07 抗争鎮圧作戦 その2

ビエネッタ

――――

ファンバルカ

…………

トレーの上に広げられた砂。トレーからは管が出ており、それはビエネッタの頭部――視神経へと繋げられている。

ファンバルカ

再生を始めてくれたまえ。

ファンバルカが合図をすると――どうしたことだろう。トレーに乱雑に広げられた砂がひとりでに動き出すではないか。

サラサラ……

サラサラ……

ランダムに動いていたかと思われた砂は徐々に形をなし一つの絵を作りあげる。そこには一人の男の姿が映し出されていた。中肉中背、よれよれの白衣。地に伏しているその姿は……ファンバルカである。

ファンバルカ

僕一人か……クッ やはり「録画」ですら写すことができないか。

ファンバルカ

認識をズラすだ何だと言っていたからね……やはり特殊な目でもなければ……

砂は動き続ける。先ほどの役所での出来事を、ビエネッタの目を通した景色として描き出しているのだ。しかし、そこにあの怪人の姿は存在しない。

ビエネッタ

ファンバルカ様。これはどういうことなのですか。

ファンバルカ

ビエネッタ

この景色はわたくしのメモリーにはありません。

ビエネッタ

ファンバルカ様が地に伏し、何かを訴えかけている。役所で? つい先程?

ビエネッタ

わたくしは立ちながらに機能停止していたのですか?

声は平坦。発汗も見られぬ、そのような機能は備わっていないが故に。しかし、その畳み掛けるような問いは確かに「焦り」のように感じられた。

ファンバルカ

……やはりそうだったか。

ファンバルカ

君は役所の出来事について、今まで何も言及することはなかった。

ファンバルカ

単に見えていないだけじゃない、記憶自体が残っていないんじゃないかと、思っていたのさ。

ファンバルカ

これで、君は異常に気づくことができた。今回は、それが大きな報酬さ。

ビエネッタ

絵の中のファンバルカ様は……こちらを睨んで何かを訴えかけている。こちら、つまりわたくしに怒っているのですか?

ビエネッタ

いえこれは……微妙に方向のズレ……

ビエネッタ

そこに、何かいるのですか……?

ファンバルカ

…………

ビエネッタ

何者かが、ファンバルカ様を脅かしている? わたくしの護衛の及ばぬところで、ファンバルカ様が危険に晒されている……?

ファンバルカ

ビエネッタ君。

ビエネッタ

ファンバルカ様はその不届き者が何者なのかご存知なのですか? その名は?

ファンバルカ

ビエネッタ君。

ビエネッタ

――――はい。

ファンバルカ

少し、落ち着きたまえ。

ファンバルカ

いや落ち着く、というのも適切ではないか……思考ルーチンが通常から外れかかっている。戻したまえ。

ファンバルカ

そして今は、奴のことは説明できない。名を呼ぶのすら危うい。どれだけ離れていようが察知される危険性がある。

ビエネッタ

…………

ファンバルカ

だからビエネッタ君。目を手に入れよう。

ビエネッタ

この二つ目では飽き足らず、第6、第12の目を与えようというのですか。

ファンバルカ

だいぶ欲張るねえ君。

ファンバルカ

ともかく、数を増やすことに価値はない。必要なのは特別な目、だ。

ファンバルカ

この世の怪異すらも見逃さず映し出す魔法の瞳。それがあれば、反撃開始だ。

ただ理不尽に従うだけではなく。できることを画策する。彼らは黙って食われはしない。

ファンバルカ

とは言え依頼はこなさなくてはならない……ビエネッタ君、カルネー市に向かおうか。

ビエネッタ

了解しました。準備はできています。

プチプチと視神経につながった管を引っこ抜いていく。

ファンバルカ

あーーあーー! 乱暴にしないでくれ次使えなくなる……!

カルネー市 第四倉庫――

ファンバルカ

ふむ――まだ誰もいないようだね。今のうちに隠れて様子を伺うとしようか。

積み上げられた樽の隙間に陣取る。ここならば、見つかることはないだろう。

ファンバルカ

しばらくは何も起こらないだろう。少し、休んでいるといい。

ビエネッタ

わかりました。聴覚センサーのみ残して休止状態に入ります。

ファンバルカ

わかった。ゆっくりおやすみ。

ファンバルカ

…………

ファンバルカ

…………

いずこともしれぬ、寂れたあばら家――

ボーガン

ロバートォォォ貴様あああああ!

