登場アイドル:逢沢光流・姫野美雪

姫野美雪

ふむふむ……

レッスンルームの一角で美雪は本のページをめくる。時々栞の位置を変え、付箋を貼り付けながらも、食い入るように文字を追っている。

姫野美雪

中盤で王子様が葛藤するシーンは今回のドラマではカットされているんだね
なるほど……

演技指導の担当スタッフは時間ぴったりにやってくるだろうから、美雪が床に足を伸ばして座っていても部屋は広々としている。

時々驚いた顔で前のページを捲ってみる。余韻に浸るように目を閉じてじっとしてみる。
年相応の仕草は『国民的アイドル』という呼称にそぐわない幼さだ。

もちろん、そんな少女の等身大の姿は部屋の大きな鏡に映るのみだった。

やがて、栞があとがきのページに辿り着いた頃……

逢沢光流

お疲れ様でーす!

姫野美雪

光流さん こんにちは
顔合わせ以来ですね

逢沢光流

やぁ美雪ちゃん 早いね
となりに座っても大丈夫かな?

姫野美雪

もちろんです どうぞ!

逢沢光流

読書の邪魔じゃなきゃいいんだけどさ その本はどんな話なの?

姫野美雪

今回演じるドラマの原作です
プロデューサーにおねだりして買ってもらっちゃいました

逢沢光流

へぇ! 役作りのためなのかな?

姫野美雪

最初はそのつもりだったんですけど……面白くてつい読むのに没頭しちゃって

逢沢光流

あはは! そんなに面白いんだったら、今度陸にもおすすめしておこうっと

逢沢光流

それにしても、ドラマの俳優かぁ……
普段はバラエティ番組のお仕事が多いからなんだか楽しみだ

逢沢光流

美雪ちゃんに教わることが多いと思うんだ よろしくね

姫野美雪

わ 私にですかっ? えへへ 頑張ります……♪

他愛ない会話を区切るようにドアが開き、数名のスタッフが部屋に入ってきた。
その中にはアイドルたちのプロデューサーの姿もあり、アイドル二人に軽く手を振って挨拶した。

逢沢光流

お疲れ様です!

姫野美雪

本日からよろしくお願いします!

おや もう来ていたのかい? お疲れ様

声をかけた男はドラマの監督である。
人気作品の実写化を数多く手がけ、そこそこのヒットを飛ばし続けることで放送局に多額の貢献をおさめているという。

気楽に演じてくれたらいい……ってプロデューサーから聞いているよね?

王子様役にお姫様役ときたら まさに君らそのままだろう?

2人がいてくれるだけで百人力ってもんだ!

逢沢光流

あはは ありがとうございます!
たくさんの人が喜んでくれるよう頑張ります

逢沢光流

「いるだけでいい」筈はないよな
僕は美雪ちゃんと違って、特別演技が出来るわけじゃないから……

逢沢光流

肩の力を抜いていこうって、励ましてもらっているみたいだ

姫野美雪

監督さん 気遣ってくれてるのかな
私は他のドラマへの出演も並行してるし 光流さんはバラエティで引っ張りだこ

姫野美雪

でもね 私は……そして光流さんも 演じきれるよ 大丈夫

練習風景をおまけ映像で使いたいから とりあえず台本を読んでみてくれるかい?

姫野美雪

はい!
あの……動きも一緒に確認していいですか? 光流さんも良ければ……

逢沢光流

僕は構わないよ!

大したやる気だ! 絵が撮れればいいから好きに動いてくれ

姫野美雪

ありがとうございます
……では一度通しで

二人の演技を眺めながら、監督と数名のスタッフがひそひそ話をしていた。

もちろん二人には聞こえていないのだが、少し離れた位置に立つプロデューサーは顎に手を当てながら様子を伺っているのだった。

いやはや流石だな 王子様と言えばのMystarから光流くん 陽光の歌姫と名高い美雪ちゃん……

数字には役者人気って大事ですもんねぇ

その通り
他の役にもアイドルを起用するからな 演技がついてこなくて浮くのも良くない

いちアイドルの演技としてはこんなものだろう

そうですね アイドルはあくまで御輿と言いますか……
あまり厳しくやって仕事断られるのも困りますし

……おっと 終わったかな?
おーい お二人さん! 良かったよ!

姫野美雪

はい! ありがとうございます!

和やかな空気の中、監督の傍にいたスタッフが光流にビニール袋を差し出した。

逢沢光流

え……っと? これは?

持って帰ってもいいし練習もまぁ……したいなら帰宅時間だけ気をつけてね

光流と美雪は怪訝そうな顔を見合わせる。
しかし当のスタッフ達はあくまでにこやかなまま。周りのスタッフたちも、当然の行為として気にも留めていないようだった。

ぎっしりと詰められた袋を覗かずとも、うっすらとチョコやスナック菓子のロゴが透けている。

だから問題は、

姫野美雪

今差し入れのお菓子を貰っちゃっていいのかな……これから本格的に練習するはずだよね?

意図を図りかねている2人に、監督がのんびりと声をかける。

アイドルの仕事にしてはもう完成度高いし練習風景もオッケー
なんなら台詞もカンペで出せるからさ

その……楽な現場だからこれからのドラマにも是非出てほしい
お疲れ様

逢沢光流

あ、あれ? はい お疲れ様でした……?

姫野美雪

お お疲れ様でしたー!
……うーん……?

光流にお菓子の袋渡してぞろぞろとレッスンルームから出ていく面々。

光流や美雪が信頼を置く仕事のパートナーであるプロデューサーも、彼らをまるで振り返らずに監督を追って出ていってしまった。

逢沢光流

なんだか納得できないね……

姫野美雪

はい……私 まだまだお姫様を完璧に演じきれていないはずなのに……

逢沢光流

うーん……
とりあえずおかしはもらっちゃおうか?

姫野美雪

そう ですね……

姫野美雪

……あら これって……

逢沢光流

『ハルモニア』?
わぁ! 僕大好きなんだ! いつも僕が陸のぶんまでもらっちゃうんだ おいしいよこれ!

姫野美雪

本当ですか? なんだかうれしいな

逢沢光流

嬉しい?
そっか 美雪ちゃんの初めてのお仕事は『ハルモニア』のCMなんだっけ

姫野美雪

はい! おばあちゃんも、家族のみんなも喜んでくれて……
『ハルモニア』は思い入れのある大事なお菓子になりました

姫野美雪

色々戸惑うことも多いけれど私はお仕事が大好き
お芝居のために 私に出来ることは全部やりたいんです

姫野美雪

……って ごめんなさい!
自分の話ばっかりしちゃって……

逢沢光流

大丈夫 聞かせてくれてありがとう!


光流はすっくと立ち上がり、美雪に手を伸ばした。そして半ば反射的にその手をとった美雪に優しく微笑んでみせる。

逢沢光流

……ね 顔をあげて
やっぱりこのままじゃ終われないよ

~続く~

プリンス・プリンセス・オブリージュ(前編)

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