ヒュッ ヒュッ ヒュッ!

うなりを上げる拳が髪をかすめる。
それをかわし、私は剣を振るった。

ヤアッ

ザンッ!!

ぐるる…

くっ、逃した。

どうしたよ、アイラ?
剣先がかすってもねえじゃねえか。

仕方ないでしょ。
素手を相手に剣で戦うのって、想像以上にやりづらいんだから。

相手は身軽だから、懐に飛び込むのもしりぞくのも速い。
逆にこちらは剣が邪魔で、どうしても間合いが遠くなる…

じゃあ、いっそこちらも剣を捨てて…
いや、丸腰で相手をするには人数が多いな。

ギュンツが、冷静な目で辺りを見回す。
そこには、動物的なうなり声を上げる男たちが、十人と少し。

傀儡の術――生きた人間を、人形のように操る術。
ジャマシュによって操られた盗賊たちを相手するのは、これで三度目だ。
だけど今回は、いつも通り楽勝、とは行かなさそう…

人数というより、個の強さが厄介だな。一人一人の攻撃に、キレがある。
しかも、連携もいい。まるで、全体で一人の人間みたいに調和の取れた動きだ。

ついさっきまでは、これまで通り、ぎこちない雑魚の集まりだったのに…
ジャマシュがビンに入った何かを飲んでから、急に強くなったよね…?

あの液体は、何だったんだろう。
私がその正体を測りかねていると、何やら考えていたギュンツが、ぼそりとつぶやいた。

他者と意識を共有する法…

何?

フラマン爺さんから盗んだ巻物に書いてあった術の一つだ。

ある種のキノコから作ったクスリを飲んだ者同士は、お互いの考えていることが声として聞こえる。
さらに視界や身体感覚も共有できる。

な…っ
それって、テレパシーってこと!?

まあ、似たようなもんだな。
ジャマシュが飲んだのは、恐らくソレ。盗賊どもには、あらかじめ服させておいたんだろう。

さらに、今、この盗賊たちは自我がほとんどない。その状態でクスリを使えば、意識を共有というよりは、ジャマシュが一方的に意識を送る形になる。
自我のない体は、送られてきた思考の通りに動く…

完全に乗っ取って、自分の体のように操れるってわけだ。

じゃあ、こいつらの、ジャマシュに似た動きは…

似ているんじゃなくて、ジャマシュ自身が動かしてるんだろう。

どうりで…強い。

ジャマシュが攻撃するときの身のこなしを、一度見たことがある。
蛇のような動きで伸びる腕が、目にも止まらぬ速さで人間の急所をとらえていた。
あれと同じ技を、この場の全員が身につけている…。私の背中を、冷たい汗が流れた。

にしても、これだけの人数を同時に動かせるなんて何者だよ、あいつ。

人間は腕が四本になるだけでも脳がパンクするって言われているのに、視界も手足も十倍以上に増えて、どんな情報処理してるんだ?

ジャマシュが倒れたのはそのせいか。
盗賊の体を操るのに集中して、自分の体を保てなくなったんだね。

っていうか、いつの間にかいなくなってるし。

さっき盗賊の一人に抱えられて逃げて行ったのを見たぜ。

ちっ!
無防備でいるなら狙い目だと思ったけど、そんなに甘いわけないか…!

ザシュッ!

どうにか、一人…!

お見事。
だが――

キンッ

背中ガラ空き。
危ないとこだったぜ?

見ると、ギュンツが私と背中合わせに立ち、短剣を構えていた。
その視線の先には、背後から斬りかかってきたらしい盗賊の姿。
盗賊は悔し気にうなり声を上げ、私たちから間合いを取った。

ギュンツ…
助けてくれたの?

いつの間にやら囲まれちまってる。
こうなりゃオレも、高みの見物ってわけには行かねえだろ。

アイラに比べりゃお粗末な腕だが、オレの剣には毒が塗ってある。
背中を守るくらいはできるだろうさ。

…ダメだなぁ。
依頼人に、背中を守らせちゃうなんて、用心棒として失格だ。

ほんとだぜ。今日の分の依頼料、払うのが惜しくなっちまうな。
銅貨十五枚分、どっかで清算してもらわねえと。

わかった。美味しいものでもおごって返すよ。
クジの町まで、つけといて。

ヒュウ、とギュンツが口笛を吹いた。

クジといったら、酒が旨いよな。
そりゃ、死ぬわけには行かねえな!

