07 抗争鎮圧作戦 その2
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…………
トレーの上に広げられた砂。トレーからは管が出ており、それはビエネッタの頭部――視神経へと繋げられている。
再生を始めてくれたまえ。
ファンバルカが合図をすると――どうしたことだろう。トレーに乱雑に広げられた砂がひとりでに動き出すではないか。
サラサラ……
サラサラ……
ランダムに動いていたかと思われた砂は徐々に形をなし一つの絵を作りあげる。そこには一人の男の姿が映し出されていた。中肉中背、よれよれの白衣。地に伏しているその姿は……ファンバルカである。
僕一人か……クッ やはり「録画」ですら写すことができないか。
認識をズラすだ何だと言っていたからね……やはり特殊な目でもなければ……
砂は動き続ける。先ほどの役所での出来事を、ビエネッタの目を通した景色として描き出しているのだ。しかし、そこにあの怪人の姿は存在しない。
ファンバルカ様。これはどういうことなのですか。
?
この景色はわたくしのメモリーにはありません。
ファンバルカ様が地に伏し、何かを訴えかけている。役所で? つい先程?
わたくしは立ちながらに機能停止していたのですか?
声は平坦。発汗も見られぬ、そのような機能は備わっていないが故に。しかし、その畳み掛けるような問いは確かに「焦り」のように感じられた。
……やはりそうだったか。
君は役所の出来事について、今まで何も言及することはなかった。
単に見えていないだけじゃない、記憶自体が残っていないんじゃないかと、思っていたのさ。
これで、君は異常に気づくことができた。今回は、それが大きな報酬さ。
絵の中のファンバルカ様は……こちらを睨んで何かを訴えかけている。こちら、つまりわたくしに怒っているのですか?
いえこれは……微妙に方向のズレ……
そこに、何かいるのですか……?
…………
何者かが、ファンバルカ様を脅かしている? わたくしの護衛の及ばぬところで、ファンバルカ様が危険に晒されている……?
ビエネッタ君。
ファンバルカ様はその不届き者が何者なのかご存知なのですか? その名は?
ビエネッタ君。
――――はい。
少し、落ち着きたまえ。
いや落ち着く、というのも適切ではないか……思考ルーチンが通常から外れかかっている。戻したまえ。
そして今は、奴のことは説明できない。名を呼ぶのすら危うい。どれだけ離れていようが察知される危険性がある。
…………
だからビエネッタ君。目を手に入れよう。
この二つ目では飽き足らず、第6、第12の目を与えようというのですか。
だいぶ欲張るねえ君。
ともかく、数を増やすことに価値はない。必要なのは特別な目、だ。
この世の怪異すらも見逃さず映し出す魔法の瞳。それがあれば、反撃開始だ。
ただ理不尽に従うだけではなく。できることを画策する。彼らは黙って食われはしない。
とは言え依頼はこなさなくてはならない……ビエネッタ君、カルネー市に向かおうか。
了解しました。準備はできています。
プチプチと視神経につながった管を引っこ抜いていく。
あーーあーー! 乱暴にしないでくれ次使えなくなる……!
カルネー市 第四倉庫――
ふむ――まだ誰もいないようだね。今のうちに隠れて様子を伺うとしようか。
積み上げられた樽の隙間に陣取る。ここならば、見つかることはないだろう。
しばらくは何も起こらないだろう。少し、休んでいるといい。
わかりました。聴覚センサーのみ残して休止状態に入ります。
わかった。ゆっくりおやすみ。
…………
…………
いずこともしれぬ、寂れたあばら家――
ロバートォォォ貴様あああああ!
なんだなんだなんだ!? なんでキレてんだ!? ジジイ!
またわしの操り道具を無断で持ち出したなああ!!
やっべっっバレてたかッ
当たり前じゃ死ねええええ!
虎である。
虎!? 虎ーーーー!!?
壁際に置かれた張り子と思われた虎が、男の指の一振りで動き出したのだ!
虎は大きく口を開け、少年に躍りかかる……!
ややめ、やめ、ウォーーー!
はーはー死ぬかと思った……
…………
うわおっ ビエネッタ!? いたのか?
小屋を飛び出し、息を整えていたファンバルカは驚いて飛び上がる。小屋の外壁を背に、ビエネッタが佇んでいたのだ。
うふ、ふ、ふ……おっかし……
あなたたち、いつもそんな感じなの?
ん? ああ……師匠のことか?
80超えて未だハッスルたくましすぎるんだよあのジジイ。
!!
言葉は途切れ、沈黙が挟まる。その理由は、ビエネッタの顔にあった。
かきむしったように乱れた髪、赤く腫れた頬。うるんだ瞳。いつも花のように笑う彼女からは、想像できない姿。
泣いてんのか……?
大切なお師匠様でしょ。そんな風に悪く言わないの。
大切じゃないよ別に……殺しても死なないようなジジイなんだから……
違うって。僕らのことはどうでもいい。君だよ。
?
何か、あったのか?
…………
ううん、なんでも。ロバートたちのやり取り聞いてたら元気になっちゃった。
んなわけないだろ。だったらここまで来てやしない。
悩みがあって。何か進展するかもって思ってここまで来たんだろ。
家のことか……?
