盟主の不眠症治療生活が始まった早々に、翔子とレムはお互いの夜の欲望を抑えられないで、昨夜はやはり体を重ねてしまった両者。
 だが、昨夜のセックスは今までの行為とは違って、彼は一切、自らを挿入しないで純粋に彼女を悦ばす為に抱いたセックスだった。
 だんだんであるが、彼自身も自分だけが気持ちいいだけではなく、相手を悦ばしてあげよう…と思って、行為に及ぶようになってきた。
 リリアから見れば、これは珍しい光景に見えた。
 多分、自分に出会って間もない頃の彼なら、相手などお構いなしに、単純に自らの欲望さえ満たしていればそれでいいと思っていただろうと思う。
 だが、翔子が来てからというのも、彼は自らの相手となる女性にも不器用なりに彼なりに喜ばしてあげようという感情が入ってきた様子だった。
 不眠症治療生活が始まって、本日は3日目。
 朝から翔子は、1階のキッチンを借りて、朝のティータイムのためのお茶を用意している様子だ。
 キッチンの机の上には、ハーブが沢山載せてあり、彼女はその配合をしている。
 おぼろげに記憶に残した、現実世界に居た時に飲んでいたストレスと不眠症に効果があるハーブティー。
 何種類かのハーブが置いてある。カモミール、マリーゴールド、ラベンダー、レモンバーム、セントジョーンズワートなどだ。
 それをティーパックに一つまみずつ入れている。最後のセントジョーンズワートだけ、きちんとスプーンで1杯だけにして、柔らかくティーパックを閉じた。
 キッチンの火にかけられているのは、やかんに入れた熱湯だ。
 最後にきちんと沸騰をさせて、彼女はそれをティーポットの中にティーパックを入れて蒸らすようにゆっくりと熱湯を注いだ。
 カモミールの柔らかいリンゴのような香りがキッチンに漂う。なかなか優雅な香りがした。

翔子

おはようございます。リリアさん

リリア

おはよう。翔子ちゃん。朝から張り切っているね。レム様用のハーブティー?

翔子

うん。あの人、朝から晩までコーヒーばかり飲んでいるから、たまには神経を休ませてあげないとますます不眠症が悪化しちゃうもん

リリア

何でコーヒーばかり飲んではダメなの?

翔子

コーヒーにはカフェインが入っているんだけど、実は交感神経が高まって興奮してしまう効果もあるの。だから、仕事前の人間がそれを飲むことは別に毒ではないけど、それを1日中続けると今度は興奮したまま眠れなくなるのね

翔子

だから、こういうハーブティーを飲んで、リラックスして欲しいなって思って。人間がリラックスしていると副交感神経が働いて興奮が無くなるのよね。そういうのを”沈静効果”って言うんだよ

リリア

へえ~。それで少しでもリラックスして欲しいから、ハーブティーでそれを静めるのね?

翔子

そう。それでたどり着いたハーブティーがこの配合かな?

リリア

この生に近い白い花がカモミールって聞いたわ

翔子

とりあえずカモミールなら病気持ちの人でも飲ませられるからうってつけだね

翔子

後はもうこれは最終兵器みたいなハーブなんだ

リリア

この植物は?

翔子

セイヨウオトギリソウ…ことセントジョーンズワート。元居た世界じゃ薬品にも使われている”薬のハーブ”

翔子

ただ…効果が抜群の代わりに結構、制約が多いハーブなんだ

リリア

どんな風に?

翔子

まず謝っておきたいのは、リリアさんには飲ませることはできないんだ

リリア

何で?

翔子

避妊薬を飲んでいる人には、このハーブを飲ませると悪い効果が出てしまうことが非常に多いんだ…。世間ではそういうのを”副作用”って言うね

リリア

副作用…。あっ、そう言えばよく調合屋の調合師さんがその”副作用”の話をしていたわ。絶対、気を付けるべきは副作用だって

翔子

怖いよ。副作用って。生命に関わることも起きるから…

リリア

結構、待つんだね。ハーブティー

翔子

うん。こうやって蒸らさないとハーブの成分が出ないんだよね。でも、この時間が楽しみでもあるんだ~

リリア

そう?私は何かじれったいなあ…

翔子

リリアさんは結構、はっきりしているよね。私はこういう曖昧な感じが好きだけど

リリア

翔子ちゃんは割と過程を楽しむタイプだね。レム様の治療も楽しそうにしているから

翔子

あの人、わかりやすい人だもん。”大丈夫ですか?”って心配すると、”もうちょっと頑張ってみるね”って感じ

リリア

そうなんだ…。やっぱり、あの人を理解しているのはこの中じゃ翔子ちゃんが一番だね

翔子

出来た~!それじゃ、ハーブティーを届けてくるね

 トレイに載せて翔子は階段を上がっていく。そう言えば今日は珍しい休日だ。休日のあの人は何をしているんだろう?
 案外、騒がしいのを嫌うから書庫で読書とかしているのかな。
 そう思いながら、階段を上る。すると、彼の自室から、レムとアドニスの口論が聴こえてきた。
 何の口論だろう…?彼女が耳を澄ますと、その口論が聴こえた。はっきりと。

