酒場の倉庫で偶然自分達の噂を聞いてしまったハル。
運んでいた酒樽をそのまま床に放置して、気が付けば隣接している休憩室に足が向かっていた。
一体、自分達に何が……
酒場の倉庫で偶然自分達の噂を聞いてしまったハル。
運んでいた酒樽をそのまま床に放置して、気が付けば隣接している休憩室に足が向かっていた。
えっ!?
なぜ君が?
なんだ?
振り向くと、噂のパーティの一員であるハルが立っていた。
一体……
一体、何を話してるんすか?
聞かれちまったか……
だが、俺達の口からそれは
言うべきじゃないんだ。
なんでなんすか。
自分達の事を陰ながら
助けてくれてたんすよね?
それとこれとは話が別なんだよ。
それに……、
テーブルに戻ってみな。
おそらく近い内に分かる筈だ。
テーブル?
皆のとこっすか!?
ハルはミリーナに頼まれていた酒樽を完全に放置し、仲間のテーブルに急いで走っていった。
ランディ!
何かあったっすか?
倉庫から一番近くのカウンターチェアーに居たランディの後ろから、ハルはいきなり声を掛けた。
何だハルキチ?
腹の穴ならもう塞がったぜ。
酒樽運びもう終わったのか?
!?
テーブルはいつも通りの雰囲気。酒樽運びを始める前と何一つ変わらなかった。
ハルさん、ご苦労様です。
もうすぐタワーミート
焼きあがる頃ですよ。
クンクンクン
タラトがロココの声に合わせ、眼を閉じ鼻を利かせると、香りが漂ってきたのか厨房の方に鼻を向かわせた。
するとタイミング良く、ウェイターがタワーミートと呼ばれる何層にも重ねられた肉を、台車付きトレイで運んで来たようだ。
あれ!?
な、何もないんすか?
ロココンの話聞いてた?
ほらアンタの後ろから
肉来たじゃん。
ハルも沢山食べますよね?
何この肉?
馬鹿みたいに積んでるわね。
わぁ~
こんなによく乗せれたねぇ。
見てるだけで
腹一杯になるよ。
ユフィとリュウ、リーダー二人の様子も何も変わらないみたいだ。
どした?
珍しく疲れたのか?
い、いやぁ……
肉貰うっすよ。
あまりにいつもの風景と変わらないと感じたハルは、首を捻りながらもテーブルに着こうとする。
その時、酒場の入口に見覚えのある顔を見かけた。椅子に座ろうとする動作を止めたハルは、その者がこのテーブルに真っ直ぐ歩いてくるのを確認した。
嫌な予感がする。倉庫での話が何であったのか、ハルは息を呑んだ。
…………
あら珍しいわね。
チキンカクテルレースか?
元地獄四天王相手じゃ
俺達に勝ち目はないだろ。
ハンデはどれくらい貰えんだ?
結晶師のニグだ。
フィンクスは彼が自分達のテーブルに来るなり、チキンカクテルレースの用意を始める。だが、結晶師ニグは首を横に振り、「今日は結晶師としてここへ来ています」と淡々と述べた。
そして、近くに座っていたリュウとユフィの方へ向き直り、改めて口上を並べ始めた。
リュウ=ベインスターツ
オルタネイト。
ベルゼビュート・ユフィールの
両名に、新人冒険者の引率を
依頼しに伺いました。
!?
結晶師ニグの通達に、全員が声を止めた後、ざわつくテーブル。
結晶師ニグは無論真剣そのもの。これは冗談でもなんでもなく、訓練場からの正式な申し出のようだ。
新人の引率!?
お二人共凄いです。
ほんと凄~い。
引率ってもっとベテランが
するものだって思ってたよ。
それだけお二人が
認められてるって事ですよね。
確かそれなりの報酬が
あると聞いた事あるわ。
しゃーねー。
じゃあ俺達は二日間休みか。
ァガアッツァッ!
ングチャ!
ハガァッ、ング。
結晶師ニグのの申し出を、新人冒険者の引率という役割を、良い面だけで捉える者が話を進める。タラトはテーブルに運ばれてきたタワーミートを、熱さと戦いながら早速食し始めた。
引率って確か……
実質的には断れない。
だよな。
強い視線を結晶師ニグに向けるジュピター。今朝、ハルと散歩中に前を歩く冒険者の話を聞いていたからだ。
その通りです。
そして二日ではなく
引率への説明日を加え
三日間の拘束時間が正しいと
付け加えておきます。
よ、よく考えるっす!
今朝ジュピターと
話してたんすけど、
手出し厳禁ってやつっすよ。
ほんとに二人共受けるんすか?
んなもん、
最初に新人共に伝えんだ。
問題ねぇだろ。
おい二人共大丈夫か?
冒険者やってりゃ誰だって
通る可能性ある未来だ。
俺は受けるよ。
まぁほぼ断れないみたいだし。
オーケー、そうね。
分かりました。
それでは明朝、
二人揃って教官室へ
お越しください。
二人は……
目の前で死に直面してる人を
見殺せるんすか?
ハルの問いに全く反応しないまま、結晶師ニグは背を向け酒場を後にする。ハルから放たれた問いは、リュウとユフィのみならず、テーブル全員の元へ届けられた。
見殺しって……
確かに……
僕はあの時、
コフィンさんに助けを求めた。
コフィンさんとアリスさんは
決して助ける事はしなかった。
だけどあの時がなければ
今の自分は居ないと思います。
自ら切り開く覚悟以上に
それを見守り抜く覚悟が、
信じぬく覚悟が問われるんだ。
自分のことじゃないからこその
つらい選択と覚悟があるんだ。
フィ、フィンクス……
助ける事は簡単だ。自らの経験を活かし矢面に立てば良いだけなのだ。一見残酷な光景の奥にある、厳しくも崇高な覚悟が求められる。その覚悟はやがて、自信の回りの者を守れる力になる事をフィンクスは知っており、言葉にしたのだ。
ハルはそれを感じ取りながらも苦しみ、何も言えなくなった。
ハルの心配も分かるわ。
だけど明朝の説明も込みで
判断してくるわ。
大丈夫、心配しないで。
ユフィの顔色と声に、一点の曇りもなかった。
深刻な雰囲気に包まれたテーブルで、タラトがタワーミートを食べる手を止め、ハルに肉の入った皿を突き出した。
「信じてるっすよ」
とだけユフィとリュウに伝え、一気に肉を口に放り込み皿を空にするハル。
それに笑顔を返すユフィは、力強い声で全員に伝えた。
三日間探索を止める事は
様々な面で良くないわ。
この際だから
以前から考えていた事を
実行してみましょう。
いいわね、リュウ。
リュウは自分もそれを考えていたといわんばかりに、二人の意志としてそれを公表する。
アデルとシェルナ、
二人をリーダーとする
パーティを編成して、
試験的に探索をしてみようか。
~編章~に続く――