黙ってファンバルカを眺めていたビエネッタだが、ふっと、諦めたような、肩の力を抜いた笑顔。
かなわないな、ロバートには。なんでもお見通しなんだもん。
わたしね、お家の仕事を頼まれてるんだ。
何だったっけ、なんかお告げみたいなやつだよな。
そう。お客様の未来を占い、進むべき道を示さなくてはならない。
はっ占いね。僕には縁のない話だ。で、君がそれの手伝いでもしてるのか?
手伝いじゃないわ。わたしが神託を受けるの。
は? 君が?
キンバリー家。古くから神託を取り扱ってきた一族である。大富豪や文芸の有名人、行政の要人など様々な貴人がここぞという吉兆を占おうとするとき、この家の門を叩く。
キンバリー家の占いは界隈にて絶大な信頼を置かれている。的中率はもちろん、依頼主の個人情報の管理、凶事への対策等、全てにおいて並びない実力を有している。
ビエネッタはその家の「巫女」である。
は? 君が?
もうー! しつこいわね。
ロバートだって知ってるでしょ。最初に会ったときに話したんだんから……!
思い出したようにぽんと手を打つ。
あ、あ……そうだったっけそういや。
君は普段からふわふわしてるから忘れてた……
もーーー!
最近、大きな依頼があったみたいなの。
またそこで、術式をしないといけない。
術式?
キンバリー家に伝わる秘術。今はわたしにしかできない。
井戸。わたしは人の心に井戸を見る。
その深さ・濁り、釣瓶がその人の未来を表す。
わたしはその人の井戸を見て、未来を占うの――
……なんだかよくわからないが。
便利な術が使えるってことでいいのか?
便利なんかじゃない……! わたしは痛い……!
血が流れるの! 心の血が……! わたしがわたしでなくなる……バラバラに解体されてしまう……!!
両手で頭を塞ぎ、かがみ込む。体を震わし、かすかな嗚咽を漏らす。ファンバルカにはかける声も見つからず、しばし呆然と佇んでいた――
その辛さは僕にはわからないが……
そんなに嫌なら、やらなければいいじゃないか。
無理よ……お母様の命令だもの……
まあ、家の事には口を挟めないが……
じゃあ、僕が何かうまい方法を考えてやるよ。
うーん、その不思議な力を使わずに、家からも怒られない……
よし思いついたぞ。フフン、僕は天才だ。
ズルをしようビエネッタ。
君は能力なんか使わずに適当に予言をすればいい。未来予知の話だろう? 何を言ったところで誰にもバレたりしないさ。
アハハ、ハハ……ロバートはすごいなあ……いつだってわたしが思いつかないことを考えてくれる……
なんだよ。笑うなよ。いいアイデアだろ?
うん素敵……実現できたら……ね。
でもダメなんだ。ちゃんと正しい未来を導かなきゃ、わたしは折檻されるから。
は?
予言した未来が正しくなきゃ、お仕置きってこと? いやいやいや、おかしいだろそれ。
だって、予言が正しかったかなんて証明できないじゃないか。予言に逆らったり、別の件で結果がうやむやになったり、するだろ?
例えば右と左、2つの道があったとする。右に進むと良いことが、左に進むと悪いことが起こるという予言を受けて――
急用で、道を戻らねばならなくなったら。あるいは、地震で、道そのものが破壊されてしまったら。果たしてその予言は、正しかったと証明できるのか?
うん。でもそれは関係ないんだって。
全てはお客様の望む未来になることだけが正解。それ以外はすべてあってはならないこと。
それで……失敗したら、客が気に入らなかったら仕置き……? なんだよそれ。そんなの八方塞がりじゃないか。
――うん。
寂しげに、微笑む。
もしかして、今までに何度も……?
アハ……ハ、ハ……でも、今日は話せてよかった。少しだけ、気持ちが軽くなった気がするよ。
ふざけるなよ……
そんなのおかしいだろ……僕は認めないぞ。
そんな茶番、僕がぶっ潰してやる。
いいかビエネッタ。僕が、君を、救い出してやる!
年端も行かぬ少年の、精一杯の大見得。信憑性の程もわからぬ。
けれどそれを聞いたビエネッタの、大きく見開いた目。そしてそれは徐々に笑顔へと形を変え。その表情は、とても言い表せないほど印象的なものだった。
……
ぐーぐーぐー
ヌッとファンバルカの方に手を差し出し、無言で耳を引っ張る!
!? 痛ててててムグーーーー!
さらに口を塞がれ、声すら出させぬ……!
お静かに。そろそろ、始まりそうです。
!
これはこれはハウゼン殿。わざわざお越し頂くとは恐縮。
それはこちらのセリフです。ありがとうございます、バーナード殿。
倉庫には、対面に向かい合った2陣営が集まっているようだった。互いに5,6人の連れを用意している。物々しい雰囲気を感じる。
これを止めろだと? 無理を言ってくれる……
死力を尽くして戦えば、5,6人は道連れにできるかと。
抑止力から程遠い対応だね。それは避けたい。
ま、のぞみ薄だが何も起こらなければそれでいい。様子を見るとしよう。
続く