王子先輩!
あっ! 秋生くん。
そんなに慌ててどうしたの?
最近、空き教室に来なく
なりましたよね。
今度王子先輩を見つけたら、
捕まえなきゃと思って
連絡もしないでゴメン。
俺、新しくバイト始めたんだ
本屋のバイトの他に?
うん。
小説家のアシスタントを
やってるんだ
小説家……
大好きなラノベの原作者なんだ。
まだ一回しか行ってないんだけど、
採用されたことが未だに
信じられないよ
王子先輩は、
作家になりたいんですか?
ちっ、違うよ!
俺が小説を書くのなんて無理無理!
ほら、アシスタントって言っても
弟子とかじゃなくて、
家政夫みたいなもんだからっ
家政夫って、掃除や洗濯をしたり、
料理を作ったり……?
そうだよ。
料理はまだやってないけど
ふうん……
なんでそんなに暗い顔してるの?
暗い顔なのは元々です
いや、秋生くんは暗くないよ
わかりますよ、
秋生くんの気持ち……
藤吉さんが出てくると
ややこしくなる予感
では、私は下がった方が
いい予感?
いや、藤吉さんに
秋生くんの心境を解説して欲しい
気持ちもある予感
…………
秋生くんなんか喋ってよ
二人が楽しそうに話しているので、
黙っていた方がいい予感
俺と藤吉さんは、
キミの話をしてるんだよ?
新たな男性が現れたせいで、
BL王子の気持ちが
揺り動かされないか
心配なんですよね?
そういうんじゃないでしょ
いえ、それで大体合ってます
合ってるの!?
王子先輩が憧れている作家なんて、
俺に勝ち目が無いな……と思って
しかも身の回りの
お世話をしているなんて、
まるで奥さんみたいですよね
奥さんじゃないから。
ハウスキーパーって言葉、
藤吉さんは知ってる?
じゃあ逆に聞きますけど、
通い妻という言葉を
知っていますか!?
何の意味を持つ質問なのそれは
秋生くんは、BL王子が
ベル先生の通い妻のようだと
言っているわけです
確実に言ってないよ
この際だから秋生くんも、
Uber Eatsとしてベル先生の
お宅へ行ってはいかがでしょうか?
Uber Eatsの配達員は
そういう目的で登録するものじゃ
ないからね?
俺に構ってくれないのは
少し寂しいですけど、
王子先輩のお仕事を
邪魔するつもりはありません
でも、たまには空き教室にも
顔を出してくださいね
うん……。
最近行ってなくて、ごめんね。
今度の休みに遊びに行こうか?
嬉しいなあ。
それってデートですよね?
あ、いやっ。
そういうんじゃなくて、
普通に遊びにっっ
ははっ、わかってますよ。
ちょっと冗談を言っただけなのに、
可愛い反応してくれますね
か、可愛いって!
秋生くん、あのねえ!
そろそろ昼休み
終わっちゃいますね。
それじゃあ王子先輩、また
ま、またね
連絡待ってますね!
(風のように去って行った……。
あんなに爽やかなら、
そりゃあ女の子にモテるはずだよ)
秋生くんってば、
なんて聖人君子なのでしょう
いきなり何?
海岸沿いで抱き合って
愛を伝え合った仲だというのに、
未だに煮え切らないBL王子に
ここまで我慢してるんですよ?
ふ、藤吉さん……。
恥ずかしいこと思い出させるの、
やめてよ……
恥ずかしくなんて
ないです!(私は)
いい加減、秋生くんの気持ちを
受け入れてください!
それからベル先生とも
付き合ってください!
藤吉さんは、支離滅裂という言葉が
服を着て歩いているようだね
一方その頃、
雷殿鐘(らいとの べる)は
俺に悩みを相談していた
うむ。何に対する一方なのかは
わかりかねるが、漫画によくある
読者に話しかけるパターンだな
……で、悩みとはなんだ?
美家くんを好きになって
しまったかもしれない
そうなのか……。
だが、そんなつもりで彼を
お前の所に行かせたつもりは無いぞ
わかってる。
だからお前に相談しているんだ。
もう美家くんを雇わないほうが
いいのかもしれないな……
美家をクビにするというのか?
あいつはお前の所へ通うのを
あんなに楽しみにしてるんだぞ
あいつがお前のファンという
気持ちも汲んでやってくれ
まさかお前も
美家くんが好きなのか?
何を馬鹿なことを!
そんなわけあるか!
それもそうか。
大切な従業員に手を出したら、
お前が親父に何を言われるか
わからないよな
えっ。
美家に手を出したら、
親父に怒られると思うか?
あ、うん。
たぶん
そうか……。
それは困ったな
やはり好きなんじゃないか
(結局、司に相談しても
何の結論も見出せなかった
わけだが)
(しかし、司も美家くんを
好きだったとはな)
(美家くんは誰からも
好かれそうだとは思っていたが、
まさか司がライバルに
なってしまうとは……)
(ハッ!
司に相談することによって、
悩みが増えているじゃないか!)
……はい
こんにちは、美家です
ああ、悩みが解決しないままに
美家くんが来てしまった
な、悩み?