ファンバルカ

なんだなんだなんだ!? なんでキレてんだ!? ジジイ!

ボーガン

またわしの操り道具を無断で持ち出したなああ!!

ファンバルカ

やっべっっバレてたかッ

ボーガン

当たり前じゃ死ねええええ!

虎である。

ファンバルカ

虎!? 虎ーーーー!!?

壁際に置かれた張り子と思われた虎が、男の指の一振りで動き出したのだ!

虎は大きく口を開け、少年に躍りかかる……!

ファンバルカ

ややめ、やめ、ウォーーー!

ファンバルカ

はーはー死ぬかと思った……

ビエネッタ

…………

ファンバルカ

うわおっ ビエネッタ!? いたのか?

小屋を飛び出し、息を整えていたファンバルカは驚いて飛び上がる。小屋の外壁を背に、ビエネッタが佇んでいたのだ。

ビエネッタ

うふ、ふ、ふ……おっかし……

ビエネッタ

あなたたち、いつもそんな感じなの?

ファンバルカ

ん? ああ……師匠のことか?

ファンバルカ

80超えて未だハッスルたくましすぎるんだよあのジジイ。

ファンバルカ

!!

言葉は途切れ、沈黙が挟まる。その理由は、ビエネッタの顔にあった。

かきむしったように乱れた髪、赤く腫れた頬。うるんだ瞳。いつも花のように笑う彼女からは、想像できない姿。

ファンバルカ

泣いてんのか……?

ビエネッタ

大切なお師匠様でしょ。そんな風に悪く言わないの。

ファンバルカ

大切じゃないよ別に……殺しても死なないようなジジイなんだから……

ファンバルカ

違うって。僕らのことはどうでもいい。君だよ。

ビエネッタ

ファンバルカ

何か、あったのか?

ビエネッタ

…………

ビエネッタ

ううん、なんでも。ロバートたちのやり取り聞いてたら元気になっちゃった。

ファンバルカ

んなわけないだろ。だったらここまで来てやしない。

ファンバルカ

悩みがあって。何か進展するかもって思ってここまで来たんだろ。

ファンバルカ

家のことか……?

黙ってファンバルカを眺めていたビエネッタだが、ふっと、諦めたような、肩の力を抜いた笑顔。

ビエネッタ

かなわないな、ロバートには。なんでもお見通しなんだもん。

ビエネッタ

わたしね、お家の仕事を頼まれてるんだ。

ファンバルカ

何だったっけ、なんかお告げみたいなやつだよな。

ビエネッタ

そう。お客様の未来を占い、進むべき道を示さなくてはならない。

ファンバルカ

はっ占いね。僕には縁のない話だ。で、君がそれの手伝いでもしてるのか?

ビエネッタ

手伝いじゃないわ。わたしが神託を受けるの。

ファンバルカ

は? 君が?

キンバリー家。古くから神託を取り扱ってきた一族である。大富豪や文芸の有名人、行政の要人など様々な貴人がここぞという吉兆を占おうとするとき、この家の門を叩く。

キンバリー家の占いは界隈にて絶大な信頼を置かれている。的中率はもちろん、依頼主の個人情報の管理、凶事への対策等、全てにおいて並びない実力を有している。

ビエネッタはその家の「巫女」である。

ファンバルカ

は? 君が?

ビエネッタ

もうー! しつこいわね。

ビエネッタ

ロバートだって知ってるでしょ。最初に会ったときに話したんだんから……!

思い出したようにぽんと手を打つ。

ファンバルカ

あ、あ……そうだったっけそういや。

ファンバルカ

君は普段からふわふわしてるから忘れてた……

ビエネッタ

もーーー!

ビエネッタ

最近、大きな依頼があったみたいなの。

ビエネッタ

またそこで、術式をしないといけない。

ファンバルカ

術式?

ビエネッタ

キンバリー家に伝わる秘術。今はわたしにしかできない。

ビエネッタ

井戸。わたしは人の心に井戸を見る。

ビエネッタ

その深さ・濁り、釣瓶がその人の未来を表す。

ビエネッタ

わたしはその人の井戸を見て、未来を占うの――

ファンバルカ

……なんだかよくわからないが。

ファンバルカ

便利な術が使えるってことでいいのか?