そして毒塗りの短剣を、見せつけるように手の中で回した。

ウラアッ

つり目の男が間合いを詰めてきた。
シュッ シュッ! 固めた拳が風を切る。

右の拳、左の蹴り…

私はそれを、余裕を持って避けると、

そら、掌底!
来ると思った!

ザン!

カウンターで、刃を喰らわせた。

だんだんわかってきたぞ。
操っているのがジャマシュ一人だから、戦いの癖も全員同じなんだ。

まだ油断はできないけど、この調子で行けば――

ぐおおおっ

くっ

ギュンツ?!

しまった、剣を奪われ――

!!

ザシュッ

ッ!
ギュンツ――!

慌てて振り向いたときには、鮮血が散っていた。

血の出どころは、ギュンツの右手。
ギョロ目の男の手にあるのは、ギュンツが持っていた短剣だ。

傷自体は、そんなに深くない。でも、あの短剣には毒が塗られている――!

……ッ

ギュンツ!
しっかりして、ギュンツ――!

ぐらり。
ゆらめいて、ギュンツが倒れる。

ギュンツの剣を手にした盗賊は、その体に馬乗りになり、とどめを刺そうと剣を振りかぶった。

助けに行きたいが――間に合わない!

ギュン――

ドスッ

――馬鹿が。

肉をつらぬく音がしたのは、盗賊がギュンツに刃を突き立てた音ではなかった。

ギュンツが懐から出したナイフを、盗賊の喉に突き刺したのだった。

毒蛇の自家中毒じゃあるまいし。
クスリ使いに、毒が効くかよ。

ざわ…

盗賊たちの間に、さざなみのように動揺が広がる。
全員の視線が私からそれ、ギュンツに集まる。

よそ見を、するなぁ!

ザ、ザ、ザン!

スキを逃さず、私は剣を連続でひるがえした。

盗賊たちは、散々てこずらせてくれたのが嘘みたいに、ろくな反応もできない内に倒れ、その場に積み重なった。

はあ、はあ…

そうか、ここにいる全員、ジャマシュ一人みたいなものなんだ。
だから一人が動揺すれば、それが全員に広がって…

っていうか、私もびっくりしたよ!
ギュンツ、平気なの?
手を見せて。早く毒抜きしなきゃ。

いらねえよ。

いらないって…解毒薬があるの?
それならすぐに飲んで。
手遅れになったら――

手遅れになるわけないだろ。
今しがた言った通り、オレには毒が効かないんだ。

毒が効かない?
そんなわけ…

オレの体は、毒慣らしをしてある。
倒れたのは、油断を誘うための演技だよ。

毒慣らし?

そう。
ガキの頃、食事に少しずつ毒を混ぜて…

はあ!?
それって平気なの?

初めは平気じゃない。だけどだんだんに、耐性がついてくるんだ。
少しずつ、毒が効かなくなってくる。
今じゃ大抵の毒を無効化できるよ。

信じられないなら、試してみる?
ヒ素でも飲んでみせようか。

やめて。
そんなことしてほしくない。

毒が効かないのが本当でも、手当てはしなくちゃ。
右手の他にも、あちこち血が出てるんだから。

私が下手を打って、閉じ込められたせいだよね…
牢を脱出して、駆けつけたときには、もう傷だらけだったもん。

構わなくていい。
これくらいの傷は慣れてるし、包帯も傷薬も自前がある。

ダメだよ!

わっ、やめ――

ぐいっ!

どさ。

逃げようとするギュンツの腕をつかまえて、引っぱると、ギュンツは思いのほかあっさり体勢を崩した。
小柄な体が、私の上にもたれかかる。

あれ? なんか抵抗ないね。
本当に弱ってるんじゃない?

抵抗はした。アイラが馬鹿力なだけだ。
ってかこの体勢、

っていうか君、軽すぎない?
身長低いなとは思ってたけどさ…

殺すぞ?

