Epilogue

 一枚の鏡が現れた。



 鏡には、僕とエルカの二人が並んで映っている。



 僕の隣に彼女がいる。



 親友を捨ててでも守りたかったのに、傷付けてしまった。


 二度と修復はできないと思った僕たちの関係は、長い時間をかけて修復された。



 僕は自分の手で傷つけた彼女を救うために、長い旅をしていた。


 その旅の終着点はもうすぐだ。

本の蟲

鏡に見えるかもしれないが、これこそが扉なのだ

 そう説明してくれたのは、本の蟲と呼ばれた少女。


 彼女の身体はその殆どが透けてしまっている。


 その姿を見て、エルカは少しだけ悲し気に笑う。

エルカ

心が満たされたのね

本の蟲

そうらしいのだ……初めてで、ただ一人の親友が新しい一歩を踏み出す……その物語を見届けることが出来て幸せなのだ

エルカ

いつも、見ていてくれてありがとう

本の蟲

こちらこそ。それでは、我は行くよ。ここで新しい未練を作っては、きっとエルカがお婆さんになるまで憑いてしまいそうだからな

エルカ

そうなったら、全力で追い払うから……

エルカ

それじゃあ、ね。本の蟲

本の蟲

さらばなのだ!

 笑顔を浮かべたまま、本の蟲は空気に溶け込んでいく。


 二人の別れは唐突で一瞬。


 本の蟲は笑顔のまま旅立ち、エルカも笑顔のまま彼女を見送る。



 本当はそんな顔でいられないのだろう。



 僕は無言のまま、エルカの手を握っていた。


 本の蟲の消えた空間を見つめていた、彼女の視線が僕に向けられる。

エルカ

……寂しくはないよ

ルイ

うん、でも僕は君の手を握りたいんだ

 そっと、力を込めてから、僕は扉を見つめる。

 この扉を開けば……

 この魔法の図書棺から抜け出すことが出来る。

 深い眠りから身体が目覚める。


 そして、僕たちは現実と向き合うのだ。

 現実はきっと優しいだけのセカイではないだろう。

エルカ

……現実はとても怖いよ……

ルイ

うん、僕も怖いよ。でも、君がいるのなら……僕は怖くない

エルカ

あ……それなら、あなたがいるのなら大丈夫だよね?

 エルカの控えめな声に振り向く。


 彼女のその瞳の色は、不安で彩られていた。

ルイ

そうだよ、君は一人じゃない。君のお兄さんたちや、お母さんも待っているよ

エルカ

……うん、待っている人たちがいるんだよね

ルイ

ああ、僕たちが帰らないと悲しむ人たちがいる

エルカ

その人たちに辛い思いをさせないためにも、私たちは帰らないといけないんだね

エルカ

 エルカの強い双眸が僕を見つめる。

 その視線に、僕は大きく頷いていた。

 僕はエルカと、特別な友達としてやり直すことにした。


 僕はエルカを見ているし、エルカも僕を見ていてくれた。



 あの頃だって、僕たちは互いを見ていた。


 それなのに、僕たちはすれ違ってしまった。



 僕たちは自分を見てくれる視線に、気付くことができなかったんだ。



 今度は大丈夫だ。



 君が見ている、その視線を感じることができる。

 君が見ていることを知ったら、

 僕は君に恥ずかしくない僕に、ならなければって思うんだ。


 エルカも同じように思っているだろうか。


 これからは、前を向いて振り返らずに歩いていこうと思っている。

 そんなに簡単にはいかないだろうけど、考えることが大事だから、僕は強く誓う。

 鏡に映る僕たちは、とても不安な表情を浮かべていた。


 だけど、それでよかった。
 子供の僕は強くないのだから。


 養ってくれる叔父さんに心配をかけないように振舞うこと。

 そして、彼女を不安にさせないこと。

 それが出来れば十分だと思っている。

 そのために、僕は前に進む。

ルイ

………

 だけど、胸の奥に引っかかるものがある。

 引っかかっているものは、僕の未練だった。

 過去に残したままにしたくない何かがそこにあるのだ。


 僕たちが前に進むために、そのままにはできないことがある。

 僕は鏡を見つめていた。

 そして、瞬きをした。

 次の瞬間、鏡の中に先ほどまでなかったものが映っていた。

 そういうことか……

 そこに映っていたのは、僕のもう一つの後悔だった。

 この後悔を残したまま、僕は前に進めないのだ。

ー 第4幕 二人の図書棺 完 -

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