レム

リリアに手を出すとは、やはり、君もリリアに欲情していたのだな…!

アドニス

それはそうですよ。毎晩、俺の淫欲を刺激していただきましたからね。あなたに!

アドニス

俺が失望しているのは、リリア様を見捨てて、翔子さんに心を奪われたことです

レム

何を言っている?私はあの子に心を奪われてはいないよ。別に都合がいい女だから付き合ってもらっているだけのこと

アドニス

結局、あなたは誰も女性を愛する気持ちはないってわけですね。過去にあなたは捨てられたから!愛している女性に

レム

言ってくれたな…!アドニス…!よく覚えているな、私の傷痕を…!

アドニス

なら、俺がリリア様に手を出しても怒りは湧いてこないはずですよね…?

レム

……!

アドニス

俺に怒っているのですか?それとも、リリア様に怒っているのですか?

レム

両方だよ。アドニス。お前にも怒っているさ

アドニス

だけど……あなた様がしてきたことは女性なら誰でも怒りを覚えるものです!

アドニス

あなたが媚薬を盛って、翔子さんを拷問にかけていた頃、リリア様は辛い目に遭っていたのですよ?それを知らないとは言わせません。俺は

レム

……!

アドニス

あなたにとって”セックス”って何ですか?ストレス発散ですか?それとも性欲処理ですか?

アドニス

両方なら、俺は今夜もリリア様とさせてもらいますよ。彼女は本当は俺に抱かれたいって思っていますから

アドニス

翔子さんを”都合がいい女”とあなた様が仰ったら、あの方はいたく悲しみますね。毎日のように、あなたの不眠症を治そうと奮闘している、翔子さんが

 バタン!アドニスは怒りで音を立てて、レムの部屋から去っていく。
 翔子は階段の隅に隠れてその口論を立ち聞きしてしまった。
 あの人は、私を”都合のいい女”なだけ…?本当は愛する人がいて、その女性に捨てられた?
 そんなこと、私は書いたっけ…?彼女の頭の中は混乱している…。何かがずれてきている…私がここに来たことによって…何かが…。
 トレイにマグカップに注いだハーブティーを持って、混乱している翔子。

翔子

あっ…冷めちゃう…。持っていこう…

 彼女は先ほどの口論が気になっていたが、努めて平静を整えて、彼の部屋のドアを3回ノックした。

翔子

失礼いたします…。おはようございます、レムさん

レム

おはよう。今日もいい朝だね

 彼もまた平静を努めて、窓の外の景色を眺めている様子だった。が、やはり核心をつかれた痛みがあるのか、いつもは顔を向けるのに向けようとしなかった。
 やっぱり、レムにとって、私はただの”都合のいい女”……”夜伽”なのかな…。
 デスクにハーブティーが入ったマグカップを恐れを抱きつつ、彼女はそっと置いた。ソーサーをつけて。
 唐突に彼は口を開いた。

レム

先ほどの口論…君のことだから…聴いちゃったようだね…

翔子

……聞きたくはなかったですけど…

レム

本当はアドニスが言った通りなんだよ……翔子。君を”都合のいい女”にしている…。自分の淫欲を満たす女と…思っている。だけど、セックスは偽りの想いでしていたわけじゃないんだ…。信じてもらえないのは、わかっているけど…

翔子

教えてくれませんか…?

レム

何を?

翔子

あなたにとって、私は何ですか…?ただの夜伽ですか?ただの退屈しのぎの女ですか?あなたに身を売る”娼婦”ですか…?

レム

違う。退屈しのぎの人じゃない…!それなら、とっくに私は商売女と寝ている。だけど君は”娼婦”なんて汚い存在なんかじゃない…!

レム

ただ、答えを欲しいんだ。この世に男と女がいる限り、セックスからは逃げられない…。私は答えを見つけていない。何で、毎晩の如く、君を欲しがっているのかを知りたい。この”気持ち”に逆らえないんだ

レム

何でだと思う…?私の感情を君はわかるか?