耳元でドスをきかせないでほしい。

ギュンツは完全に私に体重を預けている。
小柄だけど、体まで少女のようではない。板みたいに硬くて、骨張っている。

戦いと流血とのためか、体温が高い。
心臓が激しく脈打っているのも、ローブの向こうから感じられる。

君も人間だったんだね…
共感できない行動ばかりだから、心臓とか持たない別種の生き物のような気がしてたよ。

だぁれが別種の生き物だ。

というか!
いい加減、この体勢をどうにかしろよ!

なに、横着してるの。
君がどきなよ。

腕に力入れると傷に障るんだよ!

なんだ。
やせ我慢してただけじゃない。

私はギュンツを持ち上げて、座らせ直した。
逃げないよう、腕はつかんだままだ。

きき手をケガしてるんだから、包帯巻くのも大変でしょう?
やってあげるから、大人しくしてなよ。

あのなぁ――

下手な巻き方したまま砂漠に出たら、傷口に砂が入るでしょう。
すき間にもぐり込むことにかけては、砂漠の砂は一流なんだよ。

…わかったよ。勝手にしろ。

ギュンツはようやくあきらめて、腕の力を抜いた。
ローブの袖をまくる。生白い肌に、赤い傷が痛々しい。が、思った通り、それほど深くはない。
本人が言っていた通り、毒の影響も出ていないようだ。

それ傷薬?
普段使っているものなら、今回も使った方がいいね。貸して。

おう。
アイラも使っていいぞ。
っつっても、使う傷がねえか…

くれるんならもらうよ。拳がかすったところ、少し血が出たから。
負傷なんて久々だな…

…………。

どうしたの?

その程度の傷が「久々」かよ。
アイラ、本当ケタ違いに強いよな。恐れいるぜ。

ギュンツが殊勝なことを言う。
ほめてくれるのは嬉しいけど、あきれたような声音が気になる。

私からすれば、ギュンツの体質の方が驚きだよ。毒の効かない体だなんてさ。
君と行動し出してから、知らないことの連続で、頭がおかしくなりそうだ。

もう一つ、アイラの知らないこと教えてやろうか。

ギュンツは秘密がいくつあるのさ。

クスリのレシピは全部秘密だ。数えようとすりゃ日が暮れるぜ。
それと教えてやろうってのは、オレじゃなくってジャマシュの秘密。

あいつ、アイラに対して、人の気配に鈍くなるクスリを使ってたぜ。

え――

何それ!
いつから!?

多分、最初から。ジャマシュが初めて声を掛けてきたとき、アイラ、驚いてたろ。その時点で妙だったんだ。
岩に腰掛けてるのが目の前に見えてるのに、気づいてないみたいだったから。

ギュンツはあのとき、ジャマシュに気づいてたの?

毒が効かないって言ったろ。
クスリで小細工したところで、オレが相手じゃ役に立たない。

ジャマシュと出会ったときは確か…直前に、盗賊の集団との戦いがあった。

盗賊相手に戦っているときから、あの辺りにクスリをただよわせておけば、ジャマシュと顔を合わせる頃には、すでに術中ってことか。

人の気配に鈍感になるクスリ。
殺気や攻撃に対しても鈍くなっていた?
戦士にとって、なんて厄介な…

っていうか!
そういうことなら教えてよ、ギュンツ!

お?

私、最初の城で言ったよね?
クスリ使いがどんな手で来るかわからないから、アドバイスしてって!

クスリ使われてるみたいだよって、警告してくれればよかったじゃない!

確信がなかったんだよ。
毒の匂いがしなかったし。

食事のときに遠くから見てても、アイラ、ぼーっとしてるようだったけど…
疲れてるだけとか、単に鈍いだけとかも考えられるだろ。

仕事中にぼーっとなんて、普段ならしないよ。
それに私、人の気配はわかる方だよ。

みたいだな。
ジャマシュがいなくなってしばらくしてからは、だんだん後ろからの攻撃にも対処できるようになっていたし。

ああ、毒が抜けたんだなって思った。
それで確信にいたったわけで。

はあ…

なんだよ?

いや。
改めて、私たち、チームワークがなってないなと思ってさ。

チームでもバディでもないんだから、当然だろ。

オレがアイラをカネで雇ってるだけの関係だ。
仲良しこよしする必要があるか?

