ハル

一体、自分達に何が……

 酒場の倉庫で偶然自分達の噂を聞いてしまったハル。



 運んでいた酒樽をそのまま床に放置して、気が付けば隣接している休憩室に足が向かっていた。

若い料理人

えっ!?
なぜ君が?

厨房の料理人

なんだ?

 振り向くと、噂のパーティの一員であるハルが立っていた。

ハル

一体……
一体、何を話してるんすか?

厨房の料理人

聞かれちまったか……
だが、俺達の口からそれは
言うべきじゃないんだ。

ハル

なんでなんすか。
自分達の事を陰ながら
助けてくれてたんすよね?

厨房の料理人

それとこれとは話が別なんだよ。
それに……、
テーブルに戻ってみな。
おそらく近い内に分かる筈だ。

ハル

テーブル?
皆のとこっすか!?

 ハルはミリーナに頼まれていた酒樽を完全に放置し、仲間のテーブルに急いで走っていった。

ハル

ランディ!
何かあったっすか?

 倉庫から一番近くのカウンターチェアーに居たランディの後ろから、ハルはいきなり声を掛けた。

ランディ

何だハルキチ?
腹の穴ならもう塞がったぜ。

フィンクス

酒樽運びもう終わったのか?

ハル

!?

 テーブルはいつも通りの雰囲気。酒樽運びを始める前と何一つ変わらなかった。

ロココ

ハルさん、ご苦労様です。
もうすぐタワーミート
焼きあがる頃ですよ。

タラト

クンクンクン

 タラトがロココの声に合わせ、眼を閉じ鼻を利かせると、香りが漂ってきたのか厨房の方に鼻を向かわせた。

 するとタイミング良く、ウェイターがタワーミートと呼ばれる何層にも重ねられた肉を、台車付きトレイで運んで来たようだ。

ハル

あれ!?
な、何もないんすか?

シャイン

ロココンの話聞いてた?
ほらアンタの後ろから
肉来たじゃん。

アデル

ハルも沢山食べますよね?

ユフィ

何この肉?
馬鹿みたいに積んでるわね。

シェルナ

わぁ~
こんなによく乗せれたねぇ。

リュウ

見てるだけで
腹一杯になるよ。

 ユフィとリュウ、リーダー二人の様子も何も変わらないみたいだ。

ジュピター

どした?
珍しく疲れたのか?

ハル

い、いやぁ……
肉貰うっすよ。

 あまりにいつもの風景と変わらないと感じたハルは、首を捻りながらもテーブルに着こうとする。



 その時、酒場の入口に見覚えのある顔を見かけた。椅子に座ろうとする動作を止めたハルは、その者がこのテーブルに真っ直ぐ歩いてくるのを確認した。


 嫌な予感がする。倉庫での話が何であったのか、ハルは息を呑んだ。

結晶師ニグ

…………

シャイン

あら珍しいわね。

フィンクス

チキンカクテルレースか?
元地獄四天王相手じゃ
俺達に勝ち目はないだろ。
ハンデはどれくらい貰えんだ?

 結晶師のニグだ。

 フィンクスは彼が自分達のテーブルに来るなり、チキンカクテルレースの用意を始める。だが、結晶師ニグは首を横に振り、「今日は結晶師としてここへ来ています」と淡々と述べた。


 そして、近くに座っていたリュウとユフィの方へ向き直り、改めて口上を並べ始めた。

結晶師ニグ

リュウ=ベインスターツ
オルタネイト。
ベルゼビュート・ユフィールの
両名に、新人冒険者の引率を
依頼しに伺いました。

ハル

!?

 結晶師ニグの通達に、全員が声を止めた後、ざわつくテーブル。



 結晶師ニグは無論真剣そのもの。これは冗談でもなんでもなく、訓練場からの正式な申し出のようだ。

アデル

新人の引率!?
お二人共凄いです。

シェルナ

ほんと凄~い。
引率ってもっとベテランが
するものだって思ってたよ。

ロココ

それだけお二人が
認められてるって事ですよね。

シャイン

確かそれなりの報酬が
あると聞いた事あるわ。

ランディ

しゃーねー。
じゃあ俺達は二日間休みか。

タラト

ァガアッツァッ!
ングチャ!
ハガァッ、ング。

 結晶師ニグのの申し出を、新人冒険者の引率という役割を、良い面だけで捉える者が話を進める。タラトはテーブルに運ばれてきたタワーミートを、熱さと戦いながら早速食し始めた。

リュウ

引率って確か……

ジュピター

実質的には断れない。
だよな。

 強い視線を結晶師ニグに向けるジュピター。今朝、ハルと散歩中に前を歩く冒険者の話を聞いていたからだ。

結晶師ニグ

その通りです。
そして二日ではなく
引率への説明日を加え
三日間の拘束時間が正しいと
付け加えておきます。

ハル

よ、よく考えるっす!
今朝ジュピターと
話してたんすけど、
手出し厳禁ってやつっすよ。
ほんとに二人共受けるんすか?

ランディ

んなもん、
最初に新人共に伝えんだ。
問題ねぇだろ。

フィンクス

おい二人共大丈夫か?

リュウ

冒険者やってりゃ誰だって
通る可能性ある未来だ。
俺は受けるよ。
まぁほぼ断れないみたいだし。

ユフィ

オーケー、そうね。

結晶師ニグ

分かりました。
それでは明朝、
二人揃って教官室へ
お越しください。

ハル

二人は……
目の前で死に直面してる人を
見殺せるんすか?

 ハルの問いに全く反応しないまま、結晶師ニグは背を向け酒場を後にする。ハルから放たれた問いは、リュウとユフィのみならず、テーブル全員の元へ届けられた。

シェルナ

見殺しって……

アデル

確かに……

ロココ

僕はあの時、
コフィンさんに助けを求めた。
コフィンさんとアリスさんは
決して助ける事はしなかった。
だけどあの時がなければ
今の自分は居ないと思います。

フィンクス

自ら切り開く覚悟以上に
それを見守り抜く覚悟が、
信じぬく覚悟が問われるんだ。
自分のことじゃないからこその
つらい選択と覚悟があるんだ。

ハル

フィ、フィンクス……

 助ける事は簡単だ。自らの経験を活かし矢面に立てば良いだけなのだ。一見残酷な光景の奥にある、厳しくも崇高な覚悟が求められる。その覚悟はやがて、自信の回りの者を守れる力になる事をフィンクスは知っており、言葉にしたのだ。



 ハルはそれを感じ取りながらも苦しみ、何も言えなくなった。

ユフィ

ハルの心配も分かるわ。
だけど明朝の説明も込みで
判断してくるわ。
大丈夫、心配しないで。

 ユフィの顔色と声に、一点の曇りもなかった。







 深刻な雰囲気に包まれたテーブルで、タラトがタワーミートを食べる手を止め、ハルに肉の入った皿を突き出した。


 「信じてるっすよ」

 とだけユフィとリュウに伝え、一気に肉を口に放り込み皿を空にするハル。




 それに笑顔を返すユフィは、力強い声で全員に伝えた。

ユフィ

三日間探索を止める事は
様々な面で良くないわ。
この際だから
以前から考えていた事を
実行してみましょう。
いいわね、リュウ。

 リュウは自分もそれを考えていたといわんばかりに、二人の意志としてそれを公表する。

リュウ

アデルとシェルナ、
二人をリーダーとする
パーティを編成して、
試験的に探索をしてみようか。

~編章~に続く――

 ~諷章~     185、断れぬ申し出

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