第7幕
合わせ鏡の伝説
第7幕
合わせ鏡の伝説
しばし流れる沈黙を振り切り、ゆっくりと聞き返す。
え……えっと…今なんて…?
だから!わかったんだって、幽霊ちゃんの正体がさ!!
えっと…聞かせてもらっても?
ふふふ~、なかなか自信あるよぉ、これは…
ルオは得意げな笑みを浮かべたまま咳ばらいをし、「ずばり…!」と、探偵張りのどや顔でこう言い放った。
あの子は、ジュディ=エーデルワイスだ!!
………えっと
ちゃんと証拠はあるよ!
資料は持ち出し禁止だったから持ってこれなかったけど、ジュディの姿絵を見つけたんだ!
姿絵…!もしかして、あの子に似てたの…?
そのとーり!もうびっくりするほど完全一致!!これ以外もうありえないね!!
それはドンピシャだね…!あとで俺も見ていい?
ぜひぜひ!
ふふ~、怪盗クラバットより先に答えにたどり着いちゃうなんて、僕ってできた弟子だな~♪
俺はクラバットじゃないけど…良かった。これであの子も報われるかな。
そうだね!今夜が楽しみだなぁ…
ルオは調べもの得意なんだな…少しうらやましい。俺の得られた情報は少なかったうえに、ルオの情報ほど有力な手掛かりもなかったので、情報共有もそこそこにベルリーナ、アマンドと合流し朝食をとった。
…さっきはああ言ったけど…ここまで証拠がそろっていれば、きっと大丈夫…だよね?
さて!昨日はサヴァランが倒れちゃって何もできなかったし、今日は堪能するわよ~!!
昨日は朝も早かったですからね。きっと少し無理をしてしまったのでしょう。
それは違うと思うけど…ま、リーナかわいいし、仕方ないといえば仕方ないわね。サヴァランだし。
え、何その俺がヘタレみたいな言い方
違うの?
違いますが???
あんなにリーナ誘うのにどぎまぎして…
それは言わないで!!
私を…なんです?
何でもない!!何でもないよリーナ!!
サヴァラン君、今日は大丈夫?
大丈夫。心の準備はしてきた。
……その割にはさっきから目が泳いでるような…
キノセイジャナイカナ
む、無理はしないでね…?
朝食後…腹ごなしに昨日行けなかったプールに行こうという話になり、改めて心の準備を万全にして2号車にやってきた。
列車の中にあるとはいえ、小さな市民プールほどの広さがあるそこは、やはり閑散としている。太陽に似せた疑似ライトが、主のいないビーチチェアをさみしく照らしていた。
本当に、ほとんど人がいない…くだんの悪霊騒動の影響って、そんなにひどいものなのかしらね。
昨日から顕著ですもんね…私たちにはどうにもできないですが…
そうだね…残念ではあるけど、実際すごく楽しいし、いい思い出になってるし。
ひとしきり楽しんで、帰ったらマルシェとかで宣伝してみようか。人が集まるあの場なら、うわさが広まるのも早いしね。
そうね。幽霊なんか出ませんでしたよ~って、みんなに教えてあげましょう!
出はするんだけど…
機関室に行かなければいい話だしなぁ…
確かに…そのくらいなら私たちにもできますね。私も、知り合いや友人にお話ししてみます。
ええ!こんないいところ、このままお客さんが来なくてくなっちゃうなんて嫌だもの。
だね!それじゃあ…さらなる思い出作りのためにも、たっくさん遊ぼ~!!
それから、競泳用プールでレースをしたり、ジャグジーでゆったりしたり、波のプールで溺れかけたり…想像していた以上にプールを堪能した俺たちは、昼食の時間も近くなったためバーカウンターへと向かった。
…さて、あの二人はいるかな?
バーカウンター・Cher Souvenirsへようこそ。切符を拝見致します。
…おや、ブリュレ様でしたか。ゲーテに御用ですかな?
