広重は、歌麿が嫌いだという。

北斎

(前から思ってたんだけど)
なんで?


 北斎は純粋に知りたかった。

広重

なんでって

 俺にわざわざ理由を尋ねるなんて、あんたはどんだけデリカシーが無いんだ!!

北斎

う、ぅおう

 どうやら広重を起こらせたらしい。北斎はそのままコーヒーも飲まずに広重の家から退散することにした。

広重

ふん、尻尾巻いて逃げやがったか

 広重は憤懣を落ち着かせるため、部屋の掃除をすることにした。

(実は歌麿は北斎の元彼なのだが、今はあまり重要ではないので割愛することにして。)

 もとい、広重は歌麿先輩が嫌いだ。

広重

なんでか?


 広重はシーツを洗濯機に放り込みながら、自問した。

 そんなの、絵がうまいからに決まってる。

広重

あーー、腹立つ!


 広重は初夏の空に怒りをなげうった。

北斎

えー。あ、そうなんだ


 帰ったはずの北斎さん。

広重

!!?


 なんでいるんですか
(広重君は表情が豊かな人なので、顔だけで会話するという芸当ができます)

北斎

あ、忘れモン、取りに来た


(そして北斎さんの読解力は凄まじいのでこんな芸当以下略)

広重

あ、そうすか


 北斎さんは聞きそびれたはずの答えを聞いても、それ以上追求することなく、すんなり帰って行った。

広重

(心臓が口からでるかとおもった)


 きっと、と広重はシーツを干しながら思う。北斎さんからは見えていないのだ。

 こんなちっぽけな俺の姿は。

広重

(俺は、あの二人からは射程圏外ってことですね)

広重

はいはいそーですね!


 パンッと音を立てて、シーツの皺をのばす。

 反射的に後ろを振り返ったが、北斎さんの姿は無かったので、内心ほっとした。

 空が、どこまでも青かった。

ーーー俺とあの人は、まさに雲泥の差がある。
 広重にとって、あるいは世間ではそれが、常識だった。

 たとえば商店街の八百屋の店主は、存在がわかっていて、実際に会うことのできる対象だ。歌麿は、そうではない。

 まさに天上人に等しい存在なのだ。

 そして北斎もまた、広重にとっては歌麿と同等に、否、それ以上に天上の人であった。

ーーーそれが今じゃ一夜を共にする仲(それも一つの布団で)だなんて・・・。俺の人生、どうなってしまったのか。

お客さん、それ・・・


 八百屋でネギを握りしめながら、広重はぶつぶつと来し方と行く末についての鬱憤をばらまいている。

 八百屋の店主がネギの心配をしているが、広重は気づいていない。

ジュースになっちゃうよ・・・


 指から滴るネギジュースにも、気づいてはいない。

ーーーその上歌麿にまで近くに寄ってこられちゃ、商売あがったりだろうよ。

商売あがったりなのは八百屋のほうだと思うよ。

広重

っで、なんでこうなる!?

北斎
歌麿

 広重君の目の前には、希代の絵師北斎と、天上人の歌麿が、肩を並べて座っているのであった。

ーーー数時間前。

 広重に半ば追い返されるようにして下宿屋に帰り着いた北斎は、二度寝をしようと目論んでいた。サラサラヘアもそのままにさっそく寝室へあがると、煎餅布団の上に半紙が置いてある。

北斎

なんか、嫌な予感・・・


 どうやら留守宅に侵入されたようだ。盗られて困る物は一切ないが、人の家に勝手に上がり込んで置き手紙だけ残して行くというのも、無粋にかわりはない。

 半紙にはこう書かれていた。

 ききょうやへ、来られたし   歌麿

北斎

ききょうや・・・


 北斎は、自分がおそらく歌麿に呼び出されていることはわかった。

 だが、

北斎

って、どこだっけ?

 北斎にはききょうやが何かの店なのだろう、とは思われるが、いったい何のお店でどこにあるのか、全く思い出せないでいる。そもそも自分は行ったことがあるのか? 近所にあるのか、はたまた遠くの店なのか?

謎は深まるばかりであった。

北斎

はて・・・

 広重君と北斎さんの受難はつづく・・・。

pagetop