翔子

それは、私もわからないです。私も”都合のいい女”の関係は嫌…。だけど、あなたにならそれでもいい気持ちはあるんです

翔子

だけど…そんな想いに揺れるレムを見たのは初めてです。本当に優しい人。私はそんな優しいことにすら慣れていない。ずっと永遠に私は独りきりでセックスも知らないまま、生きてゆくんだと思っていた。馬鹿だから…

レム

馬鹿なんて…そんなこと思うな

レム

馬鹿じゃない。素直で、純粋でいいじゃないか…。世の中の女性はそれすらも忘れているんだ。忘れて生きてしまっているんだ。そんな純粋な人に不眠症を治療してもらっているんだ、私は

レム

このハーブティーだって、私に喜んで欲しいから淹れてくれたんだろう?

 デスクに置いたマグカップを、彼はゆっくりと持って、口をつけて飲んでみせてみる。

レム

このハーブティーに偽りの想いはないよ

翔子

今日は休日ですよね

レム

そうだね…。だけど、私はこんな真昼間でも君を抱いていたい。それだけに没頭していたい。私のこの想いは偽りじゃないことを知って欲しいから

 すると、翔子はドアに向かって歩きだす。
 こんな真昼間なのに、これはまずかったかな。
 そう思いかけたその時、彼女はしっかりと内鍵をかけた。

翔子

見られたくないんです。他人にセックスを見られる趣味は持ってないんです

翔子

確かめさせてくださいね。偽りの想いで今までしたわけじゃないことを

レム

…ありがとう

 そこで翔子が提案してきた。

翔子

たまにはシャワーを浴びながらしませんか?それなら涼しいし、お互いに汗も、涙も、流せます

レム

涙も?

翔子

今にも泣きそうな顔をしているんですもの

レム

見ないでくれよ。君の言葉を返すと、私にそんな趣味は持ち合わせていない

 彼らはお互いに手早く全裸になると、思い切りシャワーの水を出して、ずぶ濡れになりながら、激しくキスを交わして、身体を絡みつかせ始めた。
 冷たいタイルの感触に翔子が身もだえすると、彼はそのまま押し付けて、シャワーを浴びながら、自らの舌でその身体を隅から隅まで舐めた。
 何かの想いを込めるようにいつも以上に入念に舐めて、進んで自らの口を彼女の愛で汚していく。
 翔子が喘いだ。天井に顔を仰いで、下半身から伝わる彼の舌の感触に夢中になる。
 ”愛している”…何だか口がそう囁いているようにも感じる。

レム

偽りの想いではないよ…。そんな想いで抱いているんじゃない…!欲しいんだ…リリアじゃなくて君が欲しいんだ…!

 彼の心がそう囁いて、身体がそれを実行しているんだと翔子は思う。
 そう答えるように、まだ花びらへの愛撫が続いている。口をあてがって目を…あの薄い紫色の目が潤んで、激しく性器を舐めている。
 抑えられない”快楽”という名の濁流が襲いかかる。
 彼の手がもっと花びらを開いた。さすがに恥ずかしい。

翔子

恥ずかしいよ、レム。見つめないで…お願い

レム

何で…?

翔子

私…こんなに濡れて…淫乱みたい…!嫌…淫乱なんて嫌…

レム

淫乱じゃない。喜んでいるよ。君はここで悦んでいる

 彼が立ちあがった。翔子よりも15センチ近く高い彼は、元居た世界で”淫乱”と蔑まされた彼女を抱き締めた。

レム

泣いていいから。このシャワーを浴びながら、泣いて…。涙は流れるから

 翔子の濡れた髪を抱いて、自分の胸で泣かせるレム。
 彼女は泣き崩れた。”淫乱”、”スケベ”、”エッチ”、全部、彼女にとっては”暴力”の言葉だった。
 その涙で流れている顔を彼は優しく覗き込むと、微笑を浮かべて、優しい口づけを交わしてくれた。
 彼女には、それが薔薇からのキスに見えた…。

 泣き止む頃には、また彼らは真昼間の太陽がさんさんと輝くシャワールームで、激しく身体を交じらわせる光景があった。

 なあ…?お互いに、同じような悩みを抱く、私達なら、わかりあえるかも知れないよ。
 君はその為に、この世界に来たんだ…。
 この世界を作った君でも、わからない真実が、きっとここにある。
 だから……去ろうなんて思わないで、この私の腕の中に今はいなさい。
 お互いに、探しているものは多分、一緒。私達はまだ、本当の”愛”を知らない。

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