いえ、今回は普通にお客としてきました…こちら切符です
こちらもお願いします。
左様でございましたか。失礼いたします……はい、問題ないです。ブリュレ様、アラモード様ですね。
空いているお好きな席にどうぞ。
Marcy
Marcy
今回は人数も多いのでボックス席に座る。注文を決めてウェイターを呼ぶと、サクラが来てくれた。
やあ、サヴァラン君、ルオネルト君。旅は楽しんでる?
ああ、おかげさまでね。
Bonjour、サクラさん!もう、目いっぱい楽しんでますよ!!
Bonjour、ムシュー。
あなたが、サヴァランのお友達…ですか?
Bonjour, jeune fille、そうだよ。
サクラ=ゲーテです、よろしくね。
サクラさんですね!私はアマンド=ショコラです…いつもサヴァランがお世話になってます!
そんな母親みたいなこと言わないでよ…
あはは!こちらこそ、いつもお世話になってます。
…それで、君がもしかして…?
………ああ、すみません。
サクラは、アマンドの隣に座るベルリーナに視線を向ける。すると彼女は、少し居住まいを正して
リーナ=アラモードです。サヴァランさんとはお友達関係です。
うん、話は聞いてるよ。彼の初恋の人だってーー
あってるけど!!その言い方はなんか恥ずかしいからやめて!!
あはは、ごめんごめん!
改めて、みんなよろしくね。
…っと、注文だったね。順番に聞いていくよ。
サクラは注文を聞いていくと、手元のメモに書き起こしてカウンターへと引っ込んでいった。その後、ものの数分で注文品をそろえ運んできてくれた。
Marcy、サクラ。
ところでシオは?休憩中?
ああ、今日は少し時間がずれていてね。
そっか…二人はいつも一緒のイメージだから、なんか新鮮だな。
もう一人いるの?
ああ。僕の兄弟で…シオってやつがね。
そうなんですね!今回は残念でしたが…いつか会えるといいなぁ
シオさんもいい人だよ!さっき一緒にお話ししたんだけど、すっごい楽しかった~!
ふふ、そういってくれると、シオも喜ぶよ。
でも…いいなぁ。高校の友達と旅行なんて…俺たちの時は、ぼーっと過ごしてたらいつっの間にか受験勉強に追われちゃって、何もできなかったよ。
え、そうなの?意外…
そうなんだ…友達もだいたい同性だったし、恋の「こ」の字の話題も出なかったよ。
恋…それは、私よりサヴァランが渦中の人間って感じね
絶賛恋愛中だもんね!
当事者が二人そろってるんだよ…?なんで目の前でそんなこと言えるの…?
気にするのはサヴァランだけじゃない?
そんなことなくない?ねえ、リーナ?
このクラブハウスサンド、おいしいです…
ね?
…そうみたいだね
アラモードさん、一つのことに集中するとそっちに一直線だからね…
でも、そんなところもかわいいんだよねぇ…
平然とのろけるわりに、そういう話題に弱いんだから…
ふふっ、そうなんだね…それじゃあ、そんなサヴァラン君に耳寄りなお話を聞かせてあげようかな。
耳寄りな話?
そうそう…
『合わせ鏡の伝説』って、知ってるかい?
合わせ鏡の伝説…聞いたことないけど、なんでこのタイミングで…?
…さあ、知らないけど…
おお、なら話して損はないね。
これは…僕の家にかつてあった家宝についてお話なんだけど…
……!
……なるほど、そういうことか。
家宝…?サクラさんのおうちって、結構大きいところなんですか?
