【……東京は例年より早い初雪が観測されました。冷え込みますので暖かい服装で……】

暖かい服装もなにも、スーツに決まっているじゃないか

それに、雪なんて降っていない。
降られると道が滑るから降らなくていいが。

ケータイショップの掲示板に流れるニュースを聞き流しのんびりと歩く。珍しく昼休みを早めにもらえたから、こうして腹ごなしの散歩と洒落こめる。

【……今年の最新モデル。クリアな映像とハイパーカメラ。リンドバーグ星人もビックリのハイスペックスマートフォンが……】

今どきの電話は大きなパネルにまるっと映像を流せるから便利だ。……便利らしい。
俺はパカッと開くケータイを愛用しているのに、よく勧められて少し鬱陶しい。

だからね、パパもスマホにしようよ。アプリを使えば既読もつくし、あっ既読って言うのはね……

いや、父さんは単身赴任中だし、わからないモノに触って問題になっても困るだろう?

もー!保守的なんだから……新しいものに手を出さないと老けちゃうよ?

……そうだ、あの子にクリスマスプレゼントを買ってやらないと

大きな林檎マークの看板を通り過ぎると、町はクリスマスを狙った広告が溢れていた。まだ一週間も前だが、大したものである。

ひときわ大音量の音楽は流行りのアイドルのものらしい、と部下から聞いた。
あの子もアイドルには興味があるのだろうか。昔は魔法少女何某に目をキラキラとさせていたが。

クリスマス商戦とは言うが、便乗したアイドルソングがいつまでも売れるとは思えないな

おっと、ごめんなさい!

いやこちらこそ、ぼうっとしていました

などと、いかん。人にぶつかりそうになった。
変わった法被を着て、なにやら急いでいるようだ。悪いことをした。

それにしても人が多い。クリスマスが近いせいか?
こんな調子では帰りはもっと人が多いかもしれないな。

人ごみは苦手だ。うんざりする。
ちょうど小さな公園が近くにあるから、一息つけそうだ。

車止めの間を抜けて足を踏み入れる。
しかし公園もなにかザワザワして、人だかりができていた。

空っぽの胸の深部……

……なんだ?女性の声?

誰にも媚びない、というより不愛想で感情のない歌声だ。

街では聞かない真っ直ぐなそれが、妙に心をざわつかせる。

こんな小さな公園で、人気取りにまるで興味がないみたいだ。変わった人だな

近未来のロボットのような恰好も相まって、この世のモノとは思えない感覚がある。

トキコⅢ

感情の羅列不等式、ただそれを知りたくて歌う!

……っ!?

落雷のような激情が腹にずんっと響く。
泣きたくなるようで、感慨めいた快楽が満ちて、訳の分からない感情になる。

惹きつけられる。

ぐっと力を込めた赤色の目がこちらを離さない。
俺だけを見ていると思わせてならない。

怖い? 怖くはない、
ただ彼女の睫毛に積もる雪が熱に融けるのを綺麗だと感じる。

トキコⅢ

お時間いただきありがとうございました。

……あ

俺は気づいたら最前列に立っていた。

彼女の短い挨拶と一礼で、居合わせた人たちはそれぞれの時間に戻っていく。
俺ももうすぐ昼休みが終わる。早く帰らないと。

なのに俺は、機材の片づけをする少女の丸まった背中を見つめていた。

さっきの姿が嘘みたいに……
ただの女の子だ

露出した肩が赤く色づいている。
寒そうな衣装にこの天気だ。きっと手袋の下の素肌もかじかんでしまっているだろう。

トキコⅢ

……ふぅ、こんなものでしょう

少女が立ち上がる。いなくなってしまうのか。

あの……

それでも聞きとめた彼女が振り返る。

短くふわりとした髪に雪がきらめいて、不思議なほど穏やかなワインレッドがこちらに波立つ。

名前を……教えてくれませんか

言葉を必死に手繰り寄せる。たった一言にひどく緊張してしまって、恥ずかしさが込み上げてきた。

そんな俺に知ってか知らずか、いや、彼女は表情の乏しい不愛想な口元を少しだけ緩めたような気がする。

トキコⅢ

私はトキコⅢ。ロボットです

その日が彼女……トキコⅢの誕生日で、あの曲は当時たった一曲の持ち歌だったらしい。

事務所の不祥事だか何だかの後、一向に更新されなくなった彼女のブログのURLを、それでもブックマークから確認する癖がついた。

おかげで少しスマートフォンの機能に慣れてきた、気がする。手軽に情報が手に入るのはありがたい。

今日も寒いな

街にはクリスマスソングが大音量で流れている。
あの不愛想で真っ直ぐな歌声はもう聞こえないとわかっていても、いつも期待してしまう。

……い、先輩!

おお、すまん。何だ?

涼花ねーさんの引退騒動ですよ!
トップアイドルグループのセンターが電撃引退なんて……もちろん知ってますよね?

興奮してまくしたてる後輩くんは、見ての通り口のきき方がなっておらず、たまに取引先からお叱りをいただく。

お前な、誰にでもその口調で話すのは良くないぞ

す、すみません!
でも先輩は相変わらずアイドルには興味ないみたいですね

まぁな。
大佛涼花引退前の最後の曲が動画サイトで1億回再生を突破したことくらいしか知らない

えっ、詳しいですね!?

……若いもんにはまだまだ負けんさ、なんてな?

先輩まだまだイケてますね~

後輩くんは安心したようにまた喋りだした。
これでも仕事はそこそこにできるヤツだ。流行に敏感なようだから、センスがいいのだろう。モノは使いようだ。

あと何日で別のアイドルの話に切り替わるのやら

人も町も移り変わり、忙しい。
それでも俺はまだ、アンドロイドの夢を見る。

詩的な気分だが、こういう日は道が滑りやすいから気を付けないといけない。
後輩くんの話も聞いてやらないとな__

~終わり~

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