逢沢光流

……ね 顔をあげて
やっぱりこのままじゃ終われないよ

姫野美雪

でもこれからどうすれば……?

逢沢光流

この部屋 自由に使っちゃおう
さっきみたいな感じで通しの演技をしたいんだけど……付き合ってくれる?

姫野美雪

はい もちろん

姫野美雪

……?
光流さん? それは私の台本ですよ? 光流さんのはこっち……

逢沢光流

ううん これでやってみたいんだ
僕がお姫様役 美雪ちゃんが王子様役

姫野美雪

はぇ え……私がですか!?
でもっ 自分の役を誰かに預ける……んですか!?

状況を飲み込めていないというより、普段しないことに戸惑っている様子だ。

光流は少しばつの悪そうな顔で言葉を止めたが、無茶ぶりを突き通すことにして美雪に話を続けた。

逢沢光流

相手の役を演じることで見えるものがあると思うんだ

逢沢光流

僕の経験……プロデューサーの無茶ぶりだったんだけど ある作品でお姫様役を貰ったことがあるんだ。

逢沢光流

それで お姫様がどんな気持ちで王子様を待っているのかを考えることができた

姫野美雪

お姫様が どんな気持ちで……ですか

逢沢光流

驚かせちゃってごめんね
ひょっとしたらかなり変なことを言ってるかもしれないけど……やってみたいんだ

逢沢光流

……だめ?

姫野美雪

あ……

正直なところ美雪は、光流の言葉を反芻した地点でやる気十分だったのだが。
とどめに小首を傾げる彼の仕草に、無意識に可愛らしさを見出して少しだけ言葉を詰まらせる。

姫野美雪

これじゃ私が教わってるみたいだよ

姫野美雪

だったらなおさら 私にできることはどんどんやらなくちゃ!

姫野美雪

ぜひやってみましょう!

逢沢光流

じゃあ最初の台詞……
ここか 王子様のお城のシーンからだね

……それから、2人は長い演技をこなしていく。

彼らにとってこの演技は、どちらが優れているかを測る機会ではなかった。
理論的な巧拙や感覚的な所作……あるいは別の何かを掴み取ろうとしながら、ただ楽しんでいた。

逢沢光流

僕の役の台詞も覚えてるのか! それだけじゃない 台本に書いてあること全部頭に入れて立ち回ってる
……もしかしたら原作も?

逢沢光流

それだけ真剣に研究して臨んでるんだ……!

姫野美雪

お姫様役じゃなくて 本当にお姫様みたい……! 光流さんは役を演じるんじゃなくて役に入り込む人なんだね

姫野美雪

私 頭でっかちになってたかも……私も感覚的な部分を忘れないようにしなきゃ!

逢沢光流

……これでおしまい っと

姫野美雪

光流さん ありがとうございます!

逢沢光流

僕こそありがとう! やっぱり美雪ちゃんの演技ってすごいや!

姫野美雪

そうですか? えへへ……
あ そうだ 演じてみて思ったんですけど作中の王子様は……

姫野美雪

……って ふえっ!? プロデューサーさん!?

逢沢光流

それにスタッフの皆さん……
もしかして僕たちのこと見て……いつからですかっ?

プロデューサーが自慢げな表情を浮かべながら、小さく片手を上げてみせる。
その後ろからぞろぞろと先程のスタッフたちや監督が部屋に入り、2人に口々に賞賛を送った。

いやーびっくりしたよ……!

君らのプロデューサーがカメラを残していたんだ
ぜひ見てくれと頼み込むもんだから何だと思えば……良いものを見せてくれた!

姫野美雪

そうでしたか……! 見てくださってありがとうございます!


プロデューサーはスタッフたちにぺこぺこと礼をしながら、後ろ手に親指をあげてみせた。

姫野美雪

プロデューサーさんにはお見通し……というより 私たちを信じてくれているんですね

逢沢光流

隠し撮りなんて……もう! でも皆に認めてもらえたんだから結果おーらい……かな?

なかなか様になってたねぇ
いっそ王子と姫を逆にして売り出すなんてどう?

ははあ 先の演技を見てるとアリっすね!


沸き立つスタッフたち、興奮冷めやらぬ勢いだが、光流と美雪は首を横に振った。

逢沢光流

お褒めいただいてとっても嬉しいです
でもあれは あくまで自分の役のための演技でした

逢沢光流

本当のお姫様は美雪ちゃんですし、僕だって王子様を譲る気はありません

ね? と柔らかな視線を向けられて美雪も頷く。そして言葉を続ける。

姫野美雪

お願いします
どうか本格的な演技指導をしてください!

姫野美雪

おばあちゃんに プロデューサーさんに そして光流さんに……
背中を押してもらったんです

姫野美雪

私のしたいことをせいいっぱいやってみるべきだって

姫野美雪

私たちのせいいっぱいに……皆さんの力を分けてください

……うーん
そうは言ってもね

本来このドラマには低コストで早く視聴者に届ける目的がある
会社やスポンサーにとってのニーズ 監督たる私の価値も『早さ』にある

努力が無駄だとみなされても……迷惑だと揶揄されても……
それでもやりたいかい?

監督 それはあまりに……

姫野美雪

やりたいです

逢沢光流

僕たちを信じてください

……即答 か

互いの立場と主張を賭ける。
緊迫した空気の中、やがて監督が息を吐く。

立ち回りはさすがにまだ甘い
入れ替わりは他の役と合わせる時で良いから 個人シーンを詰めようか

姫野美雪

……!

気づいたことや改善点があれば君たちスタッフからも申し出てくれ

では僕からよろしいですか? 可能ならすぐに変更したい点がありまして……

こちらは音響面の見直しを行います

演技指導を詰める必要がありますよね 先ほどの演技から言えることは……

すまんね2人とも ちょっと待っていてくれるかい!

逢沢光流

はい!

逢沢光流

なんだかいい雰囲気になったなぁ
美雪ちゃん ありがとう

姫野美雪

光流さんのおかげですよ
こちらこそありがとうございます

姫野美雪

光流さんって頼れる人ですね
お兄ちゃんがいたらこんな感じなのかな?

逢沢光流

うわぁ 本当に!?
なかなか言われないんだよ 陸に自慢しちゃおっと!

姫野美雪

はしゃいでる姿 かわいいかも……いやいや王子様だよ!? びっくりするなぁ……

逢沢光流

よぉし 本当の見せ場はここからだね

姫野美雪

はいっ 皆が笑顔になってくれるように……せいいっぱいを!

彼らの作りあげたドラマは完成度が高く面白かったとの評判も テレビだけでなく配信サイトに展開し何度も再放送されるようになったことも……

監督・製作陣の仕事ぶりが彼らの今後につながっていったことも……

あえて語る必要のない話だ。

~終わり~

プリンス・プリンセス・オブリージュ(後編)

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