それでも、毒が効かないことくらい、教えておいてほしかったよ。
私より早く盗賊たちが驚きから立ち直っていたら、どうなってたか。

鍵開け薬のことだって、そういうものがあるって聞いていれば、針で鍵開けをするより素早く脱出できたかも…

ねえ、ここで一回、お互いのできることとできないことを確認しておいた方がいいよ。

情報共有?

そう。ギュンツは短剣が使える。毒が効かない。人に手当てを任せるのが苦手。
他には何がある?

三つ目、入れる必要あったか?

でも、そうだな、そういうことなら…

毒が効かない分、薬も効きづらい。
今回手当てに使った傷薬も、普通なら三日で包帯が外れるようになるんだけど、オレの場合はしばらくかかる。

左腕の傷にもその薬を使ってる?
まだ治らないんだね…

ギュンツが自らの腕を切り裂いたのは、四日前。
これも廃城で傀儡どもを相手にした戦いの最中だった。

あのときは、クスリの完成に血の成分が必要だっただけだから、筋肉を避けて浅く切ったんだ。
深い傷じゃないから、じき治るさ。

あのときの薬って、傀儡の術の解毒薬だよね。今後また必要になるかも。
血が必要なら、いつでも使えるように、ウサギでもつかまえて飼っておこうか?

いや…次があったら、アイラが殺した盗賊の死体でも拾って使うさ。
あのクスリは人間の血じゃなきゃダメでね。

人間の血じゃなきゃいけない薬…?
まさか、呪術的なモノじゃないよね。

呪術的な意味があるモノも、ないでもないが、オレのクスリは物理的な効果に重点を置いてる。

血の成分ってのは、動物ごとに違うのさ。当然、人間にしか含まれない成分もある。

ふうん。そんなものかなあ。

なんだよ、納得行かなげだな?
ある種の病気…特に臓器の損傷がある場合は、治療に人体が使われるのは普通のことだぜ。

そうだ。アイラが死んだら、肺病の治療薬にしてやるよ。
健康で丈夫な骨が必要なんだ。お前ならピッタリだぜ。

え、私を?
病気の薬に?

へえ…
それってちょっと、素敵だね。

…………。

ギュンツが、きょとんとして私を見つめる。
そして、あきれたような声で言った。

アイラって、変わった性格してるよな。
今のは半泣きになりながら「そんなことやめて」って言う場面なんだけど。

ねえ、思うんだけどさぁ。

性格悪い人よりは、性格変わってる人の方がマシじゃない?

性格悪い人って誰のこと?

一人しかいないでしょ!

ギュンツが声を立てて笑った。
あんまり笑うので、傷に響きやしないかと心配になってしまう。

まったく、悪口言われて、何がそんなに楽しいんだか…

でも気づくと、私も、ギュンツにつられて微笑んでいた。

最後の包帯を巻いてしまったあとも、私たちは長いこと話し込み、気づけば空には星が瞬いていた。

ギュンツが語るセレナの海の話は、私には物珍しく、いつまでも聞いていられた。
ギュンツにとっても、砂漠の動物や植物の話は、興味深いものらしい。

お互いの故郷の話や、仲間の話。それから、家族の話――

これだけ時間をかけて話してもさ、

ん?

ギュンツは、過去をちらりとも見せないね。
子どもの頃のことを話すときだって、どこか他人事みたいに話す。

薬作りのことも、どこで何のためにそれだけの技術を身につけたのか…
こんなに話したのに、ちっともわからないままで、逆に面白いくらいだ。

ふふっ。それを面白いと言えるアイラのことは、結構気に入ってるよ。
今後も引き続き、面白がっていてくれ。

詮索はするな…っていう意味かな?

これだけ話しても、ギュンツは、どうもつかみどころがない。でも…

ねえ、ここで君と話せてよかったよ。

今日話したことは、戦いでの必要を越えて、力になるような気がするよ。

そう。
そのときは、全部上手く行くような予感がした。

クジへの旅路で突然、

ギュンツ?

――ッ

ギュンツが倒れるまでは。

どさっ

 

つづく

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