epilogue

 ソルが目覚めたのは病室のベッドの上。

 身体を起こすと、側にはコレットの姿があった。

 図書棺で会った幼女ではなく、大人の姿で。


 彼女がその姿であること。

 それは、現実世界に戻ってきたということになる。

コレット

おかえりなさい

ソル

すみません

コレット

謝らないで、あの子の心は救われているから

ソル

え?

 失望されたのかと思っていた。


 だが、コレットは微笑を浮かべている。


 エルカを連れ戻すことが出来なかったのに、どうして。

コレット

エルカとナイトくんは、ずっと貴方と家族になろうとしていたのよ。ようやく貴方は二人を家族だと認めてくれた。ありがとう

 そうだった。ソルはずっと二人を家族だと認めなかった。

 認めてはいけないと思っていた。

 自分のような人間が彼女たちの家族だなんておこがましい。

 そう、思っていた。



 それは、ソルのちっぽけなプライド。

 ただの我儘だった。二人の優しさからずっと逃げていただけだった。

 家族になることが怖かっただけ。



 何度も差し出された手。

 あの手を、ようやく掴んだのだ。もっと早く掴むべきだった。あの二人は、彼女は大事な家族だった。 

ソル

いいえ、こちらこそ。オレを家族に加えてくれてありがとう

 二人がいなければ、生きることに絶望していたかもしれない。

コレット

良かったわね、家族になれて

ソル

はい

コレット

でも、ごめんなさい……あの子は自分の願いばかり叶えて貰って、貴方の願いを叶えなかった……困った娘で申し訳ないわ

ソル

いいえ、オレが不甲斐ないだけですから。地下書庫の鍵……ですが、エルカが身につけているって言っていました。そこに真犯人がいて、あと凶器もあるそうです

コレット

わかったわ。ソルくんは少し休んでいなさい

 地下書庫の先に待っているのはソルの父親だ。


 行かなければいけないのは、自分かもしれない。だから、ソルは身を乗り出す。


 全身に電流のような痛みが走るが、気にしてはいけない。

ソル

相手は父親です……オレが鍵を開けに行きますっ

 今まで何も出来なかった。

 だから、今は出来ることをやりたい。

 立ち上がるソルをピシャリと手で制したのはコレットだった。

コレット

犯人じゃないのだから現場に戻らないの

ソル

で、でも

コレット

鍵さえあれば、私が魔法でここから………はい! 完了。これで鍵は開かれた。

コレット

地下書庫って分かりにくい場所にあったでしょ? 自警団の皆さんは地下書庫の扉に気付いていないの。でも、そろそろ見つけたわね

ソル

え?

 魔女コレットは偉大な魔女だ。

 遠隔魔法で地下書庫から男を救出したようだ。

コレット

魔法使いのやることに、いちいち反応しない方が良いわ

ソル

鍵なんかなくても貴女なら開けることが出来たのでは?

コレット

さぁて、どうでしょう?

 コレットはそう言って微笑む。


 どうやら、今の会話の最中に魔法で鍵を開けてしまったそうだ。



 魔法使いのやることは、分からないし考えるのも怖くなる。


ソルは乾いた笑みを浮かべて視線を隣の部屋に向ける。その壁の向こうで彼女は眠っているのだ。

ソル

………エルカはこのまま目覚めないつもりですか?

コレット

そうかもしれないけれど………そんなことはさせない。未熟な魔法使いの小娘が、私を負かそうなんて

ソル

え?

コレット

あの子は私の魔法で送り込んだ貴方を追い返した。才女と呼ばれた私の魔法を跳ね返すなんて……

ソル

あいつには、そのつもりはなかったと思います

コレット

それでも跳ね返した。私は負けず嫌いなのよ。ゼッタイに帰ってきて貰わないと。そして、よくやったわねって褒めてあげないといけない。

コレット

後は、力の差を見せつけてあげないと……やることはたくさんあるのよ

 コレットの口調は強いが、表情はまだ不安そうだ。


 母親としての表情を垣間見てしまったのかもしれない。

ソル

あの………彼女が引き篭もる原因はオレじゃないって言っていました。友達を傷つけるからとか……オレにはわかりませんでした

コレット

友達………つまり、あの子はその答えを教えたようなものね……うっかりさんね

ソル

それは、どういう……

コレット

その引き篭もる原因こそが……あの子を引きずり出す鍵ってことでしょ

ソル

だから、それがわからない

コレット

わかったとしても貴方には出来ないと思うわ

ソル

え?

コレット

そうね……こういう時は………あっちの方が……ね

 視線の先にはナイトの姿があった。


 コレットの視線に彼はうんざりとした表情で肩をすくめる。

ナイト

俺も何処まで出来るかわかりませんよ。俺はあの日、引篭もることを許した人間ですからね

コレット

でも、貴方なら出来るのでしょ? 私やソルくんは絶対に出来ない方法を使ってね

ナイト

当たり前です。俺は貴女やソルのように……優しくはないので

 ナイトはニヤッとした笑みを浮かべた。

 背筋が凍り付くような笑みだった。


 適温が保たれているはずの病室なのに、思わずソルは毛布に手を伸ばす。

ナイト

お前はエルカがソルと家族になる望みを叶えた……それは俺には出来ないこと。じゃあ、俺は……あの子が押し込んだ願いを叶えてやる……強制的にな

コレット

ナイトくんにはお父様……グランの加護が付いているから。これが、エルカにとっては厄介なのよね

 ナイトはエルカのいる場所ならば、何処にでも行けるのだ。


 それが、例え閉ざされた棺の中だとしても。

ナイト

それじゃあ、準備をしますよ

コレット

ソルくんは疲れたでしょう? 本当なら瀕死だったところを無茶していたのだから

ソル

そういえば、身体が凄くだるいです

コレット

あとは寝ていなさい

ソル

でも………

コレット

お や す み な さ い

 コレットが甘い言葉で呟くと、瞼が強制的に閉ざされる。


 ソルの意識は次第にまどろみに沈んでいく。


 意識が途切れる寸前まで、ソルは願っていた。





 他人同士だって家族になれる。

 その絆は強く硬く結ぶことが出来る。

 今度は間違えない、だから………


 目が覚めたら、

 兄と妹になって、兄と弟になろう。


 怒って、泣いて、笑って、

 ケンカしても、仲直りして、



 もっと側に寄り添って、

 みんなで、一緒に過ごそう。

 そんな時間が訪れますように。

-第2幕 孤独の兄妹 完ー

前編
引篭もりの魔女と俯きの王子  了

NEXT 
後編 孤独の魔女と空白の旅人
第3幕 男たちの話(仮タイトル)

Coming Soon

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