かつての職場、事務所のドアを叩き続けていた。
かつての職場、事務所のドアを叩き続けていた。
ドアノブを回しても無駄だ。鍵がない。
さりとて事務所を壊すのは何より恐ろしい。
汗が噴き出して止まらない。目元に流れるそれを拭う動作すらもどかしい。
背中に照りつける夏の陽が心を焦らせる。
自分の拳が青黒く鬱血するほどに。
ただ愚直にドアを叩き続ける。
今日このドアが開かなければ、一生このままな気がした。それは酷く恐ろしい。もう大切な仲間と笑いあえないなんて、考えたくない。
誰か中にいないのか。いてくれ。気付いてくれ!
叫んでも届かないうちに、喉は枯れ声は出なくなっていた。
でも。いくら力を込めても、
自分の我儘な痛みだけが返ってきた。
ふと、急に飽きたように腕をおろした。
満足は出来なかったが納得せざるを得なかった。
心の隅に希望だけが取り残されたばかりだ。
希望……彼らと過ごした大切な記憶が、自分という人間の生きる軸でもある。
5月に化かされるように、誰かの誕生日を何でもない日に思い出すように。
なにかの奇跡でこのドアが開いてくれないか。
無力な自分が情けない。
涙が視界に滲む。
ぼやけた視界を乱暴に拭って目を開く、
そして、
……また、この夢か
自室のベッドに横たわっていた。
びっしょりと汗をかいたせいで体が重怠い。
やれやれと体を起こしてカーテンを開ける。
夢の中でさえ開かないんだな、あの扉
デジタル時計を見る。
「5:12 8/31」……水を飲んだら二度寝するか。
毎年同じ日に、同じような夢を見る。
いつか本当に扉がひらくまでは、ずっと夢を見続けるのだろう。そんな確信がある。
なんて。何もかも忘れずにいられるなら分かるけれど……
人間の、自分の記憶はあいまいでちっぽけなモノだからな
彼らと共に、
時にハプニングに戸惑い笑ったこと。仕事に汗水流しながらも諦めず臨んだこと。プロジェクトの成功を喜びあったこと。
思い出が小さな順に思い出せなくなって、零れ落ちていくのが怖い。
さて、この棚に……よし、あった
だから覚えている限りの記憶を__個人的な悪夢の内容も、記録につけておく。
……これでよし
良いも何も、無意味な行為だろうけれど。
何も生み出さない願掛けを、
いつか願いを叶えた自分たちが懐かしんで微笑んでくれと、もう一つ願っている。
~続く~
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