たる僕は知ったことではないね。……というのと。
僕は役所の言うことに従っているだけさ……逆らう気はない、よ。
なるほど……
度重なる攻撃を巧みにかわしつつ、思案を続ける。
詳しい状況はわからない。
だが話から察するに、お前がドネル伯に協力するのがアグウィ市の命によるものだと言うのなら……
俺に、手をかさないか?
どういうことだろうか。
役所からはその男の護衛を命じられたか。
だが役所もその男の悪事までは把握していないだろう。悪者と知れば、司法の判断を仰ぐはず。
お前たちが未だその男の護衛を続けるのは、単なる伝達ミス、ということだ。
……なるほどしかし。
君の話の信憑性だって、満点ではないからね。今はまだ依頼を続行するのが最善、なのさ。
今投げ出せば、報酬はご破産、役所の信用も失う。それは避けなければならない。
俺が、報酬を2倍払おうか?
!?
役所としてはドネル伯を無事にカディナスまで送り届けたという事実があればいいはずだ。
……たとえその向かう先が牢屋、でもな。
更には、金ももらえるとあっては――どうだ?
……なかなかおもしろいことを言い出すね、君。
ファンバルカ様。お気をつけを。懐柔されようとしています。
知っているさ。だが今のところ僕らに大きなデメリットはなさそうだし……それに少し考えていることもある。
ただ、君がそこまでする理由がわからないがね。
俺は、少しでも確率の高い方を取りたいだけだ。
よし。君の策に乗ろう、ハウス。
なんだと貴様裏切るのか!??
君が品行方正ならこんな事態にはならなかったと思うがね、フフ。
とにかく僕らは今からハウスの側につくよ! いいねビエネッタ君!
かしこまりました。それがファンバルカ様のご判断であるならば。
わたくしは、ただ剣を振るうのみ――!
ギャアアア……!
あば、ばば、あっ……
狭い橋の上を、目にも留まらぬ速さで乱舞する! 瞬く間に護衛を斬り伏せ、蹴転がす。
瞬後、橋の上にもはや動くものなし。
あばばばばば……
さて……楽しい捕縛のお時間
!?
…………
ドネル伯に近づいたファンバルカを襲う刃物。それはビエネッタのガードにより防がれる。
一人残っていたのだ! 鋭い目つきをした老紳士。覚えているだろうか、はじめにファンバルカが幌に登ろうとしたのを拒絶した男である。
そう、馬車でドネル伯爵を運んでいた、御者。
フハッ……そう、そうじゃ!
コヤツはわしの懐刀よ! 彼がいれば何も恐れることはないわい!
この男が不遜な態度を取れていたのもこの懐刀のおかげか――
……
無駄のない足運び。
なかなかできる男のようだ。気をつけてくれたまえよビエネッタ君!
狭い橋の上。混戦は必至。
ですがファンバルカ様を傷つけさせるわけにはいかない。行きます――
続く