なんでもない。
今開けるから入ってくれ
こんにちは。
お仕事は進んでますか?
それが困ったことに、
あまり進んでいないんだ
そうですか……。
さっき悩みと言ってましたけど、
もし俺で役に立てることがあれば
何でも言ってください
何でも?
はい!
ベル先生の作品作りに
協力させて欲しいんです!
キミは本当に俺の作品を
好きでいてくれるんだな。
それだけで勇気づけられるよ
あっ、いや、
俺なんかまだまだですよ。
俺より熱狂的なファンが
沢山いるじゃないですか
ファンがいるのは嬉しい。
だが、美家くん。
キミが俺の作る物を好きだと
言ってくれることが、
何より嬉しいんだ
そ、そうですか?
(まだ出会ってから
一ヶ月くらいしか経ってないのに、
なぜこんなにも
俺に感情移入をしてるんだ?)
(これが他の人なら、
またいつものパターンで俺を
好きになったんじゃないかと
疑う所だけど……)
(ベル先生に限って、
俺に恋することなんて
有り得ない!)
(きっと俺に
気を遣ってるんだろうな。
やっぱりベル先生は、
神様みたいな人だ)
話を戻すが、
さっき何でもしてくれると
言ったよな?
もちろん!
俺に出来ることであれば、
何でもします!
では、俺と付き合ってくれ
わかりました!
驚いた。
意外にすんなりと
承諾してくれるんだな
そりゃあベル先生の頼みですから。
断るわけないですよ
ありがとう。
これで俺も精力的に
仕事へ取り組むことができる。
美家くんも、いつも通りに
作業を始めてくれ
あ、はい!
力になれて良かったです!
では、掃除や洗濯が
一通り終わったので、
失礼しますね
ああ。駅まで見送ろう
いえ、いいですよ。
筆が進んできたでしょうから、
そのまま続けてください
そうか。
気を遣わせてすまないな。
気をつけて帰ってくれ
はい!
失礼します!
…………
(そう言えばベル先生は、
俺にどこへ付き合って
欲しかったんだろう?)
(何か会話が噛み合って
いなかったような、
この得体の知れない
違和感は一体……?)
BL王子!
かつてない大進歩ですね!
藤吉さんは、
ずっと近くに居たの?
はい、もちろん。
そろそろ慣れてください
いや藤吉さんが唐突に
現れることには
もう慣れてるんだけど、
聞きたいことがあって
なんでしょう?
今日の俺とベル先生の会話で、
何か変わったことが無かった?
ありませんでしたよ。
BL王子とベル先生が
付き合うことになったという以外は
それなんだよね。
その後どこへ行くわけでもないし、
一体どこに付き合って
欲しかったんだろう?
それ、本気で言ってるんですか?
本気も何も、
あれは何だったのかなって。
ベル先生は何かの
冗談で言ったのかな?
どう見ても本気でしたよ。
だって眼差しが真剣でしたもの
まあ、ムードも作らず告白なんて
ちょっと軽いかな~
とは思いましたけど、
それもイマドキって感じですよね
あっ、近くにイオンモールが
出来たって話してたな。
きっとそこに付き合って欲しいんだ
それにBL王子の気持ちが
盛り上がるまで待ってたら、
いつまでたっても
恋人になんてなれませんから
ベル先生はラノベ界の神だから、
どんな物を買うのか
見当もつかないよ
とにかくカップリングが
成立して、
本当に良かったです!
お、お前ら……。
さっきから聞いてたら、
会話が噛み合ってなくて
すげー怖いんだけど
あ、暮男。
こんな所でどうしたんだ?
こんな所も何も、
ここは俺んちの前だからな。
お前こそ、こんな遅くまで
何やってたんだ?
BL王子は、
アルバイトの帰りなんですよ
バイト!?
聞いてないぞ!
言ってないからね
いつから始めたんだよ?
えーと、
本屋のバイトはかなり前からで、
ベル先生の所は一ヶ月前かな
どこの本屋だよ?
しかもベル先生ってなんだ???
また新しい男の影か!!
しまった。
暮男に話したら面倒くさいことに
なるんだった
おい、テメエ……。
藤吉には話して、俺には
話さないなんてどういう了見だ
藤吉さんは
俺が話したわけじゃないよ
はい。待っているだけでは、
誰も教えてはくれません。
私は自ら情報を収集しました
そうか……。
俺も少しは藤吉を見習わなきゃな
いや、見習う必要ないでしょ
そういうわけで、
美家くんと付き合うことになった
……は? コ○スぞ
ココス?
おいしくたのしいレストランの
話は、今していない!
コロ○と言ったんだ!!
コロ助……!?
キテレツ斎様の元へ
帰ったんじゃなかったのか!
仮に俺がコロ助と
言ったとして、
そこそんなに盛り上がる所か?
すまない。
友人からのダイレクトな
殺害予告を受け止めきれずに、
つい現実逃避をしてしまった
そうか。
ちゃんと伝わってたんだな
それにしても、美家から見て
ポッと出のお前に
かっさらわれてしまうとはな……。
どうやって美家をものにしたんだ?
