ハルは今迄にない感覚を、四肢の隅々にまで感じていた。



 当たり前のように振ってきた刀――仲間と共に心身を鍛え正伝剣術を習ってきた。その型・構え・剣捌き・重心の移し方・歩法・体捌き・呼吸法など、歴代の剣士達がその人生を賭け、奥深い剣術体系を築き上げてきた正伝剣術。



 その身を守る正伝剣術にない構えをとるハル。呼吸は早い。だが、まだまだ数で圧倒的に負けているこの戦闘のテンポを上げる良いリズムに思えた。

ランディ

なんだよ
そのデタラメな構えはよ。

 この状況下で最も適した構え……誰に教わったわけでもなく、頭で考えたものではなかった。



 次の魔物がハルを襲う。ランディから見れば、不自然に思える上半身の動かし方で攻撃を躱し、妙な足捌きをしたかと思えば、斜め下から斬り上げ一刀両断。次の一呼吸には、低い態勢のバックステップから反転、一足飛びの突き。迫りくる次の二体は、スライディングしながらその脚部を斬り裂き、奥にいるチーギックに前進する。



 チーギックもハルの異常とも言える剣捌きに、焦りの色を表し、他の魔物達の後ろに隠れた。



 と同時に、もう一体の単体・鷲型の魔物が、両の羽を天井に届かんとするほど大きく広げ、嘴(クチバシ)を上下に開く。

ランディ

ヤバい!
ハルキチッ!
他の魔物の
影に隠れろ!

 眼前に襲い掛かる炎の壁を前に、ハルの感覚の奥底で歯車が噛み合う音が響いた。

ランディ

ま……
マジか…………

 魔物の死体の影に隠れて呆然とするランディ。

 一帯を包む程の炎を、ハルが刀一本で振り払ったからだ。





 ランディもハルも少々の火傷はあるが、あれほどの炎に襲われたことを思えば無傷に近い。事実ハルよりも手前にいた魔物達は黒焦げになっていた。



 常識では考えられない……ハルの中での変化は、ハル自身は元より、外から見るランディにも明らかだった。






 ハルとランディは絶体絶命の危機を逃れた。まだ魔物の数は多数だが、ハルの未知なる覚醒は、この状況でさえ不利に思わせぬものだった。

ハル

ランディ……
あと少しっす。
絶対にいけるっすよ。

ランディ

なんだか分かんねーけど
雑魚が随分減ったな。
あとはあのデケー奴を、

ハル

ぁがはっ!!

 突然、ハルが壁までぶっ飛ばされた。

 ハルもランディも決して気を抜いてなどいない。鷲型の魔物も雑魚共にも注意を切らしていない。ハルが壁際で血を吐いているのを目の端に確認した時、ランディの背に悪寒が突き抜けた。

 二人の背後に新たな魔物が迫っていた。ランディは、自分の身長よりも高い位置にある目玉から見下ろされる。



 「どこにいやがった」



 口に零したはずの言葉は、発声されないままランディの喉の奥で霧散した。

 ~編章~     198、霧散

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