そして、二人は振り返る。


 背中を向けたままでも、前に進むことはできただろう。

 けれど、背中に背負った重荷は軽くならない。

 この先の道を、足取り軽く前に進みたい。
 だから、二人は向き合うことに決めた。 

 不安は拭えない。
 振り返った以上はもう引き返すことはできない。

終幕
邂逅する絆


Prologue



 エルカは、目の前の人物を見据えた。
 有りえない……とは思わなかった。

 彼は自分が【本】になることを知っていた。

 偉大なる大魔法使いグラン・フラン。

 彼は、記憶に残るものと同じ微笑みを浮かべていた。

 ゆっくりと、足元見る。

 そこに足はなかった、膝から下が透けて見える。






グラン
マース

 その隣にはくすんだ緑色の髪の貧相な男もいる。


 よくよく見れば、それは父マースだった。

 マースの足元も同じように透けていた。








 二人は死んだはずの存在。
 失われたはずの存在が並んでそこにいる。

グラン

久しぶりだな。エルカ

エルカ

……っっ

 今の自分に向けて、言葉が投げかけられる。

 そのことが、ただただ嬉しくて苦しくなる。

 彼の魂は既にこの世にはない。
 


エルカ

(ここからは、奇跡の時間……なんだね)

 エルカは軽く深呼吸をしてから、改めて二人の顔を見上げた。



 まずは、グランが静かに口を開く。

グラン

ここは魔法の図書棺だ。肉体を失い魂となった我々がいることは当たり前。我らの命が尽きれば本となる。本となった魂は本と共に在る。その姿を認識されないだけで、ここには数多の魂が在るのだよ

 そう言ってグランが両手を広げると、淡い光が目に飛び込んできた。


 眩しさに咄嗟に瞼を閉ざす。


 ゆっくりと開くと、エルカたちは巨大な本棚が並ぶ部屋に移動していた。

 この場所を知っていた。


 図書棺に迷い込んで、ソルと合流して二人で扉を開いた場所。



 初めてここに来たとき、圧倒される何かを感じた。


 その理由がようやくわかった。


 数多の人々の、それぞれの人生がここに集まっているのだから。


 目に見えないだけで、ここには多くの魂が集結している。

エルカ

どうして、お爺様の姿が見えるの?

 エルカの素朴な問いにグランはニッと笑う。

 イタズラがバレたときの子供のような、やんちゃな笑みだ。

グラン

じじぃはお前たちと言葉を交わしたいと願った。それが叶ったから、こうしてお前たちと言葉を交わしておる。大魔法使いとしての特権を使ったのだよ

エルカ

無暗に権限を使うのは良くないと思うよ

グラン

そこは大目に見て欲しい

エルカ

お爺様がいることはわかったけど……どうして?

 エルカは無表情のままグランの隣に立つ男を見る。


 いつまでも無視はできないだろう。

マース

……ひ、久しぶりだね

 弱々しい、震える声。

 その声を最後に聞いたのはいつだっただろうか。

 その姿を目に映すのはいつ以来だっただろうか。



 つい最近見た彼の姿。壊れた人形のように血だまりに横たわっていた。


 虚ろな目は、何も映していない。

 伸ばされた手は、何も触れていなかった。 



 その姿がエルカの知る、最期の彼の姿だった。


 突然現れたその人物を、思わず頭から足の先までジッと見てしまう


 ボサボサのくすんだ深緑の髪に、青い瞳、眼鏡。

 ヒョロッとした頼りない体系の優男。

 思い当たる人物と繋がりそうで繋がらない。

 彼が自らエルカの前に姿を見せる可能性は低かった。
 好意的な関係ではなかったはずだから。


 この再会は喜ばしいこと。だけど、理解が出来ない。

 その言葉を口に出して良いものかと悩みながら、エルカは口を開いた。

エルカ

私の未練は父さんだった。十四年間ずっと一緒にいたのに、一度も向き合うことができなかったから。だけど、こんなにも呆気なく会えるとは思えなかった

マース

え、会いたかったのかい?

 警戒しながら問いかけるエルカの声に、彼は柔和な笑みを浮かべる。


 その笑顔にエルカは戸惑っていた。

エルカ

【会いたかった】っていうのとは違うけど。向き合わなければならなかったってだけで……

エルカ

ちょっと待って、本当に父さん?

マース

へ、エルカは僕の顔を知らなかったりするの?

 彼はショックを受けたように目を見開くと、大袈裟に肩を落とす。

 その仕草も違和感しかない。



 目の前の男は、エルカの父マースで間違いはないのだろう。

 その笑顔が記憶にある彼とは違っていたとしても。



 エルカはこんなにも表情豊かな男の記憶はない。

エルカ

父さんにも表情があったんだね。感情がないの人形みたいな人かと思っていたから

グラン

残念ながら、こいつがじじぃの愚息で、エルカの父親のマースだ。こいつの父親である、じじぃが断言するよ

エルカ

お爺様が仰るのなら信じるよ

マース

良かった……し、信じてくれて嬉しいよ

 それは、向けられたことのない笑顔だった。

 娘との再会を喜ぶ父親の顔なのだろう。


 しかし、彼がこんな表情でエルカを見る理由が分からない。



 この戸惑いを誰かに伝えたい。

エルカ

ルイくん、私は今の状況が理解できないよ。どうして、愛されてもいない父親から笑顔を向けられるの? 確かに、これは片付けないといけない私の問題だけど、こんなのは予想外

 エルカは手を繋いだまま隣に立っているルイを見上げる。


 返答は期待していない。


 だけど、誰かに確認したくて仕方がなかった。

ルイ

ごめん、僕も理解ができていない

エルカ

………そうだろうね。でも、それがルイくんのやるべきことだよ

ルイ

そうだね

エルカ

私のやるべきことと、貴方のやるべきことは、別のことなの

ルイ

………

 エルカがグランやマースと向き合っている間、ルイは目を見開いてずっと硬直していた。


 ルイの目の前でも、理解ができないことが起きていたのだ。


 彼の視線の先にはエルカの知らない男女の姿がある。


 彼らはルイ・バランの両親なのだろう。


 女性は慈しむような視線を、男性も不器用な笑みを一人息子に向けていた。

……

……

第5幕 開扉される棺 Prologue

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