付き合ってくれと言ったら、
アッサリ承諾してくれた
そんなシンプルなことで!?
ああ、すごくシンプルだった
そんなことは有り得ない!
美家は俺を好きなはずだ!
まさか……
司とも付き合っているのか?
そうだ、付き合っている。
美家から申し込んできたんだ
そ、そうだったのか。
じゃあ俺はもしかして、
からかわれているのか?
いやしかし、美家くんが人を
からかうような子には思えない。
かといって二股をかけるような
子にも思えないし
はっきり言おう。
美家がお前の告白をOKしたと
思ったのは、お前の勘違いだ
なにぃ……!?
ご愁傷様です
そんな馬鹿な……。
今日は美家くんが来る日だから、
二人でイオンモールへ行って
初デートをしようと思っていたのに
イオンモールで初デートって、
中学生のような初々しさだな
どうやら美家くんが
来たようだ。
電話を切るぞ
お前……。
美家と遊んでないで、
ちゃんと原稿を仕上げろよ……
わかっている。
締め切りまでの
タイムリミットも近いしな
ベル先生、
今日はキッチンを借りても
良いでしょうか?
どうしてだ?
夕食ならUber Eatsを
頼めばいいだろう
いえ毎回デリバリーっていうのも
身体に悪いと思って。
今日は何か作りますよ
美家くんが、手料理を?
はは。
手料理って言うほど
大したもんじゃありませんけどね
何を作ってくれるか楽しみだな。
期待してるよ
本当に期待するような
物じゃないですって!
ただのピーマンの肉詰めですから!
俺の大好物だ。
しかも美家くんのエプロン姿が
見れるなんて、嬉しいよ
ベ、ベル先生……!
からかってるんですか?
俺が美家くんをからかう?
なぜ?
だってベル先生なら
エプロンを着けてくれる女の子
なんて沢山いるじゃないですか
男の俺なんかがエプロン
着けてるの見ても、
別に楽しくないでしょう?
キミはいつも沢山のファンや、
沢山の女の子がいると言うな。
だが俺にとって必要なのは
キミだけなんだ、美家くん
えっ……。
お、俺だけ?
いや……。
こんな未練がましいことを
言っては駄目だ。
司と付き合っているキミを
困らせてしまうだけだな
は?
だから、
司と付き合っているキミを
困らせてしまうと……
付き合ってませんよ
なにっ?
いやしかし、司からそう聞いたぞ
あの人、何を勝手なこと
言ってんだ。
そんな事実ありませんよ
なんだ、そうだったのか。
それを聞いて安心したよ
安心……?
改めて言う。
美家くん、俺と付き合ってくれ
付き合う……。
ベル先生と付き合う……?
はっ、そうか!
イオンモールに行くのを
付き合えばいいんですね?
いや、結果的には
そうなんだが……
良かった~!
そうですよね、
ちょっと勘違いしちゃいました!
何を勘違いしたんだ?
いや、恥ずかしいことに
ベル先生が俺のことを
好きなのかと思っちゃって
ラノベ界の神である先生が、
俺なんかを好きになるわけ
無いですよね
美家くん……。
キミは間違っている
はい?
俺は神なんかじゃない。
一人の男だ
キミが俺の作品を好きだと言って、
俺を尊敬してくれる。
本来ならば、
それは喜ぶべきことなんだろう
だが、キミが俺を神聖視するたびに
遠ざけられているようで
悲しい気持ちになるんだ
遠ざけてるつもりなんて……。
でも、そう見えたのなら
すみません
いや、悪いのは俺だ。
キミの優しさに甘えてしまって
気持ちを押し付けてしまった
恋人になって欲しいという話は
一度忘れてくれ。
キミという優秀なアシスタントを
失いたくないのでな
ベル先生……。
俺、どうすれば……
とりあえず
ピーマンの肉詰めを作ってくれ
へ?
作ってくれるんだろ?
子供の頃からの大好物なんだ。
早く食べさせてくれないか?
は、はい!
締め切り前なのに
駅まで送ってもらっちゃって、
すみません
美味しい料理を食べさせて
もらったことへのお礼だ。
可愛いエプロン姿も
見せてもらったしな
可愛いって……。
男にいう言葉じゃないですよ
ははは、すまない。
それじゃあ、気をつけて帰れよ
あのっ、ベル先生!
どうした?
俺にとって、ベル先生は
やっぱり神様です!
でも、それは遠ざける
意味じゃなくて……
面白い作品を世に送り出して
くれたことへの感謝の気持ちが
こもってるんです
だから……うーんと……。
上手く説明できないんですけど、
あまりネガティブにとらえて
欲しくないって言うか……
……ありがとう。
やはりキミは優しいな。
だからキミを好きになったんだ
ううっ……。
その、ベル先生が俺を好きって
いう言葉が恐れ多いんですよ
うむ、今はそれでいい。
美家くんの気持ちが俺に傾くまで
ゆっくり待つことにするよ
は、はい……
(憧れの神様が俺に
好意を持ってくれて、
しかも答えを待ってくれるなんて……)
(俺には荷が重いよ……)