ああ、大きいというか…大きかった、というほうが正しいね。
かつて、ゲーテ家には、『ケーリュケイオンの合わせ鏡』というものがあったんだ。
ケーリュケイオンの合わせ鏡
それは、ゲーテ家に伝わる「婚姻」の家宝
代々次期当主へと受け継がれるそれは
次期当主が結婚を決めたものへと
贈る鏡だった
しかし、ただ合わせ鏡を手渡すのではない
結婚を決めた女性が現れたら
次期当主は蛇を模した番を外し
合わせ鏡を二つの鏡に分ける
そうしてうち片方を妻となる女性に
もう片方を自分で所持し
現代で言うエンゲージリングのように扱った
婚姻を交わしたのちに
その鏡は再び一つに戻る
そうして二人は夫婦となるのだ
一度番が離れても、また一つに戻る
このことから、合わせ鏡を用いた婚約は
困難が二人を分とうと
必ず互いの許に戻るという
つながりの強さを意味したという
没落し、合わせ鏡がなくなってからも
ゲーテ家ではその習慣が残り、末席や分家では
現在も合わせ鏡をエンゲージリングの
代わりとして扱うことがある
……という伝説だよ。
そんな話があるんですね…素敵です!
末席や分家では…ということは、もしかして、サクラさんもその方法で…?
あはは!そうだね。出来たらきっとロマンチックだと思うよ。
なるほど…確かに、指輪で普通に…ってやるより、意外性があって面白いかもね。
つまり…
この話を通じて、サクラが俺に伝えたいこと…それは…
…「ケーリュケイオンの合わせ鏡」…これがなぜ、ここにあるかという説明…ってところか
ゲーテ家の最後の当主…アルバスターは、ジュディとの婚約も示唆されていたということ…彼に、少しでも本気でジュディを愛する心があったとしたら…もしかしたら、落鳴事件より前に、婚約の証としてジュディに鏡を送っていた、ということもあり得たのかもしれない。
まったく…こっちはその情報のせいで少し混乱してたんだよ…?その説明も、今朝来た時に欲しかったなぁ…
ジャポネだと、ものに婚約とか、成就させたい願い事なんかを託すと「思いが宿る」なんて言われていてね。
ゲーテ家はもともと貿易に強い言い家系だった過去があるらしいから、きっと、この合わせ鏡に関しても他国の文化を取り入れた遊び心が発祥だったりするのかもね。
ものに思いが宿る…かぁ。なんかいいですね、そういうの。
ルオは服飾系の学科に通ってるんだものね…作った洋服にも思いがこもっているって考えると、考えるのが楽しくなりそうね♪
そうだね!今度作るときは、ちゃんと願い事も込めながら作ってみようかな!
…というわけで…
これも参考にしてみたら、いろいろと進展が望めるかもよ、サヴァラン君?
……そうだね。いろいろ考えてみるよ、ありがとう。
ああ、長話して悪かったね。それじゃあ、ごゆっくり。
そういって、サクラはカウンターへと戻っていった。
よし。裏付けもできてきたし、これはほぼジュディで決まりだな…
何とかなりそう…あとは、どうやって鏡を譲ってもらうか考えるだけだね。
そうして時間は過ぎていき…とうとう、タイムリミットがやってきた。
機関室に入ると、そこには昨日と変わらない笑顔を浮かべた少女…ジュディ=エーデルワイスがいた。
Bonsoir、クラバット、アイン。答えは出たかしら?
Bonsoir、レディ。ああ、出たよ。優秀な弟子が導き出してくれたんだ。
ふっふっふ~、列車の中にヒントどころか答えを残すなんて…不覚だったね!
あら…てっきりクラバットが答えを出してくるのかと思っていたわ。あなた、なかなかできるのね…
なめてもらっちゃ困るよ~?僕は、クラバットの一番弟子なんだから!
一番弟子…かぁ…
悔しい…
……まあいいわ。答えを聞きましょう。
Je suis qui ?
きみは…
決めろ…ルオ!
ーージュード=エーデルワイスの娘…
ジュディ=エーデルワイスだ!!
…………
暫し、蒸気の音だけがこだまし、沈黙が流れる…
…………
…………
…………
やがて少女は、その顔に微笑みを浮かべーー
不正解…残念ね
そう、冷たく告げた。