ビエネッタ

便利なんかじゃない……! わたしは痛い……!

ビエネッタ

血が流れるの! 心の血が……! わたしがわたしでなくなる……バラバラに解体されてしまう……!!

両手で頭を塞ぎ、かがみ込む。体を震わし、かすかな嗚咽を漏らす。ファンバルカにはかける声も見つからず、しばし呆然と佇んでいた――

ファンバルカ

その辛さは僕にはわからないが……

ファンバルカ

そんなに嫌なら、やらなければいいじゃないか。

ビエネッタ

無理よ……お母様の命令だもの……

ファンバルカ

まあ、家の事には口を挟めないが……

ファンバルカ

じゃあ、僕が何かうまい方法を考えてやるよ。

ファンバルカ

うーん、その不思議な力を使わずに、家からも怒られない……

ファンバルカ

よし思いついたぞ。フフン、僕は天才だ。

ファンバルカ

ズルをしようビエネッタ。

ファンバルカ

君は能力なんか使わずに適当に予言をすればいい。未来予知の話だろう? 何を言ったところで誰にもバレたりしないさ。

ビエネッタ

アハハ、ハハ……ロバートはすごいなあ……いつだってわたしが思いつかないことを考えてくれる……

ファンバルカ

なんだよ。笑うなよ。いいアイデアだろ?

ビエネッタ

うん素敵……実現できたら……ね。

ビエネッタ

でもダメなんだ。ちゃんと正しい未来を導かなきゃ、わたしは折檻されるから。

ファンバルカ

は?

ファンバルカ

予言した未来が正しくなきゃ、お仕置きってこと? いやいやいや、おかしいだろそれ。

ファンバルカ

だって、予言が正しかったかなんて証明できないじゃないか。予言に逆らったり、別の件で結果がうやむやになったり、するだろ?

例えば右と左、2つの道があったとする。右に進むと良いことが、左に進むと悪いことが起こるという予言を受けて――

急用で、道を戻らねばならなくなったら。あるいは、地震で、道そのものが破壊されてしまったら。果たしてその予言は、正しかったと証明できるのか?

ビエネッタ

うん。でもそれは関係ないんだって。

ビエネッタ

全てはお客様の望む未来になることだけが正解。それ以外はすべてあってはならないこと。

ファンバルカ

それで……失敗したら、客が気に入らなかったら仕置き……? なんだよそれ。そんなの八方塞がりじゃないか。

ビエネッタ

――うん。

寂しげに、微笑む。

ファンバルカ

もしかして、今までに何度も……?

ビエネッタ

アハ……ハ、ハ……でも、今日は話せてよかった。少しだけ、気持ちが軽くなった気がするよ。

ファンバルカ

ふざけるなよ……

ファンバルカ

そんなのおかしいだろ……僕は認めないぞ。

ファンバルカ

そんな茶番、僕がぶっ潰してやる。

ファンバルカ

いいかビエネッタ。僕が、君を、救い出してやる!

年端も行かぬ少年の、精一杯の大見得。信憑性の程もわからぬ。

けれどそれを聞いたビエネッタの、大きく見開いた目。そしてそれは徐々に笑顔へと形を変え。その表情は、とても言い表せないほど印象的なものだった。

ビエネッタ

……

ファンバルカ

ぐーぐーぐー

ヌッとファンバルカの方に手を差し出し、無言で耳を引っ張る!

ファンバルカ

!? 痛ててててムグーーーー!

さらに口を塞がれ、声すら出させぬ……!

ビエネッタ

お静かに。そろそろ、始まりそうです。

ファンバルカ

これはこれはハウゼン殿。わざわざお越し頂くとは恐縮。

それはこちらのセリフです。ありがとうございます、バーナード殿。

倉庫には、対面に向かい合った2陣営が集まっているようだった。互いに5,6人の連れを用意している。物々しい雰囲気を感じる。

ファンバルカ

これを止めろだと? 無理を言ってくれる……

ビエネッタ

死力を尽くして戦えば、5,6人は道連れにできるかと。

ファンバルカ

抑止力から程遠い対応だね。それは避けたい。

ファンバルカ

ま、のぞみ薄だが何も起こらなければそれでいい。様子を見るとしよう。

続く

pagetop